7章-魔術と科学③-
「――というわけなんですけど、〈ワルキューレ〉を十三技班が改造する許可とかってもらえますかね?」
「…………」
格納庫にて〈ワルキューレ〉にまつわる十三技班メンバーのバトル、からのゲンゾウによる雷までの一連の事件があった日の夜。
いつものごとく人外社会講座のためにアキトの私室を訪れたシオンがそんな話をすれば、アキトは頭を押さえて無言になった。
「頭痛ですか?」
「そうだな。お前のせいでたった今頭痛が始まったところだ」
「ですよねー」
この話題を話せばこうなることは想定内だったのでシオンは雑めに話を流した。
アキトもアキトで気持ちを落ち着けるようにひとつ大きく息を吐き出すと頭を押さえていた手を下ろす。
「むしろ許可が出ると思っんるのか?」
「無理かなーとは思ってますけど、〈ワルキューレ〉が人類軍のものじゃないのは確かですからね。口にする分にはタダでしょ?」
「はぁ……俺に許可を取ろうとしただけマシか……」
ひとまず申請のための各種資料を用意すれば上層部に提出だけはしてやるというアキトにシオンは満足した。
「それにしても、十三技班はちゃんと仕事してるのか?」
「失敬な。俺たちがしっかり働いてるから各機動鎧があんなに大暴れできてるんですよ?」
「そうなんだがな。正直機動鎧の整備以外にことばかりしてるような印象だぞ」
十三技班の一番の仕事は〈ミストルテイン〉およびその搭載機の整備である。
最近ではそこに魔術と科学を組み合わせた新型機動鎧の開発なども紛れ込んでいる。
ただ、そこまでは人類軍の技術班としての正式な仕事なので問題はない。
アキトが気にしているのは、人類軍から与えられた仕事の範囲外で魔術を応用した兵器を作ったり、今回のような〈ワルキューレ〉の改造計画を始めようとしたりしていることだろう。
「お前たちの腕の良さは有名だが、人数はそこまで多くもない。なのに与えられた仕事をこなしつつそれ以外のことにまで手を伸ばせてるってのは正直おかしいだろ」
変人の巣窟として有名な十三技班は、その悪名の高さもあって人数が一般的な技術班と比べて少なめである。
いくら個々の腕がいいにしろ、単純に人手が少ないのだから作業スピードにも限界があるはずでは、というのがアキトの考えのようだ。
「うちの人たちはまあ、いろいろとタフですから。テンション上がると余裕で食事とか睡眠すっ飛ばしますし」
「……つまり、徹夜上等で働き倒してるわけか?」
「厳密には仕事は勤務時間中に終わらせてプライベートな時間でそれ以外に手を出してるんですよ」
「どっちにしろダメじゃねえか」
「いえいえ、プライベートな時間に何しようと個人の勝手ですよー」
仕事以外の研究開発はあくまで個人の趣味。そして個人によるプライベートの時間の使い方について人類軍に口出しされる謂れはない……というのがシオンたちの言い訳である。
アキトはそれを聞いて頭を抱えた。
「まあまあいいじゃないですか。それもあって新型機動鎧の開発は着々と進んでるんですし」
「それは確かに喜ぶべきことなんだが……微妙に引っかかるというか」
「細かいことは気にしない気にしない」
実際、新型機動鎧の開発はかなり順調に進んでいる。
元々魔術を応用した兵器作りを始めていた十三技班に対異能特務技術開発局というバックがついたことは大きかったが、それに加えてガブリエラの登場も大きい。
〈ワルキューレ〉には巨大な金属の塊を動かすために極めて効率化された術式が多く施されている。
扱える魔力量の違いはあれど、機動鎧にも十分に応用可能なものばかりだ。
そしてその中でも最も大きかったのは、動力となるエナジークォーツに施されたものだ。
〈ワルキューレ〉の動力となっていたエナジークォーツには、搭乗者からの魔力の供給を円滑にするためのもの、魔力の増幅を安定させるためのものや、魔力を効率的に魔装の各部に伝達するためのものなどエネルギー効率を重視した術式が多く施されていた。
