7章-戦う力①-
ハルマとガブリエラが向かい合うその場は、静寂と緊張に包まれていた。
シオンやリーナたちが無言でふたりの動向を見守る中、先に動いたのはガブリエラだ。
光と共に手元に取り出した細身の剣を片手に機敏な動きでハルマへの距離を詰める。
瞬く間に距離を詰め、間合いに入ると同時に鋭く振るわれた一閃をハルマはいつの間にか手にしていた一振りの剣で受け止めた。
剣と呼ぶには無骨にも見えるそれには普通の剣にはあるような柄や鍔すらもない。
そんな刃でガブリエラの剣を押し返したハルマはそのままガブリエラに向けて剣を振るう。
剣の外見上の重量感を感じさせないハルマの鋭い斬撃をガブリエラは受け止め、そのままふたりの打ち合いが続く。
「せやっ!」
打ち合いの最中、気合のこもった声と共に放たれたハルマの一撃を受け止めたガブリエラが堪えきれずにやや後ずさった。
これを好機とハルマは追撃を加えようと踏み込みかけるが、次の瞬間何かに反応したように飛び退く。それと光の弾丸が床を打つのはほとんど同時だった。
あまりに一瞬の出来事だったが、どうやらハルマに体勢を崩されたガブリエラが咄嗟に魔術による攻撃で追撃を防いだようだ。
「「…………」」
一度ふたりの間に距離ができたことで、状況はひとまず互いに剣を交える前に戻った。
互いに相手に隙を見せず、同時に相手の隙を見逃さないようにと神経を研ぎ澄ませたままで相対する。
その膠着状態に痺れ切らしたふたりが動き出そうと足にわずかに力を込め――、
「ストーーーーーーップ!!」
実際に動く寸前に響いたシオンの大声でガクリと力を無くした。
「シオンなんだよ。まだ始まったばっかりだったぞ」
「そうですよ……」
「いや、多分あそこで止めたので正解だったと思う」
「私もシオンに賛成よ。なんかもうふたりとも空気が訓練って感じじゃなかったし……」
不満そうにするハルマとガブリエラに対し、シオンはリーナを味方につけつつ両腕で大きくバツ印を作って見せる。
「ふたりとも目が完全にバトルモードっていうかやる気満々過ぎ! ちょっと〈アメノムラクモ〉を実戦想定で使ってみたいっていうからOK出したけど、どう考えてもちょっとの範疇越えそうだったじゃん!」
事の発端は、シオンがたった今口にした通りのハルマの発言だった。
〈アメノムラクモ〉騒動以降、ハルマたち機動鎧パイロット三人はとりあえず実戦で使用可能なレベルまでECドライブのコントロールを習得した。
あくまでとりあえず及第点というレベルではあるが、それ以降は教えるというよりは本人が実際に場数をこなして慣れていくしかない。
というわけで魔術の訓練を始めた当初の目的は無事に果たされたわけではあったのだが、艦長であるアキトや本人たちからの要望もあって現在も訓練は続いている。
その一環で、ハルマが写影顕現の魔術で〈アメノムラクモ〉を再現できるようにと訓練をしていたところ、ある程度できるようになってきたハルマが先の発言をした。
それに対してガブリエラが手合わせをしようと提案して、シオンもゴーサインを題した事で先程の打ち合いに至るわけである。
「シオンがやっていいと言ったのに、あんなにすぐ止める入ってくるなんて……」
「ハルマはともかく、まさかガブリエラがあんなにノリノリになるなんて思わなかったんだよ!」
ハルマが真剣に訓練に取り組むあまり熱中してしまう可能性はシオンだって想定していた。
しかし、たまに大胆なことをするとはいえ普段は上品で落ち着きのあるガブリエラまでああなるとは全く考えていなかったのだ。
改めて考えてみれば、ガブリエラは“騎士”だ。
しかもいいとこのお嬢様でありながら自ら積極的に騎士になることを選んだようなタイプなわけで、戦いや訓練に真剣かつ前向きであってもおかしくはなかった。
ただ、彼女の見た目の可憐さとミスマッチすぎるやや戦闘狂じみた一面にまで考えが及ばなかったのは仕方ないだろうとシオンは声を大にして言いたい。
「あはは……あのままだとどっちか軽くケガくらいしそうだったよね」
「目がかなりギラギラしてたもんなー」
レイスとギルにまで指摘されてしまったことでふたりもようやく納得してくれたらしい。
「正直不完全燃焼なんだけどな」
「そうですね。物足りない気分です……」
「……ふたりとも訓練用の木刀でやるならいいよ」
ばっちり切れてしまう真剣でヒートアップしてケガをされるとヤバいと思ったから止めたのであって、そこがなんとかできるなら問題はない。
シオンがそう言えば、ややしょんぼり気味だったふたりが一気にテンションを上げた。
「(ガブリエラって普段わかりにくいだけで、意外とナツミと同系統なのかもな……)」
シオンからOKが出たからと早速木刀を手にして向き合ってしまったふたりを前にシオンは心の内でため息をついた。
「シオーン、それはそれとして俺たちもそろそろ始めねえ?」
「あー、うん。ギル、俺たちはあっちでやろう」
広い訓練室でシオンはギルと共にハルマとガブリエラが打ち合っている辺りから適度に距離を取る。
続けてひとつ指を鳴らせば、シオンとギルの周囲そこそこの広さの範囲を光の壁が覆い尽くした。
「じゃあ、早速始めるけど……とりあえず割と殺す気で行くからそのつもりで」
その言葉が終わった直後、シオンの影から飛び出した無数の手がギルへと向かった。




