7章-きつねうどんとドーナツ 悪いニュースを添えて-
ガブリエラの正体が露見して二週間。
上層部による彼女の扱いに関する検討の間、〈ミストルテイン〉は最後の復興記念式典が行われた都市での待機を命令されていたわけだが、その答えがついに出た。
結論から言えば、ガブリエラの要望が認められた。
ガブリエラは〈ミストルテイン〉に同行しつつ、〈ミストルテイン〉や上層部からの要請を受け【異界】や人外に関する情報提供やアンノウンとの戦闘などに協力する。
基本的にはシオンと同じ扱いということになるだろう。
正直に言えば、想像していたよりもはるかにあっさりと話がついてしまった印象がある。
ガブリエラというシオン以上の情報源を雑に扱うことはないだろうと見ていたが、下手に世界中を動き回られるよりは人類軍の施設に囲ってしまいたいというのが上層部としては本音だろう。
〈ミストルテイン〉への同行を認めるにしろ、もう一悶着くらいはあるのではと考えていたシオンとしては拍子抜けである。
「ってわけなんですけど、俺としてはしれっと玉藻様あたりが絡んでるんじゃないかって思うんですがどうでしょう?」
「ど、どストレートだね……」
食堂にて食事中のコウヨウ・イナガワ、もとい人間に化けて〈ミストルテイン〉に搭乗する妖狐は、シオンの問いかけに対して困ったような愛想笑いを見せた。
愛想笑いが若干引きつっているあたりまだシオンに対してちょっと及び腰ではあるが、だいぶ改善してきたほうである。
「だって、なんか拍子抜けなんですもん。正直俺たちの預かり知らないところでどっかからアドバイスでもあったって言われたほうが納得できるっていうか」
加えてつい最近、玉藻前が人類軍にそこそこ干渉できることもわかったわけで……そうなってくるともう疑うしかないというのがシオンの主張である。
「で、実際どうなんですか?」
「少なくとも僕はそんな話は聞いてないよ」
「でも、ガブリエラのことはさすがに報告してるんでしょう?」
「うん。だから玉藻様が何もしてないとも正直保証はできないというか……」
要するに玉藻前の使い魔であるコウヨウであっても彼女が実際に動いたかどうかまではわからないということである。
ガブリエラに関する報告はしてあるということなのでぐっと可能性はアップしたが、確証を得られるほどの情報ではない。
「……一応今度聞いておいてくれます?」
「それは構わないけれど……多分しててもしてなくても「さあ、どうでしょう?」って微笑まれるだけだよ?」
「知ってます。そういう人ですよねあの人は」
大昔と比べればそれはもう天と地ほどに丸くなったらしい彼女だが、騙すの大好きからかうの大好きなキツネであるのは変わらない。
重要なことであればちゃんと話してくれるだろうが、シオンたちが真実を知ってようが知ってなかろうが問題ない今回のような重要度の低い話であれば、十中八九どっちとも明言しないで困っているシオンたちを見てクスクス笑うだけである。
「……うちの姫様が申し訳ない」
「いえ、コウヨウさんほど苦労はしてないです」
「あはは……」
玉藻前にはシオンもなかなか振り回されているが、眷属という逆らいようもない立場のコウヨウよりは確実にマシである。
実際その通りなのか一気に疲れた表情になったコウヨウにシオンは同情した。
「なんか、食べたいものとかあります? ≪魔女の雑貨屋さん≫で通販して被害者の会やりましょう」
「……油揚げがあれば嬉しいかな」
コウヨウは今にも大きなため息が出そうな表情をしながらも、勢いよくきつねうどんを啜る。
まるでため息を飲み込んでいるかのようだった。
「あ、そういえば」
「ふぁい?」
コウヨウがきつねうどんを、シオンがドーナツをそれぞれのんびりと食べ進める中、おもむろにコウヨウが口を開いた。
