6章-エピローグ “天使”の卒業公演-
どことなく歴史を感じさせるとあるコンサートホールのロビー。
二階から見下ろすことができる一階部分には多くの人がおり、彼ら彼女らは一様にどこかそわそわとしているようにギルには見えた。
「ギル、何ぼーっとしてんのさ」
「あー、なんか俺場違いな感じすんなーって。あと普通に首元が苦しい」
普段、技術班の作業着か若者らしい私服くらいしか着ないギルだが、今日は珍しくそれなりにフォーマルな服に身を包み、ネクタイもしている。
声をかけてきたシオンもおおよそ同じようなスタイルだ。
「言うなよ、俺だって我慢してるんだからさ」
「一階にいる客とか全然カジュアルじゃん。俺たちもそれでよかったんじゃねえの?」
「俺たちはお偉いさんも来るような関係者席で見せてもらうんだから文句言わない。誘ってくれたフォルテさんとかガブリエラに迷惑かけたくないだろ?」
シオンとガブリエラの手で大型アンノウンが倒されたあの騒動から二日。
大型アンノウンまで出現する事態になりながら都市の被害はかなり軽微で、人類軍主導の復興記念式典は多少の調整だけして予定通りに実施された。
ギルとシオンは、その式典の目玉のひとつでもある≪境界なき音楽団≫のコンサートに招待されてここにいる。
「ガブリエラ、緊張してっかな?」
「まあ、してるんじゃないかな。急遽演奏することになったわけだし」
今回のコンサートでは、ガブリエラがハープ奏者として演奏に参加することになっている。
これは少なくとも当初は予定されていなかったことなのだが、とある事情から急遽決まったことだった。
あの戦いの後、ガブリエラは≪境界なき音楽団≫の面々に対して自分の正体を明らかにした。
ガブリエラ本人としては≪境界なき音楽団≫の人々に拒絶されても仕方ないと覚悟を決めての告白だったわけだが、当の彼らはというと――、
「そうなんだ……でもなんだか納得」
という具合に、シオンたち以上の軽さだった。
フォルテはというと持ち前の“目”で何か人間とは違うような気がしていたらしく。
他の団員たちも驚きはしても「見た目も中身もちょっと浮世離れしているところがあったので、そう言われてみたら納得」とあっさりと受け入れた。
ガブリエラ本人はあまりの反応の軽さにずっこけそうになっていたが、ギルとシオンとしてはおおよそ想定どおりの反応である。
シオンに対しても普通に話せるような人々が、礼儀正しく心優しい妹分であるガブリエラの正体が人外だったくらいでどうこうなるはずもないだろう。
とにかくそうして正体を明らかにしたガブリエラは、同時に≪境界なき音楽団≫を離れることも決断した。
シオンの暗躍により〈ミストルテイン〉関係者や一部上層部にしか“天使”がガブリエラであることは伝わっていないが、それでも今まで通りに≪境界なき音楽団≫に所属するわけにはいかない。
現時点では、ガブリエラはひとまず〈ミストルテイン〉に乗ることになっている。
これまでに人類軍や民間人を多く助けてきたこと、さらには今回の記念式典が行えるのには彼女の功績が大きいということもあって、友好的な人外として丁重に扱われる予定だ。
団員たちも残念がりはしながらもガブリエラの決断を受け入れてくれた。
そんな少し物悲しい空気の中、フォルテが唐突に言い出したのだ。
「ツアー最後のコンサートにガブリエラも参加してもらおう」と、
言うなれば、卒業公演である。
もちろん急なことなのでガブリエラは反対したが、他の団員たちはフォルテの考えに大いに賛同し、さらに人類軍のほうにもさっさと許可を取り付けてしまった。
少々強引にも思える所業だが、それが団員たちのガブリエラへの好意から来ているものであるのは外野であるギルにだってわかる。
ガブリエラもそれを正しく理解して、最後には笑顔でフォルテたちの提案を受け入れた。
そこからすぐにガブリエラは練習漬けになってしまったのでギルたちも顔すら合わせていない。
しかし昨日の夜、フォルテと彼女の連名でこうしてコンサートに招待されたというわけである。
「どんな演奏になるんだろうな?」
「きっといい演奏になる。それに、“天使”の奏でる音楽なんてそれだけでもご利益ありそうじゃん?」
「確かに! それに、ガブリエラの曲ってきっとすげえ綺麗な曲なんだろうな」
招待状と共に受け取ったパンフレットには、演奏する曲の変更の知らせも同封されていた。
コンサートの最初の一曲が、フォルテ作曲のオリジナル曲――とある少女との出会いから着想を得たというものに変更されるというものだ。
事情を知っているシオンたちであれば、それがガブリエラとの出会いを言っていることくらいすぐにわかる。
輝く白銀の髪に鮮やかなブルーの瞳の少女。
ただそこに佇んでいるだけで人を魅了するほどに美しく、そしてその心も優しく清らかな彼女をイメージした曲というのなら、きっとギルの言葉では言い表せないくらいに美しく素晴らしい曲なのだろう。
そうこうしている間にホール内にまもなくの開演を伝えるアナウンスが流れた。
それに従っていそいそと関係者席へと向かう。
その数分後に始まった音楽が素晴らしいものであったことは、わざわざ口に出すまでもないだろう。




