7章-【異界】の事情③-
「……何故、こちらの世界の人外と交渉する必要があるのですか?」
ミスティが言葉にした疑問に同意するようにアキトやアンナ、ギルも不思議そうな顔をしている。
ただ、シオンだけは思い当たることがあった。
「人間からすればひと括りに人外でも種族はいろいろいますし……何よりこっちと【異界】はかなり疎遠ですからね」
「はい。さっき少し触れましたが、ふたつの世界を行き来するのは簡単ではありません。そのせいもあって、同じ人ならざるものでありながらこの世界の人外と私たちは交流がほとんどないんです」
ただでさえ多くの種族が存在する人外社会。
同じ人ならざるものであっても常識のズレはもちろん存在するし、暮らす世界が異なっているとなると決してより一層そのズレは大きくなってしまう。
「交流がないわけですからこちらの世界に住むみなさんに王の権威は関係ありませんし、〈境界戦争〉に対する理解もありません。……その状況でこちらの世界の人外のみなさんに戦争の影響が出してしまうと、非常に危険なんです」
「危険、でしょうか? 確かに世界が違うとはいえ同胞を巻き込むのは避けるべきでしょうが……」
ミスティの疑問の通り、単純に同じ人外を巻き込みたくないというだけなら、“危険”というワードを使うのは少々おかしい。
だが実際のところ、ガブリエラの言い回しにおかしなことはない。
事実として“危険”であるということを、シオンも知っている。
「危険であってるんですよ。……だって、うっかりこっちの世界の強い人外とか敵に回したら大変ですからね」
【異界】とて人外を巻き込みたくないという考えはもちろんあるだろうが、問題の交渉の一番の目的はそこではない。
一番の目的は、こちらに暮らす飛び抜けて強い人外――“神”の名を持つものや、そうでもなくても神話や伝説に残されているような怪物たちを敵に回さないことだ。
「高い神格を有する方々や古き時代から今もなお生き続けている方々は、ひとりで一〇〇〇の騎士を屠る力を有するとも言われます」
「……確かにそれは、敵にはしたくないわよね」
「はい。【異界】にも同等の力を持つ方々がいますので対抗はできますが、それほどの力を持つ方々がぶつかり合うとなると……」
「山のひとつやふたつ消し飛んだとしてもおかしくはないからね」
地形が変わるだけならまだいいが、その余波でどれだけの命が脅かされるかわかったものではない。
神々による洒落にならない戦いなど【異界】も避けたいのだ。
「そういった事情から、一部の騎士たちが強力な力を持つ方々のところに遣わされているのだとか」
「具体的にはどのような人外のところに?」
「そうですね……あくまでウワサ話などで聞いたくらいでしかないですが、この欧州のあたりですと≪始まりの魔女≫と呼ばれる神子様は私たちの世界にも名前が知られています。あとは吸血鬼の真祖様も欧州で暮らしているのだとか」
「……イースタル、見知った人物が当たり前のように含まれていたんだが」
「ミセスなら仕方ないです。正直あの人の娘の“魔女”って普通に【異界】で暮らしてる人もいますから」
万が一≪始まりの魔女≫であるミランダ・クローネを敵に回そうものなら、こちらの世界だけではなく【異界】の“魔女”たちまでもが暴れ出しかねない。
もちろんミランダ本人もとんでもないバケモノなので、極めて優先順位が高い交渉相手だったのではないだろうか。
「他ですと……北の大地に隠れ住んでいるという≪氷の神子≫ですとか、とある海を彷徨う幽霊船の船団ですとか……あと、日本という国には様々な妖怪がいて大変だという話も聞いたことがあります」
指折り数えながらこちらの世界の人外たちについて話すガブリエラ。
彼女が挙げているものはシオンもなんとなく聞いたことがあるような有名どころばかりなのだが、そもそもシオンはそういった話を人類軍にしたことがない。
初耳で新しい人外の情報を与えられまくっているアキトたちは微妙に頬を引きつらせている。
そんな中、ふと思い出したとばかりにガブリエラが手を叩いた。
「あとそうです、とても重要な方を忘れていました」
「……今まで挙げたのよりもすごいのが出てくるの?」
若干顔色を悪くしたアンナにガブリエラは少し考えるように間を空けた。
「どうでしょう? すごいことに間違いはないのですが、単純な力という意味では特別秀でているわけではないというか……」
「何か特別な力を持っている、ということか?」
「はい。その能力については私もとある“魔女”の方から聞いただけなのですが……味方にできれば心強い一方、敵に回ればとても恐ろしい力だと感じました」
そう話すガブリエラにアキトたち三人の空気が張り詰める。
「そんな人物がいるのか……」
「【異界】が警戒するほどの相手です。できれば敵に回したくはないですが……」
「【異界】より先に接触して味方につける、なんてのはさすがに無茶かしらね」
軍人三人は短くそんな会話を済ませると、改めてガブリエラへと向き直る。
「それで、その重要な人外というのは? どこにいるのかなどもわかっているのだろうか?」
「少なくとも私が半年前に聞いた頃には、居場所は把握できていませんでした。容姿なども人伝に聞いただけですので、あまり詳しくはわかっていません」
「構わない。教えてもらえないか?」
そんなアキトの問いに、ガブリエラは小さく頷く。
「年の頃は十代半ばで私と同じくらい。濡羽色の髪に夜空を写しとったような瞳。つい十年ほど前に目覚めたばかりの若きその“神子”は――≪天の神子≫の名で呼ばれているそうです」




