7章-全てが消えた部屋②-
――シオンとアキトがとあるアパートの一室に足を踏み入れたのと同じ頃。
ハルマはシオンたちが向かったのとはまた別の住民の失踪した住居に足を踏み入れていた。
「くっっっっっっせぇ」
リビングまで足を進めた直後、ハルマと共にやってきていたシルバが鼻を押さえながら眉間にシワを寄せた。
「くさい、かな? 僕にはわからないんだけど……」
「……くせえっつっても魔力の気配のせいなんで」
同じく同行者であるレイスが首をひねるのに、シルバは律儀に答える。その間も顔はしかめられっぱなしなので相当嫌なのだろう。
「カーティス先輩はともかく、ミツルギ先輩は感じ取れてるんじゃねえっすか?」
「ああ。なんとなくだけどな」
〈アメノムラクモ〉との正式な契約を交わして以降、ハルマは以前よりも魔力などに対する感覚が鋭くなっている。
経験の少なさもあって細かく感知できるわけではないが、それでも部屋に入る以前からぼんやりと部屋から漏れ出る魔力の気配を感じ取れてはいたし、実際に踏み入れてみれば明らかに部屋の外と中では空気が違うのがわかる。
「シルバは大丈夫か? あんまりにおいがキツいようなら一度部屋を出てもいいんだが」
経験の浅いハルマでも明確にわかるほどの魔力の気配だ。ハルマよりも感知の腕がいい上に“狼男”の性質でそれをにおいとして知覚してしまっているのだとすると、シルバにとってはかなりキツいのではないだろうか。
しかしシルバはハルマの提案に首を横に振った。
「この部屋を調べるってのはシオン先輩からの頼みなんだ。多少キツかろうが半端にするつもりはねえ」
「(やっぱりキツいはキツいんだな)」
元を辿れば人類軍からの指令なのだが、例えそうでもシオンから分担された以上は疎かにしたくないということらしい。
つくづく不良らしい見た目に反して真面目なことだ。
「シオンもシルバを見習ってくれないだろうか」などと考えつつ、三人で手分けして部屋の中を調べてみる。
「(とはいえ、手がかりになるような物はまずないだろうな)」
家財道具一式ごと住民が失踪するというのは事前に聞いていたが、部屋には本当に何も残されていない。
一般的な失踪事件なら家財道具はそのままなので手がかりの有無はともかくとして家探しする余地はあるだろうが、そもそも何もない部屋で物を探すなど不毛なことだ。
一応部屋に備え付けのクローゼットなどがあるとはいえ、おそらく家探しにかかる時間は十分にも満たないだろう。
この場合、むしろ手がかりになるのはこの部屋に残されている魔力なのだろうが、そうなるとシルバ以外は完全に戦力外になってしまう。
「(戦力外なのは折込済みとはいえな……)」
この都市ではこれまでに全部で三件の失踪事件が確認されている。
他の都市では一件のみのことが多い中、際立って発生件数の多いこの都市には何か手がかりがあるかもしれないということで〈ミストルテイン〉はこの都市を訪れたのだ。
ただ、一軒一軒住民の消えた住居を調べるのは効率が悪い。
ということで調査担当と監視役で三つのチームに分かれ、この部屋にはシルバを調査役にハルマとレイスがその監視役として同行した。
それ以外の二箇所はシオンとアキトのチーム、ガブリエラとリーナとナツミとおまけのギルのチームがそれぞれ調査しているわけである。
つまり、シオン、シルバ、ガブリエラ以外は調査の戦力としてカウントされていないのである。
とはいえ、こうして現場にいるにもかかわらず何もせずにシルバ任せにするのはハルマの気持ちが許さない。
そういった背景もあって真剣に部屋を調べていたハルマは、ふと部屋の隅の壁紙に違和感を覚えた。
「……少し色が違う?」
部屋の壁紙は全体的にほぼ新品ではないかと思えるくらいに白くキレイな状態なのだが、問題の箇所をよく見ると際立って色の白い部分がある。
大きさにして一般的なトランプや写真一枚くらいのサイズだろうか。
「ミツルギ先輩、何してんすか?」
「シルバ、レイス、ここのところ見てもらえるか?」
ふたりと呼んで見てもらえば、すぐに違いに気づいてくれたようだ。
「ここでだけ日焼けしてないってことは、この部分に何か貼ってあったってことかな?」
「俺もそう思う。ただ、普通に生活しててできるものじゃない」
サイズからして家具によるものではないだろうし、仮に写真などを貼っていたのだとしても足元の高さに貼るのは不自然だ。
「シルバはどう思う……シルバ?」
シルバにも意見を聞こうと声をかけたが返事はなく、彼は問題の箇所をじっと見つめている。
「……どういうことだ?」
「何かわかったのかい?」
レイスの問いかけに対してシルバは迷うように視線を彷徨わせる。
「何かわかったけど、それを俺たちに話すべきか迷ってる……か?」
シルバの様子から予想したことを口に出せば、シルバはその目を大きく見開いた。どうやら図星だったらしい。
「何か人類軍に知られると不都合なことがあるってことか?」
「……正直、オレにはそこが判断できねえ。シオン先輩と話してみねえと」
人類軍からすれば看過できないことをシルバは正直に認めた。そのこと自体に後ろめたさなどは感じていないのか、はっきりとした物言いだった。
もちろん人類軍の軍人でありシルバの監視役でもあるハルマたちはそれを「はいそうですか」で片付けるわけにはいかないのだが――、
「わかった。ひとまずその話はシオンと合流してからにしよう」
「……は? いいのか?」
ハルマの返答が予想外だったのかシルバは呆けた顔をしている。
そんな彼にしては少し珍しい表情に小さく笑いが漏れた。
「確かに人類軍としては褒められた判断じゃないんだろうが、今ここで君と揉めてもいいことはないだろう?」
ここでシルバに話せと強要するのは簡単だが、そんなことをしてもシルバが話してくれることはない。むしろ余計に話す気をなくすだけだろう。
少なくともシオンの判断次第では話すつもりはあるようだし、ここで無益な争いをする意味はあるまい。
「……アンタ、ホント学生時代と別人だよな」
「むしろ学生時代の俺はどう映ってたんだ?」
「あのシオン先輩が気を遣ってた時点で相当ヤバかったのはわかるだろ」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
確かにあの頃は人外や【異界】と聞くだけで冷静ではなくなるくらいだったので、心当たりはありすぎる。
「紛れ込んでた人外関係者はバレたら殺されるって本気で怖がってたからな」
「そこまでか……」
「……でもまあ、それも前までの話だろ」
そう話すシルバはわずかにだが微笑んでいた。
「今のアンタはそうおっかないもんでもない。……それでいいんじゃねえの?」
ハルマを励ますような言葉を口にしてから、唐突にシルバの頬がわずかに赤くなった。
「……もしかして、一拍遅れて照れてる?」
「うっせえっすよカーティス先輩」
レイスの指摘に低い声で応じるシルバだが、頬が赤いままなので普段ほどの威圧感はない。
体格や顔つきこそ下手をすればハルマたちよりも年上に見えそうなシルバだが、こういったところは年相応に隙があるようだ。
その後、「とにかくもうここに用はねえだろ!」と強引に話題を変えて部屋を出ようとするシルバ。
その後ろ姿を見送りつつ、ハルマとレイスは小さく笑い合うのだった。




