7章-“魔女”との商談-
「まず第一に、今言ったように北欧で目に見える異常を起こしてほしい」
「具体的には?」
「んー、それこそシンプルにアンノウンが出てくるときっぽい亀裂でもあれば十分じゃないか? もしくはアマゾンのときみたいな明らかにやばそうな闇の塊を空に浮かべるとか」
「北欧全体を脅かす規模でやれって? 簡単に言わないでよ」
確かに、北欧と地域を限定しているとはいえその範囲は広い。
そんな北欧の人々をまとめて不安にさせて避難を促すとなると、かなりの騒ぎを起こさなければならないというのはナツミにもわかる。
ルリア本人も言っているように簡単なことではないのではないだろうか?
しかしシオンはと言えば、そんなルリアの主張を鼻で笑った。
「簡単ではないけど、できないことじゃないだろ?」
「ちょっとちょっと、“神子”のあんたの基準でもの言わないでくれる?」
「そっちこそ、吹っかけるためにできないフリして見せるのはやめとけ。他の人外相手ならともかく俺がお前の実力見抜いてないと思ってんの?」
会話の中で先に口籠ったのはルリアだった。
つまりは、シオンの言っていることが本当であるということなのだろう。
「あ、なるほどな。簡単にはできないですよ、大変なんですよってアピールしておいて、それでもやれってんなら金寄越せって料金つり上げるつもりなのか」
「ギルギル。その言い方だとあたしがとんでもない悪徳業者みたいだからやめて」
「まさにその通りだろ」
「あたしは労働に見合った正当な対価を要求したいってだけですー」
わちゃわちゃとそんな会話をしてから、ルリアがコホンとわざとらしく咳払いをした。
「まあ確かに? 今回の目的はシンプルに脅かすだけだからね。実体のない幻を見せるだけならあたしひとりでもなんとかできないこともないわ。……もちろん相応にリソース割かないといけないわけだけど」
「へいへい。心配しなくてもその分の代金はしっかりと出すよ」
そう言ってシオンは懐から小瓶を取り出した。
握り拳くらいの大きさの小瓶の中には、コップ一杯分程度の赤い液体が入っている。
それを見た瞬間にルリアの目つきが変わった。
「……これはまた、ずいぶんと羽振りがいいわね」
「幻術を見せるって仕事の対価には十分だろ?」
「十分どころかいっそお釣りを渡さないといけないレベルなんだけど?」
「いや、最大一ヶ月幻術をキープしてもらうつもりで渡してる。早めに出たなら余りはそのままお前の財布にしまえばいい」
「言質取ったわよ? あとから返せなんて言われても聞かないから」
ルリアの確認にシオンはあっさりと頷いた。
それからルリアは機嫌よく小瓶を自らの懐にしまいこむ。
「……よくわからないが、今の赤い液体はそこまで価値があるものなのか?」
ふたりの会話を聞いていたので「そうらしい」ということだけはわかったが、少なくともナツミや質問をしたアキトから見れば謎の赤い液体でしかない。
金塊であったり宝石であったりしたなら価値があると言われて納得もできるのだが。
「そりゃあもうとんでもない価値がありますよ! 安めに売りさばいても人間の通貨に換算すれば高級車に化けるくらい」
「そんなに⁉︎」
レイスが思わず声をあげる隣でハルマはなんとも言えない目をシオンへと向ける。
「……そんなもんホイと出せるくせに、士官学校時代あんなに金出し渋ってたのかお前」
「人間社会のお金がなかったのはウソじゃない。戦災孤児だしうちの両親はそこまで貯金とか残してなかったから」
「シオン先輩、人外界隈だととんでもない金持ちっすからね……」
「金持ちなんてもんじゃないわよ!」
シオンやシルバの言葉に続けてルリアが叫ぶように言う。
「コイツはね、少なくとも生涯お金に困らないことが確定してるの。最悪なんの仕事もしなかったとしても死ぬまで遊んで暮らせる星の下にいるんだから。……正直、そこらへんもあたしがシオンのこと気に入らないポイントのひとつだし」
「よくわからないけど、結局その赤い液体の正体ってなんなの?」
「それは――、」
リーナの問いに答えようとしたルリアだったが、次の瞬間横から伸びてきた手によって口を塞がれた。
口を塞いでいるのは言うまでもなくシオンである。
「そこは本筋に関係ないしここでは割愛しよう」
「いや、そんなあからさまに隠されたら気になるに決まってるだろ」
アキトの冷静な指摘を受けつつもシオンはにこやかに首を横に振るだけで話すつもりはないと態度で示してくるだけである。
「ほらルリア。そんなことより商談は幻術のことだけじゃないんだよ」
「あ、うん。あんた“第一に”って前置きしてたもんね」
ややシオンの勢いに押される形で再びシオンとルリアは商談を再開した。
「ふたつ目は物資の確保。期限はひとまず三日。お前の伝手フル活用して三日で集められるだけの対神武装をかき集めてほしい。できれば機動鎧でも使えるやつな」
「そりゃまた無茶……いやまあ、状況を考えればそういう注文になるわよね」
詳細はともかく、問題の魔物堕ちと戦うための武装を集めようとしているのは聞いていて理解できた。
それを三日で用意しろというのは無茶な注文だと思う一方で、下手をすれば今この瞬間にも魔物堕ちが出現しかねないことを思えばそういった注文になってしまうのも仕方ない。むしろ三日与えているだけでも親切なくらいだ。
「もちろん特急での注文の追加料金だのなんだのは全部出すし、集めてくれた分は使える使えないは別としてとにかく全部買い取ることも約束する」
