7章-厄災への備え②-
「……そういえば、人外界隈の人たちはどうするんだろう?」
重い空気の中、レイスがぽつりと疑問を口にした。
「欧州から人外やその関係者たちが避難しようとしてるっていうのはルリアの説明でわかったけど、多分逃げるだけってわけじゃないよね?」
人類軍では問題のアンノウンを倒せないであろうことはきっと人外たちも理解しているはず。
戦う力がない者たちが被害を免れるために避難しているのと同じように、現れるであろう強大なアンノウンを自分たちの力で退ける準備を進めている者たちがいてもおかしくはないだろう。
「確かに、戦う準備をしてる人たちもいるよ。≪魔女の雑貨屋さん≫も物資の確保なんかで動いてるし」
「なら、何か協力して対策を練ったりとか――」
「それは期待しないほうがいいと思う」
ルリアの答えを聞いてレイスが声に期待をにじませたが、それをばっさりと切ったのもまたルリアだった。
「……そんなに無理なことなの?」
「無理っていうか、対策の方向性が違うのよ」
リーナの問いに対してルリアの表情は険しい。
「人外界隈で進めてる対策って、要は防衛戦の準備なのよ」
人外界隈では、出現した魔物堕ちに対してこちらから攻撃を仕掛けるのではなく、魔物堕ちが近づいてくるのをいかに確実に迎撃するかに重きを置いているのだという。
「近づいてくるのを待つってことか? でもそれじゃあどれだけの被害が出るか……」
「こういっちゃ悪いけど、それは別に人外界隈の被害じゃないからね」
被害を被るのはあくまで広く世界に暮らしている人間であり、その片隅にひっそりと暮らしているだけの人外たちが被る被害はないに等しい。
「……同じ人外を助けるならともかく、自分たちに敵意を持ってる人類を助けるためにリスクを負うつもりはない、か」
「平たく言えばそういうことです」
その判断を冷たいとはナツミにも言えない。
人間社会に隠れて暮らしている人々がいるということは、人類軍や人間社会が人外を悪と決めつけて危険視する様子も日常的に見聞きしてきているはず。
ナツミが彼らの立場であれば、そんな相手のために命の危険の伴う行動ができる自信はない。
「お祖母様はシオンや艦長さんのこと気に入ってるみたいだし、≪魔女の雑貨屋さん≫の協力自体はわりとあっさりと取り付けられるだろうけど……」
「対策の方向性が違い過ぎて、協力したところであんまりメリットはなさそうって感じか」
結論として人間を守るための対策は人類軍の力でやるしかないというわけらしい。
そうなってしまうと、議論は直前の話題に戻るしかない。
「ひとまずここまでの話をまとめると、避難させるのが間違いなく正解だろうけどいつ出るかわからないアンノウンのために人類軍が避難指示を出してくれそうにない、って感じかな」
「マジで人間ってのは面倒っすよね」
「ねー」
シオンのまとめに対してシルバとルリアがわかりやすく呆れた様子でため息をついた。
「正論ではあるんだろうけど、聞いてて腹立つな」
「別に人間の大多数が面倒ってだけで、先輩方のことどうこう言ってるわけじゃねえっすよ」
「ただ、話を聞いている限り仕方がないことじゃないでしょうか? やはり魔力の気配を感じ取れない人間の方々ではアンノウンに関して私たちほどの危機感を持つのは難しいでしょうし……」
「ガブリエラの言う通りなんだろうね。人間に限らず、自分が知覚できないことってどうしても重く受け止められないもんだから」
シオンの言う通り、それこそ実際にアンノウンの巨大な姿などを目で見れば誰だってすぐに避難しなければと考えてくれるのだろうが……。
「だったらさ、なんかこう目で見てわかりやすくヤバいって伝えられねえの? 出てくるアンノウンのイメージ図見せるとかさ」
「所詮イメージ図だしな……ニュースとかでそういうのやってても普段あんまり気にしないだろ?」
「……つーか俺はそもそもニュースとか見ねえな」
「そこからかよ……」
ギルとハルマが話しているのを耳にしつつナツミも何かないかと考えてみる。
「(要するに、避難しなきゃって思わせられればそれでいいんだろうけど……)」
情報を提供して避難要請をするのであればなかなか人類軍の腰は上がらないだろうというのがアキトたちの判断だ。
それでも避難させたいというのなら、人類軍や北欧の人々が自ら避難しなければならないと考えるように仕向けるしかない。
