7章-全てが消えた部屋③-
「……正直、事前に予想していたのとは少し状況が違うみたいです」
シオンとシルバがそれぞれに担当していた住居を調べ終えた頃。
同様に調査を終えたガブリエラはそう語った。
ただ同時に彼女はそれ以上も語らなかった。
「人類軍には話しにくいことなの?」
「そうかもしれませんし、そうでもないかもしれません。ただ【異界】から来た余所者である私が軽率に話していいものかどうか……」
リーナの問いに答えたガブリエラが困っているのは一目でわかった。
ガブリエラは調査によってある程度情報を得ることはできたらしいが、それを人類軍に話すかどうかはシオンやシルバと話し合ってから決めたいのだという。
「……わかったわ。とりあえずここからは出ましょう。……ナツミの体調もあるし」
「ごめん。そうしてもらえると助かるかも……」
ガブリエラとリーナが会話する裏で、ナツミは体調不良に見舞われていた。
症状としてはシンプルに気持ちが悪い。
失踪者の部屋に立ち入ってすぐに室内の妙な気配にあてられてこの体たらくだ。
ギルに支えてもらっていなければよろけて倒れてしまいそうな程度には調子が悪い。
「なんであたしだけこんな……」
「無理もないと思います。この部屋はその……魔力の気配が少々混沌としてますから」
「どういうこと?」
「あー、なんつーかいろいろゴチャッとしてるよな。あれだ、ファミレスのドリンクバーでふざけて作ったミックスジュースみたいな感じだ、しかもクソ不味いやつ」
「人外である私や契約を介してシオンの加護を受けているギルは大丈夫でしょうけど、人間で魔力を知覚できるナツミには毒にもなるかと」
いっそリーナのように知覚できるほどの力がなければこうはならなかったのだろうが、半端に知覚できてしまうのがよくなかったようだ。
とりあえずアパートを離れればそれだけでナツミの体調はずいぶんとマシになった。やはりあの部屋が問題だったらしい。
「……でも、どうしてそんな風になってるの? やっぱり魔法で人とか家具が持ってかれたから?」
「魔力が混沌としてたっていうのはつまり、複数の魔力があの部屋に残ってたってことよね?」
体調が落ち着いてくるとそういった疑問が頭に浮かぶ。
魔力が複数混ざっていたことでナツミの体調に異常をきたしたのだとするとリーナの言う通りあの部屋には複数の魔力が残っていたことになる。
「ってことは、犯人はひとりじゃないってことなのかな?」
「そうね、複数犯じゃないと魔力も複数にならないだろうし……」
「んーどうなんだろな?」
ナツミとリーナが推測する中、ギルが首を捻った。
「ギルも何かわかってるの?」
「いや、勘みたいな感じなんだけどさ。あの部屋、魔力の気配の残り方がぐちゃぐちゃっつーか」
「ぐちゃぐちゃ?」
「なんかこう、古いのと新しいのが、もがっ⁉︎」
不自然にギルの言葉が途切れたのは彼の口をガブリエラの手が勢いよく塞いだからだった。
「ギギギギル! その、そこをあまり話してしまうとシオンに怒られてしまうかも……」
「!!」
ガブリエラの言葉にギルがピシリと動きを止めた。
「え、俺なんか不味いこと言ったのか?」
「割と……」
「……でも、ガブリエラが勢いよく止めたせいで逆にヒントになっちゃったんじゃね?」
「……ハッ⁉︎」
気の抜けそうな会話をするふたりだが、別にふざけているわけではないのだろう。
本来、ガブリエラもギルもウソや隠し事が苦手なタイプなのだ。
「えっと、リーナ、ナツミ……」
「とりあえず、あの部屋では古い魔力と新しい魔力が混ざり合ってたってことはわかったわ」
「あう……」
あの部屋の魔力の状況。
それをガブリエラは隠したがっていたこと。
ギルとガブリエラのうっかりのおかげでそれらの事実をナツミたちは理解できた。
「(でもまあ、それがどういうことなのかまではあたしたちだけじゃわかんないよね……)」
情報こそ多少得られたとはいえ、魔法や魔術に詳しくないナツミやリーナではなんとも答えを出しようがない。
結局はガブリエラがシオンやシルバと話をしてみないことには事態は進まないだろう。
シオンたちとシルバたちのチームに調査完了の旨を連絡すれば、彼らも同じく調査を終えていると返答があった。
ひとまず都市の中心にある広場での合流を約束し、ナツミたちも移動を開始する。
ちょうどナツミたちの担当住居はそこに近かったため、五分も歩けば大きな噴水のある広場に到着した。
あとは他のチームの合流を待つだけだ。
「(古いのと新しいの、か……)」
時間もあることであるし、ナツミは少し先程得られた情報について考えてみる。
問題の部屋で失踪事件が発生したのは三日前。この都市で起きたの三件の中でも最も新しい事件だと聞いている。
そこから考えれば、住民と家財が消えたときに残された魔力を仮に新しいほうだと思っていいだろう。
では、古いほうの魔力というのはいつなんのためにあの部屋に残されたのだろう。
「(というか、魔力の気配ってどれくらい残るものなんだろう?)」
以前、“天使”の捜索についてブリッジでシオンとアキトたちが話し合っているのを聞いたことがあった。
確かあのときシオンは「出現から数日経過してる相手の魔力をたどれとか俺でも無理ですからね?」と微妙な顔をしてアンナに答えていたはずだ。
使われた魔法の規模なども関係するようなので正確な結論を出すのは難しいが、あの口ぶりなら数日残っていればいいほうなのだろう。
だとすれば新しいほうが残っているのはともかく、古いほうの魔力が残っていること矛盾するように思える。
「(古いほうはなんかすごい魔法で残った……とか?)」
ナツミになりに考えてはみるが、正直わからない。
ナツミは一応頭が悪いわけではない自負はあるが、かと言って考えるのが得意なタイプでもない。
ギブアップと誰に対してでもなく頭の中で降参宣言をしつつ顔を上げると、ちょうどこちらを向いていた少女と目が合った。
「……あれ? ルリア?」
「やっぱり! ナツミンに、リナリナも久しぶりじゃ〜ん!」
ナツミたちのそばまで駆け寄ってきたブラウンの髪にそばかすの少女の名はルリア・バッカス。
ダルタニア軍士官学校におけるナツミたちの同窓生である。




