7章-再会の同窓生①-
ルリア・バッカスという少女を簡単に説明すると、“今時の女の子”である。
流行に敏感で、明るく表情豊かで物怖じしない性格。
品行方正というわけではないが目立って素行が悪いわけではなく、程よく手抜きができて、勉強面では平均より少し下くらいの成績だが頭の回転は悪くない。
男女共に友人も多くクラスの中心にいる。
そんな女子学生だった。
ナツミとリーナが特別科、ルリアが普通科という違いはあれど、シオンたちがそうであったように一般教養については同じクラスで授業を受けていた間柄だ。
ナツミたちとルリアはたまに休日に遊んだりしていたくらいには仲が良い。
「わ〜、卒業式以来だね! 元気してた?」
「うん。ルリアも元気そうだね!」
「もちろん元気よ。軍人になっちゃったふたりよりは全然平和な暮らししてるもん」
ルリアはダルタニア軍士官学校に通っていた身ではあるが、人類軍の軍人にはならなかった卒業生だ。
三年間士官学校で過ごして軍人には向いてないと普通のハイスクールに進学したり彼女のように就職する生徒もいれば、軍医を目指して医療専門の別の教育機関に進む生徒などもいる。
それ自体は決して珍しいことではなく、毎年卒業生の二割から三割程度そういう選択をする者もいるわけだ。
「確か……親戚の会社をお手伝いしてるんだったかしら?」
「そうそう。こう言っちゃあれだけどコネ入社ってやつね」
笑顔でサムズアップしながらぶっちゃける話ではないなとリーナと共に苦笑する。
「でも、だったらどうしてここに? 確かイギリスの会社って言ってなかったっけ」
「仕事よ仕事。まあちょっとした出張みたいな感じでね」
聞けば、ルリアは二週間ほど前からこの都市で過ごしているのだそうだ。
「いったいどんな仕事なの? そういえばなんの会社かも聞いてないけど……」
「そこはまあ、守秘義務とかいろいろあるのよね……」
要は話せないということらしいが、ナツミたちも軍人としてそういうことはよくある。友人同士とはいえ無理に聞き出すべきではないだろう。
「とーこーろーでー、ギルギルの隣のとんでもない美少女は誰?」
再会に驚いてうっかりしていたが、ナツミたちのすぐ後ろにはギルとガブリエラもいたのだ。ギルはルリアと面識があるが、ガブリエラは完全に初対面ということになる。
「軍服も着てないし、人類軍の人じゃないのかな?」
「ええ、私はガブリエラ・レイル。……とある事情で人類軍に協力している者です。気軽にガブリエラと呼び捨てにしていただけると嬉しいです」
「よろしくお願いしますね」と上品に挨拶をしたガブリエラを前に、ルリアの目がキラリと光ったようにナツミには見えた。
「もしかして、ガブリエラってお金持ち?」
「お金持ち……? 家は裕福ではあったと思いますが……」
「ストップだガブリエラ! ルリアの前で金持ち宣言すると危ねえぞ!」
突然大きな声とともにふたりの間に体を滑り込ませたギルにガブリエラが驚いて目を白黒させる。
「何よギルギル! 人を危険人物扱いしないでくれる?」
「だってお前、金に関してはだいぶアレじゃん」
ギルの言葉に関して、ナツミとリーナは互いに顔を見合わせて困ったように苦笑し合う。
ルリアは基本的には普通に善良な少女なのだが、金銭が絡むと少々目の色が変わってしまうところがある。
例えば士官学校の購買で数量限定商品の確保を請け負って購入額の二割を手間賃として利益を得たり、一般客も来る文化祭の出店で極限まで原価を抑えたお菓子を売りさばいて荒稼ぎしたりと、グレーゾーンを攻めることもしばしばあった。
「ガブリエラはちょっと箱入りっぽいとこあるんだ。お前がどういう会社に勤めてるか知らねえけど、ここぞとばかりに妙なもん売りつけられたりしたら困る」