考え事の傍らテラス席からふと空を見上げてみると、空に雲がかかってきていることに気づいた。
調査をしていたときは普通に晴れていたはずだが、日の光も遮られて辺りが少し暗くなっている。
「……こんな風に、目に見える予兆があればいいのに」
「ん?」
「ほら、空に雲がかかってきて雨降りそうって思うみたいに、アンノウンが出る前にわかりやすく変なことがあれば、みんな避難してくれそうだなって」
アンノウンが出現する前に空間に亀裂が入る現象は予兆と言ってもいいのだが、あれの場合は出現までの間隔が短すぎる。
それを目視してから慌てて逃げ出しても間に合わないというのは第七人工島で実際に体験したので身に染みてわかっていることだ。
ナツミが言いたいのは“実際の出現までに十分な猶予のある予兆があればいいのにな”ということである。
「でも、そんな都合のいいものないよね……」
「まあそうだな。確かにそういう何かがあれば俺たちがこんなに悩まなくてもいいんだが……」
ナツミはハルマと顔を見合わせつつため息をつく。しかし、
「いいね、それ」
シオンはナツミたちのことをずいぶんと楽しそうに見つめていた。
「いや、いいねも何もそんな都合のいい予兆なんてないだろ」
「確かに、いくら魔物堕ちみたいなとんでもないものが出るとはいえ、わかりやすい予兆なんてものはない。人外や勘のいい人間なら何か感じ取れるかもだけど、少なくとも目で見えるようなものはないだろうね」
ハルマの指摘をシオンは淡々と肯定したが、「でもさ」と性格の悪そうな笑みを浮かべながら続ける。
「今回の場合、そういうのをでっちあげるってのはアリだと思うわけ」
ナツミにはシオンの口にした言葉の意味がわからなかったが、ルリアはなるほどと小さく言葉をこぼし、アキトは頭を抱え始めた。
「お前、偽の予兆で恐怖心を煽るつもりか……」
「さっすが艦長! 理解が早い」
「え? どういうこと?」
「つまり、こっちで適当になんかやばそうな現象を北欧で引き起こすんだよ」
内容はともかくとして、北欧で異常現象を引き起こす。
もちろんそれで直接的な被害を起こすわけではなく、あくまで何かおかしなことが起きていればいい。
【異界】との戦争はもちろんアンノウンの増加も見られるこのご時世に科学で説明できない何かが起きれば、人々は確実に警戒する。
【異界】からの侵攻があるのではと疑うかもしれない。
アンノウンに関連する何かと予測するかもしれない。
あるいはまた別の突拍子もないウワサが流れることだってあるかもしれない。
ただ、その憶測がどのような内容であれ「北欧で何かが起きようとしているのでは?」という考えは確実に広まるだろう。
「目に見える異常があれば人類軍だって警戒して避難を促すだろうし、人類軍が渋っても北欧の人たちの自主避難だって望める。俺たちの狙い通り、本命の魔物堕ちが出てくる前に避難してもらえるってわけ」
脅威が目に見えないから動かないというのなら、目に見える脅威をでっちあげてしまえばいい。
シオンはそうやってやや強制的に避難をさせようと言っているのだ。
「言いたいことはわかりましたけど……それは要するに人々を騙すということなのでは?」
「別にいいじゃん。それで命が助かるなら安い安い」
「まあそうなのかもだけど……」
「それに、一ヶ月以内には実際に魔物堕ちが出るんだから完全にウソってわけでもないし?」
ガブリエラとリーナの正論に対するシオンのそれは完全に詭弁である。
「と、いうわけなんですけど、どうします艦長?」
「ダメって言うならやめときますけどー?」とシオンはわざとらしく尋ねてくるが、彼はアキトがダメと言うとはきっと考えていないだろう。
何せここで何も手を打たなければどれだけの被害が出るかわからないのだ。
「……仮に実行するとして、お前の仕業だと気づかれるようなものだと不味いぞ」
「そこは念のため他の人に依頼するので大丈夫です。なー、ルリア」
「やっぱりこうなるのねー」
ルリアはシオンの言葉をある程度予想していたのか、いい笑顔のシオンを前にやや頬が引きつっている。
「まあいいわ。……とりあえず、商談を始めましょう」
ひと呼吸おいてから“商談”と口にしたルリアの瞳は、それを向けられたわけでもないナツミですら思わず背筋が伸びるような鋭さと迫力を秘めていた。




