1章-湖面に潜むモノ②-
『〈ミストルテイン〉も前線に出る。残る三機の機動鎧も出撃させろ!』
通信越しにアキトが指示を出している声が届く。
アキトの説明で事態の深刻さに気づいたのかミスティが慌てた様子で指示を復唱し、通信の先がわずかに騒がしくなる。
『イースタル、お前は……』
「ビビらせ過ぎない程度に動いてスライムたちを引きつけときます」
『頼む』
「……でも、実際のところ四機と一隻で撃ち漏らしゼロは難易度高いですよ」
戦力としてスライムたちの殲滅は難しくない。
シオン以外はセンサーで追えないとはいえ決して相手は強くない。
機動鎧はともかく〈ミストルテイン〉に対してスライムたちができることなどほとんどないだろう。
だが、この局面では撃ち漏らしなく殲滅することが最重要なのだ。
果たして、ただでさえ半透明で水に溶け込まれると視認しにくいアンノウンの群れを一体も逃さずに狩り尽くせるだろうか。
『できるかどうかではなく、やらなければならない。今はそういう状況だ』
アキトもまた難易度の高さは把握しているのだろう。
それでも、アキトたちにそれができなければ自衛手段のない一般市民を危険に晒すことになる。
『人類軍はアンノウンの脅威から人々を守るためにある。……お前からすればお前のことを危険視する信用ならない集団でしかないかもしれないがな』
「……まあ、そう思ってることは否定しません」
ここでアキトからそのようなことを言われるとは思っていなかったが、実際シオンと人類軍の関係などそんなものだ。
"協力者"という肩書きは与えられているが、正面から交渉しようとしたゴルド最高司令以外の上層部はシオンを少しも信用などしておらず、ただ利用しようとしているだけなのだろう。
『お前に無茶をしてまで人類軍に協力する理由はないだろうが、ひとつ質問だ。……お前が本気を出せばこの状況を好転させられるか?』
本気を出せば。
そんな言葉がアキトから出てきたことについて、シオンは特に驚きはしなかった。
アキトに限らず勘のいい軍人であればシオンが何か切り札を隠している可能性くらい思い至るだろうし、そういった予測をされているだろうとはシオンも思っていた。
ただ、ここでそれを正面から尋ねてくるというのは予想外だった。
というか、隠し事をしている相手に向かってする質問ではない。
普通に考えれば、隠し事をしている人間がそこで馬鹿正直に隠し事の存在を認めるはずがない。
さらにその質問をきっかけにさらに警戒を強めるのも目に見えている。
それがわからないアキトではないはずなのに、それでも彼がここでこのような質問をしたのは何故か。
その答えはシンプルだ。
「(こんな俺に頼ってでも、民間人を守りたいのか)」
本人の人柄からかなり人道的に接してくれてはいるが、アキトとて心からシオンを信用などしていないだろう。
そんなシオンに頼るというのはとてもリスキーなことだが、アキトはそのリスクを負ってでも名前も知らない人々を守ろうとしているのだ。
「(……この人、ちょっとバカだな)」
今回の場合、もしも撃ち漏らしがあってスライムが町などに侵入してしまったとしても、戦力的に仕方がなかったと十分に言い訳できるレベルではある。
それに都合のいいことにシオンもいる。
センサー類ではアンノウンの反応が追えないことを踏まえれば、唯一正確に反応を追えるシオンが十分に働かなかった、とでも言って責任を押し付けるのは簡単だ。
今の人類軍の空気であれば証拠が無かろうと誰もがアキトを信じるだろう。
それでも人命を最優先とし、さらには自分自身が責任を負う覚悟で動こうとしている。
彼の頭脳ならもっとズルく立ち回れるだろうに、バカな男だと思う。
――しかし、シオンはそういう人間がわりと好きなのだ。
「艦長。俺と人類軍はあくまでギブアンドテイクな関係なわけです」
『ああ』
「双方、もらった分はきっちりとお返しする関係なので、それさえ満たせていれば全部出さなきゃいけない道理はないわけですが……追加でもらえるものがあれば話は別ですよね?」
人類軍からシオンへの"身の安全の保障"というギブに対して、シオンは今のように"戦力"と"情報"を差し出している。
現状はそれでバランスが取れているわけだが、もしもアキトからシオンへ与えられるものがあるなら事情は変わる。
『……なるほど』
シオンの言いたいことを理解したのか、アキトは通信越しに少し考え込む。
『マイアミ基地周辺で手に入る嗜好品を、十品でどうだ』
「交渉成立! ちょうど実験もしたかったので一発いってみましょう!」
正直アキトが意志さえ見せれば何でもよかったので、返事はそこそこにアサルトの高度を少し上げる。
「戦術長! 湖から川になるポイント全部のデータください!」
『オッケー。すぐやるわ!』
アンナに頼めば準備をしていたかのようなスピードでデータが来る。
もしかするとシオンがアキトに対してどう応じるのか予測されていたのではと思わなくもないが、今は素直にありがたい。
データに従い川につながる方角へ機体を向けると、ちょうど〈ミストルテイン〉と〈セイバー〉たち機動鎧が到着したところだった
「ちょうどいいから機動鎧部隊はスライムたち引きつけておいて!」
急な指示にハルマの文句が聞こえたがそれは無視してポイントを目指して飛ぶ。
彼らのことなので文句は言いつつもスライムの相手を優先するだろう。
道中、腰から〈ドラゴンブレス〉を手に取り、高出力モードで前方に構える。
「集え炎熱の眷属、汝熱線を喰らいて、無垢なる力へと代えよ」
〈ドラゴンブレス〉の砲門の前に、ひとつの赤い魔法陣が展開される。
それを確認しつつシオンはさらに言葉を続けていく。
「来たれ氷雪の眷属、集い織りなせ蒼き紋様、放つ輝きをもって悉くを閉じよ」
赤い魔法陣の隣にもうひとつ蒼い魔法陣が現れる。
ふたつの魔法陣はどちらも〈ドラゴンブレス〉の放つ閃光を待ち構えるかのように銃身の先から離れない。
スライムたちは見事にハルマたちに食いついているらしく、川へと通じるポイント付近に気配はひとつもない。
であれば安心して、ことを進めることができるというものだ。
「大丈夫とは思いますが、誰も俺の射線上には入らないように! 春先にうっかり凍死なんてやめてくださいね!」
通信越しの注意喚起もそこそこに〈ドラゴンブレス〉が閃光を解き放つ。
本来標的を焼き貫く熱線は赤き魔法陣を通過して白い光に変わり、続いて蒼き魔法陣をくぐり抜けて蒼に変わる。
天を裂く蒼い閃光は湖と川の境界に達した瞬間、一瞬にしてそこに巨大な氷塊を作り上げた。
「よっし成功! ぶっつけ本番でも案外何とかなるもんだね!」
『イースタル。これは……?』
「解説は後で!」
驚くアキトからの通信を遮りつつ、他の川へとつながるポイントも同じように氷漬けにしてしまう。
全部のポイントを塞いでしまえば、後はシンプルだ。
「下流方面への逃げ道は全部塞ぎました! あとは焦らずじっくりスライムども全部を狩り尽くすだけです!」
景気づけにスライムたちに密集している地点を氷漬けにしつつ、〈アサルト〉は〈ミストルテイン〉や〈セイバー〉たちが暴れる戦場に突撃するのだった。




