1章-訪れた最悪-
〈ミストルテイン〉の格納庫では十三技班の面々が慌ただしく駆け回っている。
何せ、この後いつ機動鎧の出撃があるのかわからないのだ。
つい先程出撃したばかりだというのに、最悪の場合今すぐにもアンノウンの残党狩りのために出撃させなくてはならない。
普段から慌ただしいと言えばその通りだが、確実に〈ミストルテイン〉始まって以来のレベルであるのは間違いない。
そんな格納庫の片隅に、ハルマ、リーナ、レイスの三人は邪魔にならないように待機している。
いつ出撃になっても迅速に動けるようにパイロットたちはここで待機しておくようにアキトから指示があったのだ。
アキトとシオンの会話はブリッジでハルマたちも聞いていたが、もしもふたりの仮説通りにアンノウンに数を増やす手段があったのなら、あの湖に全個体が残っているほうが不自然だ。
この十年の研究で、アンノウンたちが人間の暮らす土地を狙う傾向にあることはわかってきている。
それを踏まえて考えれば人っ子ひとりいない湖にアンノウンたちが留まる理由などないだろう。
明言こそしなかったが、アキトにしろシオンにしろ「すでに川を下って都市部に向かったアンノウンはいる」とほとんど確信しているのではないだろうか。
「……心配よね」
リーナの言葉に何がとは聞かない。
この状況で心配することなんて、戦う力のない人々がアンノウンの危険に晒されることしかないだろう。
「シオンのいる僕たちはともかく、普通の基地や町じゃアンノウンたちが実際に暴れるまでわからないからね……」
リーナ以上に深刻そうに話すレイスの言う通り、状況は本当に厳しいのだ。
ステルス能力がある以上、現時点で使用されているセンサー類はあてにならない。
加えてアンノウンはおそらく水中を移動している。
あの半透明の体が水中を移動して来るとなると、動体センサーや目視での発見も正直期待はできないだろう。
つまり、都市部が痛烈な不意打ちをくらってしまいかねないのだ。
実際に対峙した印象としてスライムのようなアンノウンたちは決して脅威ではない。しかし不意を突かれてしまえば甚大な被害が出てしまう可能性は十分にある。
考えれば考えるほどに最悪のシナリオが頭をよぎる。そんな時だった。
「クソガキども! ここは遊び場じゃねえぞコラァッ!」
広い格納庫内全体に響き渡ってなお耳を覆いたくなるような怒声。
何事かと思えば離れたところで運搬用の車両の上に仁王立ちしているゲンゾウがハルマたちと同年代の軍人たちを見下ろしている。
さすがに距離があるので何を話しているのかは聞こえないが、見た限りゲンゾウが一方的に叱りつけているらしい。
最初の怒声の内容からしてあまり関係のない船員が格納庫内をうろついていて、それが技班の邪魔になったのだろう。
以前ハルマたちはギルに注意を促されて叱られるまではいかなかったが、あの日も一歩間違えればああいうことになっていただろう。
人類軍技師の界隈では"カミナリ親父"として有名だというゲンゾウだが、今は作業を優先したいのかあまり長い説教はせずに彼らを解放した。
叱られていた彼らは頭を下げつつ早足で格納庫を去って行く。
「……ん?」
去って行く集団の中に、見覚えのある顔――以前シオンの暗殺を持ち掛けてきた青年がいた。
そうでなくても技術班やパイロット以外でここに用事がある船員などほとんどいないはず。
「……おお、そこのパイロット三人組! ちょいとこっちにこい!」
そんな船員が複数人ここにいたという事実が少し引っかかったが、突然ゲンゾウに声をかけられて思考は中断される。
先程まで相当な迫力で怒鳴っていた男に呼ばれて少し委縮したが、見る限りハルマたち相手に起こっているわけではなさそうだ。
とはいえ待たせると機嫌を損ねるかもしれないので迅速に彼のところまで移動する。
「クロイワ班長。俺たちに何かご用でしょうか?」
