1章-事態はなお終わらず-
「さて、それじゃあちょっと嫌なお話させてもらいます」
アンナの"嫌な可能性"の発言の後、詳しい話はシオンから聞くほうがいいと判断し彼を待つ運びとなった。
そうして帰艦後すぐにブリッジにやってきたシオンはハルマたち三人の機動鎧パイロットまで連れてきた。
この時点で、シオンがかなり深刻に事態を捉えていることが察された。
ハルマたちを連れてきたということは、彼らの戦力も必要になるだろうと考えていることの証拠なのだから。
「アンナ戦術長には確認済みなんですけど、改めてこの湖でのアンノウンの出現反応について確認させてもらっていいですか?」
シオンの問いにアキトはミスティに目をやった。
先程の一件もあって少し上の空だった彼女だが、すぐに本部から来ていたデータについて説明を開始する。
「反応があったのは七日前です。通常であれは平面的な座標しか検知することはできませんが、幸いこの湖の近くに無人の観測所があるため、湖の中で反応があったという詳細まで把握できたとのことです」
ミスティの説明にひとつ頷いたシオンだが、少し先程までよりも表情が険しくなっていることにアキトは気づいた。
「詳細が把握できてるならもう一点確認です。……反応の規模と回数は?」
問いかけに対してミスティは少し不思議そうな顔をしつつも手に持つタブレット端末を確認し、答える。
「反応規模は特筆して大きくありません。第七人工島で散見されたものと同レベルでしょう。反応回数も一回だけのようです」
「……待ってくれ。それは……」
ミスティの答えを聞いて、アキトはひとつの違和感に気づいた。
声を漏らしたアキトに視線が集まるのを感じつつもシオンを見れば、彼もまた険しい表情をしている。
「ミスティ、すぐに本部に連絡して今話してくれた情報について再確認を取ってくれ」
「は、はい!」
アキトの急な指示にミスティは慌てて通信担当の女性船員のそばへ移動する。
「おいアキト。お前急にどうしたんだよ?」
ラムダを筆頭にまだ違和感に気づいていないメンバーの視線が集まる。
その全員を見回して、アキトは端的に答えを口にした。
「アンノウンの数が、あまりにも多すぎる」
「確かに多かったが……あの日の人工島と比べりゃ少し少ないくらいだろ」
確かに過去の出現の記録などと比較したとして、数としては珍しい規模ではない。
アキトたちの記憶にも新しい第七人工島の一件での初期出現数と同等、時間経過で増えたことを思えば少ないくらいの数だ。
しかし、過去の記録や第七人工島の記録と今回では決定的に違う点がある。
「人工島の一件では近しい規模の出現反応が十数回観測された上であの数になったんだ。……それと同等の規模の出現反応が一回だけで、同じだけの数が現れるのはいくらなんでも不自然だと思わないか?」
データを見るに、今回湖で観測された空間の歪みは世界各地でよく観測される一般的な規模のものだ。
そこから出現するアンノウンは多くても十体いるかどうかといったところだろう。
それが一回だけで、湖にいたアンノウンの数は七〇以上。
過去のデータと比較して考えるなら、完全に何かがおかしい。
「艦長! 本部に確認を取りましたが、やはり観測内容に間違いはなさそうです」
となればやはり、一般的な規模の空間の歪みが一回だけだったという事実は間違いなさそうだ。
反応の高さまで観測できている以上、規模や回数の観測に失敗するとは考えにくい。
「イースタル。そもそも空間の歪みの規模と数に関係はあるのか」
「ありますよ。例えるならあれは一時的に開いたトンネルです。大きくないと当然デカいのは通れないし、自然に塞がるので規模がそのまま通過可能時間に直結します」
つまり、大きなアンノウンが通過するにしろ多くのアンノウンが通過するにしろ歪みの規模は必要になる。
その理論に従うなら、やはり今回の一件での出現数は計算が合わない。
「規模からして大型アンノウンは出現していないだろうが、中型以下でメス――小型種などを生み出せる個体は存在しうるか?」
一回限りの空間の歪みからあの数が出現したとは考えにくいが、出現したアンノウンによって新たなアンノウンが生み出されたとすれば数の説明はできる。
日数も経過しているので増やす時間は十分にあっただろう。
そんなアキトの問いに対してシオンは首を横に振った。
「サイズは強さとは別なのであり得るんですけど……多分今回はメスではないです」
「どういうことだ?」
「今回のアンノウン、スライムっぽかったじゃないですか。ああいう形がないアンノウンの場合、分裂できることがあるんです」
「分裂」という言葉に先程のアンノウンを思い浮かべる。
個体というよりも液体のようにも見えたあの体を思えば、確かにそういったことは可能に思える。
そして分裂して数を増やしたならあの数の説明もつく。
メスにしろ分裂にしろ数の多さについての仮説は立った。
それに実のところ、数が合わないことは決して一番の問題ではない。
おそらくシオンの言った"嫌な可能性"の話はここからだ。
「この湖に出現したアンノウンに数を増やす手段があったのはまず間違いないだろう。……だとすれば、ここにいたのが全てだった確証はない」
このブリッジにいるメンバーにここまで言って意味を理解できない人間はいない。
全員の表情が険しいものになっているのを確認して、アキトは続ける。
「戦闘時はイースタルによって退路を塞いでいたが、我々が来る以前に川を下ったアンノウンがいる可能性がある。……本艦はこれより下流に向かって航行を開始。イースタルの索敵を頼りに残存勢力の有無を確認する」
アキトの指示にブリッジの面々がそれぞれの役割を果たすべく動き出す。
それを視界に収めつつ、そっと艦長席のそばに立ったシオンとアンナに尋ねる。
「川を下った個体はいると思うか?」
「可能性は高いです。どう見たって湖じゃ手狭だったでしょうから、新天地探しに出た輩がいても何もおかしくない」
「となると、人里に行き着く可能性も高いっていうのが最悪なのよね」
シオンの隠し玉をひとつ使ってまで防いだ事態が、この後現実になってしまうかもしれない。
間違いなく最悪のパターンだが、残念なことにその最悪は極めて可能性が高いところまできてしまっている。
「……イースタル」
「アンノウン探しは元からやってたことですから追加はいりません。……問題なければブリッジに待機させてください」
ブリッジに待機できれば反応を捉えたときにすぐにアキトに報告ができる。
シオンのそんな意図を感じ取ったアキトは、少し情けない気持ちになった。
「(お前を脅す人間たちに、お前は優しいんだな)」
シオンが人間をどう思っているのかは実際のところわからない。
だとしても、少なくとも今、彼を脅して縛り付けている人間たちを彼が積極的に守ろうとしてくれているのは紛れもない事実だ。
まだ十六にも満たない少年にそんな風に助けられている。
そんな大人である自分が、どうにも情けなかった。
 