「ひどくない⁉︎ いくらあたしだってそんな悪どい商売しないわよ!」
「いや……シオンも金が絡むときのルリアは余裕で悪どいこともするから気を許すなって言われてんだよな……」
シオンの名前が出た瞬間、ルリアの目つきはわかりやすく鋭くなった。
「あんの性悪。こんなところでもあたしの商売を邪魔するわけ?」
「ルリア、顔がやべえ。ガブリエラが怯えてるぞ」
ギルの指摘通り、ルリアの表情は般若の形相という言葉がぴったりな状態になっている。
ナツミたちは士官学校時代にも見たことがあるのでいいが、ガブリエラはやや萎縮してしまっているようだ。
「あの、ルリアさんはシオンと仲がよろしくないのですか?」
「あれは悪魔とか厄病神とかそういうのよ! ことあるごとにあたしの邪魔ばっかり!」
「邪魔?」
「購買で五本指に入る一日十五個限定の人気スイーツ“DXドーナツ”。元々お高めだから儲けもよかったのにあいつがハマってから毎回全部買い占めるし、他にもいろいろ邪魔されてきたのよ!」
確保代行で儲けようとするルリアと十五個全部をひとりで買い占めるシオン。
どちらも大概だと思うのだが、それを指摘すると話はややこしくなるのでやめておく。
ひとまず今この場で重要なのは、軍士官学校の頃からルリアとシオンの仲が良くないということだ。
「というか、ルリアとしてはシオンが人外の関係者だったことどう思ってるの?」
状況を見守っていたリーナがふと思い出したように尋ねた。
ルリアはシオンの話題でエキサイトする一方で、シオンの正体に関する話題については特に触れていない。
世間ではそれなりにニュースになっているので、流行などに詳しい彼女がシオンのことを把握していないとは考えにくいのだが……。
「あ、あー……まあもちろん把握はしてるんだけど、あたしからすれば人間だろうがそうじゃなかろうが敵は敵だし」
「そ、そんなにシオンのこと嫌いだったの……? たまに一緒に何か話し込んだりしてなかったっけ?」
「嫌いっていうか、あたしのお金稼ぎを邪魔するものは何者であろうが敵だから。利害が一致してるときは頼もしいと思うけど」
そう語るルリアはあまり見たことがない真顔である。その表情から彼女の本気が伺えた。
「そういうナツミンとリナリナこそ、シオンと今も仲良いの? 三年間騙されてたわけじゃん」
「俺は最初から気にしてねえよ?」
「ギルギルはどうせそんなことだろうと思ってた。でもふたりはギルギルほど単純じゃないでしょ?」
「私は、しばらく動向を見守ってひとまずは信用していいと思ったってところかな」
「まあ、リナリナらしい感じだね。ナツミンは?」
「えっとあたしは……ちょっとひねくれものだけどシオンはやっぱり優しいし、騙されてたとかは気にしてない、かな」
ナツミの答えに対してルリアはしばらくじっとこちらを見つめる。
やがてナツミに正面から向き合ってそっとナツミの両肩に手を添えた。
「ナツミン、ちょっと落ち着いて考えよう。確かにシオンは優しいこともあるけど、基本的には性格悪いしデリカシーないし自分勝手だし鈍いしロクな男じゃないよ?」
「ほー? 腹黒で猫被りで金にがめつくて自己中な女が何か言ってるね」
ルリアがシオンの悪い点を列挙するのにかぶせるように、第三者の声がナツミの背後から聞こえてきた。
ナツミの正面にいるルリアは、声の主を前にしてわかりやすく顔を顰める。
「うわ、ご本人登場とか聞いてないんだけど」
「こっちこそ、お前がいるなんて思わなかったっての」
ルリアとトゲのある会話をしながらナツミのすぐ隣に立ったシオンは、わざとらしく大きなため息をついたのだった。