「あ? 知らねえ仲でもねえんだ、学生時代にみてえに気軽に呼べよ」
「いえ、今は俺も軍人の端くれですから」
「……ったく、ホントにミツルギの男どもはクソ真面目だな」
不満そうにはしつつもそれ以上食い下がる気はないらしいゲンゾウに連れられて機動鎧が固定されているハンガーのそばに移動する。
各機体のそばを技班の面々が慌ただしく行き来していて時折怒声なども飛び交っているが、不思議と〈アサルト〉の周囲だけは誰もいない。
「あの、〈アサルト〉の整備はいいんですか?」
レイスもハルマと同じくそこが気になったのかゲンゾウに質問する。
「ああ、アレはもう整備済みだ。今のところバケモノどもを正確に追いかけられるのは〈アサルト〉だけなんでな。いつも最優先で整備してんだよ」
悔しくはあるが〈アサルト〉が〈ミストルテイン〉の主力であるのは間違いない。
出撃回数ももっとも多いのでそれを最優先で整備するというのは合理的な判断だろう。
ハルマ自身の感情としては、決して面白くはないが。
「ハルマの坊主。そんな顔すんじゃねえよ」
顔に出ていたのかゲンゾウがぐしゃぐしゃとハルマの頭を掻き交ぜた。
子供扱いされているような気分ではあるのだが、実際祖父の代から家族ぐるみで付き合いがあるのでゲンゾウからすると孫のようなものなのかもしれない。
それから彼はニヤリとイタズラに成功した子供のような歳不相応の笑みを浮かべる。
「それに、ここからはお前もあの馬鹿に遅れを取らずに済むかもしれねえぞ」
「……え?」
急なゲンゾウの言葉に内心首を傾げていると、彼はそのままハルマたちを一番奥まった位置にある機動鎧ハンガーの前まで連れて行った。
「これ……旧型の機動鎧ですか?」
ハルマたちの見慣れた〈セイバー〉や〈アサルト〉のような細身のフォルムではなく、満足に人型にもなっていないずんぐりとしたシルエット。
現在広く配備されている〈ナイトメイルⅡ〉よりもさらに前の世代のものになるだろう。
「コイツは〈ビッグアームⅢ〉。……前線で使われてたのは五年前くらいでな、今はもっぱら瓦礫の撤去だの野外での機動鎧の修理だのに使われてる」
「戦闘用ではなく作業用、ということですか?」
「だな。ちなみにコイツは俺たち十三技班専用に支給されたもんで、俺たちは〈サーティーン〉って呼んでる」
そう言われてからよく見ると、機体の肩のあたりに「13」という文字が刻まれている。
古い機体ということではあるが整備や手入れはしっかりされているのもわかる。
今説明されたように、作業用機動鎧としてはまだまだ現役ということなのだろう。
「……それで、何故俺たちをこの機体の前に?」
この機動鎧がどういうものなのかはわかったが、何故それをわざわざハルマたちに見せたのか。
「この〈サーティーン〉がお前らの望みを叶えてくれるのさ」
そう言って再び先程のように笑みを浮かべるゲンゾウ。
しかし彼が再び口を開くより先に、けたたましい警報が格納庫に鳴り響いた。
続いて艦内にブリッジからの放送が鳴り渡る。
『本艦の進行方向にある人口密集地より救難信号! すでにアンノウンの襲撃を受けている模様! 全機動鎧は出撃準備を開始してください!』
予想されていた"最悪"が現実になった。
かなり下品な悪態をついたゲンゾウは素早く技術班の面々に指示を出していく。
「パイロット三人組! 細かいこたぁ準備ができたら通信で知らせる! とりあえずお前らは出る準備しろ!」
「「「はい!」」」
その場からそれぞれの機動鎧に乗り込もうと走っていくと、いつの間にかやってきていたシオンがふわりと宙を舞って〈アサルト〉に乗り込むところだった。
ハルマもすぐさまコクピットに飛び込み、緊急発進する。
『襲撃を受けた都市は配備されてる戦力が少ないの! 各機一秒でも早く救援に向かいなさい!』
アンナの鋭い指示に、ハルマは〈セイバー〉を一気に加速させるのだった。




