1章-湖面に潜むモノ①-
時刻は正午近く。
まだ高い位置にある太陽が湖面に反射している様が上空からよく見える。
『シオン、状況は?』
通信越しの問いかけに対して、シオンは一瞬返答に悩む。
状況がわからないというわけではない。
特に問題なくこの湖が現在どうなっているのかを把握できてはいる。
ただ、それをそのまま伝えるのに少しばかりためらいがあるというだけで。
『……何か都合の悪いことでもあったんですか?』
冷ややかかつ相変わらずシオンへの疑念を隠さないミスティ。
正直それはもう慣れてきているしシオンとしてはどうでもいい。
どちらにせよ言わないわけにはいかない状況なので、シオンは大人しく事実を告げることにした。
「……報告です。この湖、埋め尽くす勢いでアンノウンだらけです」
シオンの報告に通信先のアンナやミスティが反応するよりも先に湖面が激しく水飛沫をあげ、影がひとつ〈アサルト〉の飛行している高度まで飛び上がってきた。
〈アサルト〉の進行方向に飛び上がってきたそれは、半透明の液体――要するにスライムのようなアンノウンだ。
大きさは五メートル程度の中型。
半透明の体の中央にある目のようなものがこちらをしっかりと見据えており、体から伸びた腕のようなものを振り上げてまさにこちらに叩きつけんとしているところだった。
「ひき逃げ御免!」
慌てず騒がず、魔力防壁で防備を固めた〈アサルト〉でそのまま撥ね飛ばす。
声帯はないらしく悲鳴のひとつもないまま宙を舞ったアンノウンはそのまま湖面に落ちていくが、その先の湖の中ではいくつものぼんやりとした影が泳いでいる。
アンノウンの体が半透明だからか湖面に見える影はあまりはっきりした見た目をしていない。
「数はざっと七〇くらい? 小型中型ごった煮で湖の中をひしめいてます!」
『ウソでしょ!? あの日の人工島並みじゃない!』
「密集してるせいであの日よりもずっと多く見えますけどね!」
第七人工島全域に散開していたあの日と違い、五〇以上の数がひとつの湖の中にひしめいているのだ。
数はともかく目で見ただけでは結構な絶望感がある光景である。
「とりあえずぶっ放す!」
十三技班が用意してくれた対水中戦用のライフルを手近な影に向けて発砲する。照準補正のおかげもあって見事に命中したのか次の瞬間には薄い影が霧散する。
「(つってもこれ、補正無しでも当てられるやつだな!)」
というよりは、湖に向かって撃てば多分どれか一体には当たる。
そう思える程度には湖全体に薄い影がひしめいている。
「戦術長! どう見積もってもライフルの弾が足りません!」
持ち込んだライフルの弾数は二〇発程度。シオンがざっとの予想で言ったアンノウンの数の半分にも届かない。
普通に撃ち殺していったところですぐにこっちが弾切れするだけだ。
『……その湖に飛び込むのはさすがに無茶だわ。となると〈ドラゴンブレス〉も使って仕留めていくしかない』
念のため〈ドラゴンブレス〉も持ち込んではあるので、こちらも使うことはできる。
だが、この数を一体一体撃っていくというのはあまりにも効率が悪いのではないだろうか。
「この湖、いくつかの川につながってますよね」
『ええ、途中の分岐も含めると五つに分かれるけど……あー、それ不味いわね』
「はい、不味いです」
確認の言葉だけでシオンの懸念に気づいてくれたらしいアンナ。
こういう言わずとも理解してくれるところがシオンがアンナを信頼できる所以だ。
『勝手に話を進めないでください。一体何が不味いんですか』
「んー……ミツルギ艦長。どうします?」
ムスッとしたミスティの言葉をあえてスルーしてアキトに話を振る。
なんとなくだが、アキトもまた言わずともシオンとアンナの考えを分かってくれている気がしたので少し試してみたくなってしまったのだ。
『……その湖が川につながっていて、かつアンノウンたちは明らかに水中を好んでいる。であれば、危険を察した場合に使う逃走経路は確実に川になるだろう』
アキトはすらすらと考えを述べる。そして再び口を開いたとき、その声は随分と深刻そうなものだった
『川を下るということは、一直線に一般市民の生活圏に進行するということだ』
アキトの言葉の直後、通信越しに微かにブリッジの人々がざわめくのが聞こえた。
水が人間が生きるために不可欠な資源だからこそ、川沿いの都市は栄える。
それは大昔にしても現代にしても大して変わらないことだ。
知能が無いに等しいアンノウンたちでも相手に勝てないことを察して逃げたり、その際に自分が得意とするフィールドを使ったりということはできる。
しかしこの湖でそれをされてしまうと、下流にあるであろう町に暮らす一般市民たちにとって非常に不味い展開になるというわけだ。




