7章-天使さんは働きたい-
「――やはり、私も何かお仕事をするべきではないかと思うんです!」
ガガガギギギと機械音が響く格納庫の一角でシオンとギルを前にやってきたガブリエラが機械音にも負けない声量でそんなことを言い出した。
彼女の妙な勢いに若干気圧されつつ、シオンは状況を整理しようとひとつ咳払いする。
「ごめん、やはりの前提が俺たちにはまったくわかってないんだけど、そこから説明してもらっていい?」
「あ、はい! すみません、ちょっと気が急いてて……」
シオンの指摘で少し落ち着いたガブリエラは普段のペースに戻って説明を始めた。
ガブリエラは数日前、人類軍の協力者という立ち位置を無事に確保した。
そんな彼女の加わった〈ミストルテイン〉もアンノウンが増加傾向にある欧州各地を回っての討伐任務を言い渡され、すっかりシオンたちは通常運転に戻りつつあるのだが……
「みなさんがいろいろとお仕事をされているというのに、私だけ何をするでもなくのんびりしているというのは正直心苦しいです!」
「「あー」」
力説するガブリエラの前にシオンとギルはなんとも微妙な声を漏らした。
あえて細かくニュアンスを説明するならば、“わからなくもないけどそんな力説することかな?”である。
確かに、ガブリエラの立場ではアンノウンの出現などの非常時以外は艦内でやることがない。
立場的にはあくまで外部の協力者であるし、むしろ【異界】の人外である彼女に艦内の仕事などをさせるわけにはいかないという背景もある。
背景はどうあれ、シオンであれば何もするなと言われれば嬉々としてゴロゴロするところなのだが、真面目なガブリエラは他の人々が働く中でひとりのんびりと何もしていないというのは気になってしまうらしい。
「私が大事なお仕事をするわけにはいかないのは重々承知しているんですけど……せめてお掃除とかお洗濯とか、そういうお手伝いみたいなことくらいさせてもらえないものでしょうか?」
話しているうちにまた勢いの増してきたガブリエラの様子を見るに、シオンたちが考える以上に現状に罪悪感やら心苦しさを覚えているようだ。
「ガブリエラはこういう言い方嫌かもだけどさ、裕福な家のお嬢様だったならそれこそ掃除とか洗濯ってお手伝いさんとかにやってもらってたんじゃねえの?」
「……確かにそういう人たちのお世話になってましたけど、自分でできることは自分でやるように心がけていたんです。……みなさんが慣れるまではよく悲鳴をあげられましたが」
「そりゃあ、世話すべきお嬢様が自分で働き始めたらね……」
いくらガブリエラ本人がやりたがっているのだとしても使用人たちからすれば給料をもらってやっている仕事を奪われているわけであるし、掃除や洗濯の過程でガブリエラが少し指でも切ろうものなら大問題にだってなりかねない。
悲鳴を上げたくなるのも仕方がないだろう。
「……だって、自分で何もできないなんて恥ずかしいじゃないですか。そういうことも含めて自立するべく家を出たんです」
珍しく年相応に拗ねて見せるガブリエラにシオンとギルは顔を見合わせる。
「なあシオン、掃除洗濯くらいなら手伝ってもらってもいいんじゃね?」
「そこらへんは俺に決めれることじゃないし……艦長もさすがにゴーサイン出してはくれないんじゃないかな」
本人の望みとはいえ外部の協力者に掃除やら洗濯のような雑用をやらせるというのはシオンだってどうかと思う。
そもそもガブリエラへの指示出しを任された軍人もやりにくいことこの上ないだろう。
「(掃除洗濯はさすがに無理だろし……何かやらせるにしろガブリエラ相手に指示出しするのに萎縮しないような図太い人間じゃないと)」
「あ゛? なんでこんなところにガブリエラの嬢ちゃんがいやがるんだ?」
考えを巡らせるシオンの思考を遮るようにゲンゾウが現れた。
「クロイワ班長。すみません、私がどうしてもふたりに相談したいことがあって、お邪魔してしまったでしょうか?」
「……まあ、まだ特に邪魔にはなってねぇよ。嬢ちゃんはその辺ちゃんと注意してやがるからな」
ゲンゾウに限らず技師という人種は基本的に格納庫を部外者がうろつくのを好まないが、それは部外者が作業の邪魔になるからだ。
部外者ながらもそこを弁えて邪魔にならないように気遣えるガブリエラのことはゲンゾウも好意的に見ているらしい。
「にしても、嬢ちゃんがわざわざこんなところまで来るたぁどういう用件だ?」
「実はですね……」
ガブリエラはシオンたちにしたのと同じ説明をゲンゾウにもした。
それを聞いたゲンゾウはと言えば、感心したようにほぉと息をはいた。
「若えのに真面目というか勤勉というか……最近の若えもんにしては珍しいな」
「俺たちだって真面目に仕事してるっすよ!」
「お前にしろシオンにしろ真面目でやる気もあるが……可愛げがねぇんだよ」
ギルがぶーぶー不満を言うのを雑に流しつつ、ゲンゾウは改めてガブリエラに向き合う。
その様子を見て、シオンはひとつ閃いた。
「ガブリエラ、十三技班の手伝いすればいいんじゃないかな?」
「へ?」
最大の問題であるガブリエラへの指示出しのしにくさについては、ゲンゾウやこの十三技班の人間なら問題ない。
何せシオンが当たり前のように混ざって仕事しているのだ。今更ガブリエラに萎縮するような人間などいないだろう。
「ガブリエラって機械に興味あるし、ガブリエラにも手伝ってもらえれば新型開発に俺が知らないような魔装に施してある魔術なんかも取り入れられるかもしれないし!」
「……なるほど。雑用はともかく【異界】の技術も組み込めるってのは悪くねえ話だな」
ゲンゾウもメリットの大きさを感じているのかニヤリと笑みを浮かべた。
「よし嬢ちゃん! お前さんの“仕事”の話、この俺が預かる!」
高らかにそう宣言したゲンゾウは年齢をまったく感じさせないしっかりとした走りでその場を立ち去った。
――その数時間後。
ゲンゾウによるマリエッタとその背後の対異能特務技術開発局までもちゃっかり巻き込んでの交渉により、ガブリエラが新型機動鎧の開発のために十三技班の手伝いをするという話がアキト及び上層部から承認されることとなるのだった。