それらの術式とシオンの設計、さらに現在使われているECドライブの技術を組み合わせればかつてないスペックの新型ECドライブが完成するだろう。
「あ、新型ECドライブのプロとタイプは〈サーティーン〉に載っけてみることになってるので、近々そういう申請がくるかと」
「もうそこまで進んでるのか……いや待て、パーツはともかくECドライブに使えるほどのエナジークォーツが搬入されたなんて報告は受けてないんだが」
「そこはその……通販で」
「……まさか≪魔女の雑貨屋さん≫か⁉︎ そもそもそんなもん売ってるのか⁉︎」
「料金さえちゃんと払えばなんでも売ってくれるのがあそこの売りですから。あ、俺のポケットマネーなのでご心配なく」
「そんな心配はしてない」
再び頭痛に耐えるように頭を押さえたアキトだったが、十秒も待てば復活した。
「とりあえず、今後≪魔女の雑貨屋さん≫を使う場合は何を買うにしても必ず一言俺に連絡しろ」
「えープライベートな買い物までどうこう言われるのはちょっと……」
「プライベートって言葉を盾にして誤魔化すだろうから却下だ。通販そのものを禁止しないだけありがたいと思え」
アキトに折れる気がないのは明らかで、シオンは渋々折れるしかなかった。
「それにしても、魔術と科学によるECドライブがこうもあっさり実現するとはな」
「ガブリエラの協力が大きいですね。運がよかったです」
「だが、マジフォンのこともあるだろ? ≪魔女の雑貨屋さん≫との協力という手もあったんじゃないか?」
≪魔女の雑貨屋さん≫の開発したマジフォンは科学技術で作り出されたスマートフォンに魔術的な動力や技術を使用したものだ。
すでに魔術と科学を組み合わせることに成功していると言ってもいいだろう。
「もしもあまりに開発が難航しそうなら≪魔女の雑貨屋さん≫との交渉もありかと思ってたんだがな」
「うーん。確かにその手はあったかもですけど、こっちの人外は人間とは不干渉が大前提ですからね。艦長個人との取引とかならまだしも人類軍への技術共有ってのはどうなんだろ?」
こちらの世界の人外は人間に対して比較的友好的ではあるが、かと言って積極的に関わろうとするわけではない。
基本的には不干渉――仮に人間の暮らす都市がアンノウンに襲われているのに出くわしても、それなりに理由がなければ助けに入らないくらいにはドライなスタンスだ。
実際、ヤマタノオロチの一件では、シオンが声をかけなければ玉藻前はヤマタノオロチが京都に来るまで動かず、京都までの道のりにある都市は壊滅的な被害を被っていただろう。
人外側にもっと積極的に人類に関わる意思があったなら、この十年ほどの間に失われずに済んだ命はいくらでもあったはずだ。
「ガブリエラだからこそ損得感情抜きでここまで協力してくれたんです。ある意味こっちの世界の人外のほうがそこらへん厳しいんじゃないかと俺は思うんですよね」
「玉藻様はともかく、ミセスもか?」
「艦長個人には割と力を貸してくれるかもですけどね」
シオン経由で知り合いある程度信用できると判断したアキトの頼みなら無碍にはしないだろうが、人類軍という大きな組織との協力関係というのは軽い気持ちでできるようなものではないだろう。
「ただ……そもそも≪魔女の雑貨屋さん≫と人類軍との間に裏ではすでにつながりがあったりとかないですかね?」
現時点でシオンたちは人類軍の内部の人間と玉藻前の間につながりがあることを把握している。
だとすれば、他にも人類軍と関わりを持つ人外がいたとしてもおかしくはない。
「根っこのところで人間嫌いな大妖怪がつながり持ってるくらいです。元人間の“神子”で商売に余念のないミセスが実は人類軍と商売してる……って言われても、俺、全然驚かないんですけど」
「……正直、俺もあり得そうだなとは思っていた」
ふたりの間になんとも言えない沈黙が流れる。
「この話題一旦やめましょうか」
「……だな」
あり得そうだけど確信が持てないややこしそうな可能性について、ひとまずふたりは保留とすることで同意したのだった。




