7章-歓迎パーティーにて③-
歓迎パーティーの最中、マリエッタとアンジェラが目についたスイーツについてあれやこれやと話をしているのを微笑ましく見守っていたナツミはガブリエラがどこかに視線を向けていることに気づいた。
【異界】出身のガブリエラと天才ゆえに世間知らずのマリエッタでは事情が少し違うが、どちらも世間のことに疎いということに違いはない。
そのため、ついさっきまでは彼女もまた少し年下のふたりの会話に混ざっていたはずなのだが、いつの間にか少し離れたところに立っていた。
「ガブリエラ、どうかしたの?」
「あ、いえ、大したことではないんですけど……」
本人はそう言ってすぐにナツミに微笑みかけてくれたが、彼女が真面目な性格であることをつい先程の謝罪劇で見せつけられたばかりなナツミとしては何か溜め込んでいるのではと少し不安に感じてしまう。
「本当に大したことない? 実は大したことなくないことだったりしない?」
「なんだかそう言われると混乱してきましたね……」
「うん、あたしもちょっとこんがらがってきた。でも真面目な質問だよ?」
質問の言葉こそ少々ふざけたような感じにはなっているが、ナツミは真剣だ。
それをわかってもらえるようにとじっとガブリエラを見つめること数秒で、ガブリエラが折れた。
「その、あのふたりを見ていたんです」
そう言ってガブリエラの示した先には、やや離れた位置で隣り合ってコンテナに寄りかかったシオンとハルマがいた。
「ふたりがどうかしたの?」
「そこまで深い意味はないんですが、仲が良さそうだなと思って」
「確かに、最近また前みたいな感じになってきたかな」
「前?」
ガブリエラが首を傾げたのを見て、そういえば彼女はつい最近のふたりしか知らないのだと気づいた。
彼女が知るのはそれこそシオンがハルマのことを名前呼びするようになってからのふたりだけで、一時期の距離が空いたふたりのことは知らない。
「(でも、その話するのってどうなんだろ?)」
シオンとハルマの間に距離ができたのは、ハルマの抱える【異界】への敵意とシオンが正体を隠していたことへの怒りからのことだった。
そんな話を正体を隠していたことを謝ったばかりのガブリエラにするのは少々よろしくない気がする。
何より、ハルマやナツミの父親がガブリエラの仲間と言える【異界】の軍勢との戦いで他界したというのは確実に彼女のことを傷つけるだろう。
「えっと、ちょっと一悶着あってギスギスしてた頃があったんだけど、今はむしろ前より仲良しになったんだよ」
「…………」
適度に濁しながらふたりが少し仲違いしていたのだと説明するが、ガブリエラはそんなナツミをじっと見つめてくる。
ナツミは正直ウソをつくのが上手くはない。
この様子だと、確実にナツミがガブリエラに話したくないことをぼかしたのはバレているだろう。
「……やっぱりちゃんと話す?」
「いえ、ナツミがわざわざ隠したというのなら相当プライベートなことか、私には話さないほうがいいとナツミが思ったか、なのでしょう? どちらにしろ無理に聞こうというつもりはないです」
先に観念してしまったナツミにガブリエラは首を横に振った。
気遣ったつもりが逆に気遣われてしまったような気分だ。
「ただ、聞いていいのならひとつだけ。……そのギスギスしていたという期間、シオンからハルマさんへの態度はどうでしたか?」
「へ?」
ガブリエラからのやや不思議な質問に間の抜けた声が出てしまった。
ただ質問してきたガブリエラのほうは真剣な様子だったので、ナツミも真剣に質問の内容について考える。
「シオンは、別に兄さんに怒ったりはしてなかった」
シオンに対して怒りを向けるのはいつだってハルマのほうで、シオンがハルマに対して何かを言うことはなかった。
むしろシオンはハルマに憎まれることを奨励していたようにさえ見えたくらいだ。
「なんか、嫌われたり怒られたりしても全然気にしてないし、そのくせ兄さんのことに無関心どころかむしろ好きみたいな感じで……」
「そうですか。……やはり、そうなんですね」
どこか納得したようにそうこぼしたガブリエラにナツミは首をひねる。
思えば、今のガブリエラの質問はある程度ナツミの答えを予想していたような聞き方だ。
もしかするとガブリエラは、ナツミたちの知らないシオンの何かを知っているのではないだろうか?
「ねえ、ガブリエラってやっぱりあたしたちよりシオンのこと詳しいのかな?」
「それは私にもよくわからないんです。……能力などの知識はともかく、シオンの振る舞いなんかは私の聞いていた≪天の神子≫のイメージとはややズレているようにも感じるので」
「それってどんな感じだったの?」
ナツミの問いにガブリエラは少し迷うように視線を彷徨わせた。
「良いイメージと悪いイメージが混在していたというか……必ずしも万人に好かれるような存在ではないと私は思っていました」
「……ガブリエラも嫌いだったりした感じ?」
「嫌い、ということはなかったです。私はむしろ直接会ってみたいとは思ってましたから」
「じゃあ念願叶った感じなんだ」
「ええ。ちょっと恥ずかしいので本人には内緒ですけど」
秘密だと唇に立てた指を当てて見せたガブリエラは微笑んでいたが、すぐにその表情をしまい込んで真剣な表情になった。
「――≪天の神子≫。あまねくすべてを見下ろす“天”を体現する存在」
パーティーの喧騒に溶け込んでしまいそうな、それでいてナツミにははっきりと聞こえるようにガブリエラは言葉を紡ぐ。
「大いなる“天”の下ではすべては等価。秤はただ“天”の御心にあり」
歌うように告げられた古めかしい言葉たちを、ナツミはただ黙って聞いていることしかできない。そうさせる何かがガブリエラの語り口にはあった。
「――これが、私の聞いた≪天の神子≫の本質。でも、あまり気にしすぎるのはよくないと思うんです」
そう語ったガブリエラの瞳は再び少し遠くのシオンへと向けられている。
「ナツミは、シオンのこと好きですか?」
「うえっ⁉︎ す、好きっていうか、大切な友達だけど……」
「そうですね。私にとってもシオンは大事なお友達です。……誰かに聞いたことなんかよりも、その気持ちが一番大切なんです。きっと」
微笑みながら、しかしどこか自分自身に言い聞かせるようにそう話したガブリエラにナツミはかける言葉を見つけられなかった。