「さっきの話とは全然関係ないんだけれど、玉藻様経由で少し気になる話があって」
「……それっていいニュースですか、悪いニュースですか?」
「……どっちかと言うと悪いニュースになると思う」
正直昼食時に聞きたくない話題ではあるが、聞かないわけにもいかない。いろいろと諦めて先を促す。
「近頃全世界でアンノウンが増えてるのは知ってると思うんだけれど、そのせいでいろいろ悪い影響が出てるらしい」
「うわ、すでに不穏すぎて聞きたくない……」
シオンの素直すぎる感想にコウヨウも苦笑した。
「本当に不穏で嫌なんだけど、話を聞いてない状態で急に大変なことになるよりはマシかなって……」
「まあそうなんですけどね……それで、具体的には何が?」
「まだハッキリした被害が出てるわけじゃないんだけど、全体的にこっちの世界の穢れが濃くなってるらしいんだ」
基本的に穢れは生き物の負の感情から発せられるものだが、その穢れから生まれたアンノウンたちがあまりにこちらの世界で活動しているせいでそこからも穢れが増加してしまっているのだそうだ。
「つまり、それに誘発されて余計にアンノウンが増えるってことですか?」
「それももちろんだけど、人間や弱い人外たちに健康被害が出ることもあるらしいよ」
穢れは基本的に人間に知覚できるものではないし、影響を及ぼすこともない。
しかし常軌を逸した濃度となれば容易に生き物の命を奪う。
アマゾンで発生した異常事態などはその典型例と言えるだろう。
さすがにあのときのように可視化するほどの濃度ということはないだろうが、全体的に濃度が増しているとなると耐性のない人間や耐性の弱い人外に健康被害が出るくらいは十分にあり得そうだ。
「……でも、それをわざわざ玉藻様が気にしたんですか? 弱い人外はまだしも人間の健康なんて興味ないでしょあの人」
だいぶ酷い話ではあるが、紛れもない事実だ。
昨今子供に甘くなっているだけマシにはなっているが、基本的に人間が何万人死のうが興味なんて示さないような大妖怪である。
何が言いたいかというと、玉藻前がわざわざ話題に出すほどの悪い影響がまた別にあるのでは、ということだ。
「さすが、姫様のことわかってるんだね」
「じゃあやっぱり?」
「うん。……姫様は、封印されている魔物堕ちたちの復活を危惧してる」
コウヨウの言葉にシオンはしばし言葉を失った。
それくらいには洒落にならない話なのだ。
「つまり、ヤマタノオロチみたいなのの封印が揺らいでると?」
「穢れが増せばアンノウンの力は増してしまう。それは封印されている魔物堕ちしている人外も同じだからね」
世界的な穢れの増加によって封印されている危険なアンノウンたちの力が増し、封印を破りかねない。
もしもそれが実際起こってしまえば、とんでもない事態だ。
「……もしかしたらヤマタノオロチもそのせいで復活したかもしれない、とか?」
「少なくとも玉藻様はそうなんじゃないかと考えてる」
まだ確証はないということなのだろうが、玉藻前の考えだ。
彼女がそう考えているというのであれば、その可能性はかなり高いだろう。
「……ホント、嫌になるほど悪いニュースですね」
「まだ軽く聞いただけだから艦長たちにも話してないんだけど」
「とりあえず艦長には話しといたほうがよさそうです。俺から話しておきましょう」
「そうしてもらえると助かるよ」
そんな話を終えて、とくに示し合わせたわけでもないのにふたり同時に大きくため息をついた。
嫌なタイミングの一致に顔を見合わせて力なく笑い合う。
「こうなるともう、とにかく頑張って生き残るしかないね」
「ですねえ……俺、人生の目標が大往生なんですけど」
「僕も、畳の上で死にたいんだよねぇ……」
しっかりと生き残って、天寿を全うして静かに死にたい。
そんな共通の願いを見つけて少し距離の縮まったふたりなのだった。




