6章-白き翼は戦場を舞う③-
空を大きく裂く亀裂へと距離を詰めながら、立ち塞がる中型アンノウンを蹴散らし進む。
〈ワルキューレ〉と〈アサルト〉。さらにそれに続くように〈セイバー〉、〈ブラスト〉、〈スナイプ〉、〈クリストロン〉、〈ミストルテイン〉がこうして亀裂へと向かっているのは他でもないガブリエラの作戦を実行するためである。
「……本当に私の考えで進めるんですね」
「ん? 今更だな」
「ふたりはともかく、人類軍のみなさんが納得してくれたのかと思って」
ギルとシオンはなんなら具体的な説明すら聞く前にガブリエラの考えに乗ろうとしたが、そういう風に判断する人間などレアケースもほどがあるだろう。
特に人外と敵対している人類軍がそんな判断をするのかとガブリエラは気にしているのだろう。
「そこはまあ、シオンがどうにかしたんだろ、多分」
「どうにかって?」
「んー、程よくウソついたり、言いくるめたり、脅したりとかいろいろ」
「それは本当に大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫大丈夫! 成功させれば文句言われないって!」
ガブリエラの心配をギルは笑い飛ばしてやる。
「ちゃんと説明も聞いたし、その上でシオンも乗ったんだからアイツも成功するって確信してるんだよ」
「もちろん、俺もな」と不敵に笑いながらガブリエラに言ってやれば、心配で曇っていた表情は微笑みに変わった。
「そこまで信じてもらっておいて失敗なんてしたら、騎士の名折れですね」
「騎士なのか?」
「ええ。これでも剣の腕は評価されてたんです、よっ!」
次の瞬間、〈ワルキューレ〉は真正面から向かってきていた中型アンノウン三体をすれ違う一瞬で斬り伏せた。直前の言葉を証明するかのような鮮やかな剣さばきだ。
『ガブリエラ、そろそろデカいお客さんが出てきそうだけど、準備はいい?』
「大丈夫です。いつでもいけます」
『そいつは結構』
念話だけなので表情は見えないが、ギルにはシオンが機嫌よく微笑んでいる姿が思い浮かんだ。
『混乱を避ける都合俺とギル以外にはまだ“天使”がガブリエラだって話はしてないから、連絡は俺が仲介する。タイミングは全部そっちに任せるから好きにやっていい』
「はい!」
ガブリエラが力強く返事をするのと同時に〈ワルキューレ〉が単機で加速して亀裂へと向かう。
亀裂は最初にギルが見たときよりも確実に広がっていて、シオンの言う通りそろそろ出てくる頃合いだろう。
「ギル、少し荒っぽい操縦になります」
「大丈夫だ! 俺なんて気にせず思いっきりやっていい!」
そんな言葉の矢先、亀裂が大きく砕け鋭い爪を持つ獣の前足と思われるものが飛び出した。
いよいよ大型アンノウンが姿を現すだろう。
「聖なる光よ 我、罪なき民が傷つくを望まず 我、この地が穢れるを望まず」
ガブリエラの言葉に応じるように、今なお広がりつつある亀裂の真下に巨大な魔法陣が展開される。
「呼び起こすは輝ける戦場 騎士の誇りの名の下に顕現せよ!」
魔法陣が強い輝きを放つのと、亀裂が完全に砕けて大型アンノウンが現れるのはほぼ同時だった。
巨大な体は獅子のような獣のものに見えながら、その背からは鳥のような大きな翼が生えている。
「なんだあの雑にライオンと鳥くっつけたみたいなの」
「あれは、キマイラです! そこまで珍しくはないですが、あれだけのサイズのものは私も初めて見ます……でも」
舞い降りたキマイラが下へ、多くのキッチンカーや建物を踏み潰さんと降り立つが、その落下は魔法陣によって阻まれたことで都市への被害はない。
続いて大型アンノウンは魔法陣の外へと出ようとするが、足元の魔法陣と外との境界で見えない壁に弾かれるようにして魔法陣の中に押し戻される。
「シオン、第一段階成功です! 結界の内側にアンノウンを封じ込めました!」
『オッケー! これがさっき言ってた聖戦の領域ってやつなわけだ」
「ええ。この魔術が機能している限り、この都市にも人々にも手出しはさせません」
特定の場所を覆って守るのではなく、危険なアンノウンを封じ込める結界を作り出す。
外からの干渉ではなく、内からの干渉を阻むことで周囲を守る魔術というわけだ。
「あとは、内側のキマイラを倒すだけです。一気に終わらせましょう!」
『了解! 〈アサルト〉から各機へ! 目標への総攻撃おっぱじめちゃってください!』
ガブリエラの指示を他の機体に伝えつつ、〈アサルト〉の〈ドラゴンブレス〉がいの一番に火を噴いた。
高出力モードの光線はあっさりと魔法陣と内部の境界を通過してキマイラに命中する。続くように各機動鎧からもそれぞれ攻撃が開始された。
もちろん黙ってやられているキマイラではないが、聖戦の領域のおかげでキマイラ側の攻撃がこちらに及ぶことはない。
「すげえよガブリエラ。こんな風に戦えるなんてめちゃくちゃ楽じゃん!」
「確かにこの魔術は強力ですけど、私の実力ではそんなに長くもたないんです。……だから、早く終わらせましょう」
ガブリエラの体が光を纏い、その背の翼を大きく広げる。
輝きは力強く、そして同時に温かく優しいものだとギルには感じられた。
「聖なる光よ 我が剣に集え」
〈ワルキューレ〉が高く掲げた剣にたちまち強い輝きが集まり始め、凝縮されていく。刃に集まる光は決して大きなものではないが、それでも確かに強い力を感じさせる。
「刃に秘めたるは我が誇り 掲げし正義のもと、悪しきを断つ一閃を此処に」
さらに輝きを強めた刃は目が眩むほどに眩しくそして強い。
そうして剣を掲げる〈ワルキューレ〉のすぐそばに〈アサルト〉が並び、同じように〈月薙〉を高く掲げる。
「神気解放 神の名を冠する刃 神子たる我が力 此処に為されし裁定は神罰なり 世界の影たるものよ 疾く、失せよ!」
〈ワルキューレ〉の刃と同等かそれ以上の輝きを〈月薙〉が纏う。
掲げられたふたつの刃にキマイラは守りを固めるように魔力防壁を展開するが、ギルには感覚でわかってしまった。
二振りから放たれる光は、あの程度の防壁では防ぐことなどできはしない。
掛け声もなく、しかし同時に振り下ろされたふたつの刃から輝く剣閃が放たれて空を駆ける。
それはまるで紙でも切るかのようにあっさりとキマイラの防壁を引き裂き、一瞬にしてキマイラの身を横ぎった。
それはほんの一瞬の出来事で、今のは本当に起きたことなのだろうかとギルが戸惑いかけたその刹那。
ふたつの剣閃に絶たれたキマイラの体が三つにばらけ、崩れた。
あまりにも一瞬に、そしてとても静かに、強大なはずの大型アンノウンは討ち倒されたのだった。