それから「これ前金な」と言って再び先程と同じサイズの赤い液体入りの小瓶をテーブルに置いたシオンに、ルリアはやや難しい表情をしつつも頷いた。
「ここまでホイホイお金を積まれると脅されてるみたいな気分になるね」
「ま、俺はニートでも生涯遊んで暮らせるくらい金に困らない存在だから」
「あ、そうだった。じゃあ遠慮なんてするだけ無駄ね」
コロリと普段通りの態度に戻ったルリアを前にシオンは苦笑する。
「最後……これについてはいくらなんでも無茶振りすぎると思うから無理なら無理でいい」
「へぇ……とりあえず聞くけど」
「魔物堕ちの封印の核に使えそうな何かしらの宝物は確保できる?」
シオンの問いにルリアはぴたりと動きを止めた。それからたっぷり十秒ほど思案する。
「正直、お金を積まれてどうこうできる話じゃないかな。そもそもどんな魔物堕ちが出てくるかわからないしね」
ここまで無茶とも思えるシオンの提案全てに頷いてきたルリアが初めて難色を示した。
シオンもそう前置きはしていたが、それだけ大変なことなのだろう。
「……横槍を入れるようですまないが、少し俺たちにもわかる形で説明してもらえるか?」
厳しい顔で向かい合うシオンとルリアにアキトが声をかければ、シオンはひとつ呼吸を置いてから話し出した。
「前提として、ヤマタノオロチと同じように今回出てくるであろう魔物堕ちも封印する必要があると思われます。そこは前にも説明したのでわかりますよね?」
「不死で倒せない。あるいは下手に倒すと転生による復活の恐れがある。だったな」
アキトの答えにシオンは満足気に頷く。
「そういうわけで封印する必要があるわけですが、封印のためには核――まあ要するに封印するための容れ物が必要なんです。わかりやすい例で言えば、朱月は〈月薙〉に封じ込められてるでしょ?」
物理的に容器に入れるわけではないが、何もないところに封印はできない。
封印するためには相応の容れ物が必要ということだそうだ。
「容れ物候補になるのは神殿とか祠みたいな特別な建造物、あるいは〈月薙〉みたいな神器や秘宝の類に限られます」
「ただし今回の場合は、生半可なものじゃダメです。魔物堕ちを封じ込めるんですからそれこそ神話の時代からあるようなものじゃないと」
さらに言えば対象がどこに現れるかわからない以上は移動ができない建造物の類は使えない。となると必然的に神器や秘宝に限られるが……
「神話の時代からの宝物なんて、普通手に入らないだろ」
「そうなのよ。仮に見つけてもお金で売ってもらえるとは限らないし……」
だから“お金を積まれてどうこうできる話じゃない”のだ。
そこまで聞いてナツミの中でとある不安が湧き上がってくる。
「でもさ、もしもそういう宝物が用意できなかったらどうするの? 魔物堕ちのこと封印できないんじゃないの?」
封印をするのには神話の時代からの宝物が必要だとルリアは明言した。
つまりは、それが手に入らなければ封印ができないということになってしまう。
仮に狙い通りに北欧の人々を避難させることができても、現れた魔物堕ちをどうにかできないとなれば意味がない。
対処不能な巨大なアンノウンはいずれ人の命を脅かすだろう。
「それについてはなんとかできる」
そんなナツミの不安をシオンははっきりと否定した。
「なんとかって……」
「簡単に言えば、俺はひとつだけ器にできるものを持ってる。相手がどんなヤバい相手でも十分耐えられるくらい強力な器をね」
「……は?」
シオンの説明に誰ともなく間の抜けた声を漏らした。
「持ってるって、そんなスゲーもんを?」
「うん。一個だけ。でもまあ本当に一個だから、今後のために温存しておければ嬉しいんだけど……」
「最悪、今回はそれで凌げなくもないというわけか」
アキトの確認にシオンは頷いた。
「だからまあ、最後のは長期的な注文ってことにさせてもらってもいい。今後アンテナを張っておいてもらって閣捕できたときには言い値で買い取る」
「……オッケー。それなら宝物については成果報酬でいいわ」
そう答えたルリアがパチンと指を鳴らせば、軽い爆発とともにシオンの手元にふわりと数枚の書類が降ってきた。
シオンはそれらの書類に目を通すと懐からペンを取り出す。
「あ、艦長。最後に念のため確認しますけど、北欧の裏工作も問題なしってことでいいですね?」
「ああ構わない。……というかそれはせめて商談を始める前に確認してほしかったな」
アキトの指摘にアハハと愛想笑いしつつシオンは書類の全てのペンを走らせる。
そのまま流れるように差し出された書類にシオンのサインがあることを確認したルリアはにこやかにシオンへと右手を差し出し、シオンもそれに右手応じて固く握手を交わした。
「……そういうところ見ていると、普通にふたりは仲良しに見えるのですけど」
「んーまあ、商売することに限ればシオンっていいお客なのよね。ちょいちょち無茶な注文するけど、それ相応のお金は出してくれるし」
「払うものさえ払えば完璧に仕事こなしてくれるところは信頼してるからなー」
要するに互いに相手に対する一定の信頼は寄せているということらしい。
それならそれでもう少し関係もよくなりそうなものだとナツミは思うのだが――
「でも……」
「まあ……」
「「普通に接してるとやたらと気が合わないんだよねコイツとは」」
右手の握手はそのままに左手で相手を指差しながら全く同じ言葉を口にするふたり。
「(これはむしろ、同族嫌悪みたいなやつなのかも……)」
ふたりのある意味息ぴったりな様子を前に、ナツミはそっとそんなことを考えるのだった。




