6章-白き翼は戦場を舞う②-
都市の中央を目指して飛ぶ〈ワルキューレ〉の前に中型アンノウンが二体立ち塞がる。
対して〈ワルキューレ〉は光と共に手元に呼び出した剣を構え真っ向からそれに突撃し、すれ違う刹那にそれを斬り捨てる。
速度を落とすこともなく引き続き前へと進む〈ワルキューレ〉の中で、ギルはガブリエラの腕に感心するあまり思わず息を漏らした。
「ホントに強いんだな。……なんでこれで怖がりとか言われてたんだ?」
「あれは、この〈ワルキューレ〉を離れて動かすのに集中しなくちゃいけなくて」
部屋の片隅に座り込んで意識をこの機体に向けているところを、恐怖で縮こまっていると思われていたのだという。
ギルもシオンから遠隔制御の可能性は聞かされていたので、今の説明でいろいろと納得がいった。
「ところで、トウヤはどうしたんだ?」
「あの子はちゃんとシェルターに連れていきましたよ。急いでて、私の正体までは説明する暇がなかったですけど……」
「まあ、次会ったときに話せばいいだろ」
ひとまず避難できていれば安全は確保できているはず。
トウヤは年の割にはしっかりしているし、人外として自衛手段も持っているのだから心配はしなくていいだろう。
『あー、あー、もしもしそちらの“天使”さん?』
都市中心部に近づき、アンノウンと機動鎧の戦闘が目視できるようになってきたところでギルにとってもガブリエラにとっても聞き慣れた声が頭に直接響いてきた。
同時に〈アサルト〉が〈ワルキューレ〉のすぐそばまで近づいてくる。
『なんかうちの馬鹿の気配があるっぽいんですけど、どういうことですかね?』
「シオン!」
『普通に本人乗ってんの⁉︎ 状況説明、できるだけシンプルに!』
ガブリエラに視線を向けて話をしていいかを確認をすれば、彼女は黙って頷いた。
「トウヤは避難させた! ガブリエラが“天使”だった! 助けてもらった!」
『オッケーわかった。とりあえず俺、副艦長あたりからなんか文句言われるなこれ』
「結構な時間そばにいたのに正体気づかなかったもんなー」
「なんだかごめんなさい……」
『それはともかく、手伝ってくれるってことでオッケー?』
「は、はい。もちろんです!」
ギルの予想通りガブリエラが正体を隠していたことにシオンが何か言及することはない。それに若干うろたえるガブリエラにすら気づいていないのか、シオンはさっさと話を進めていく。
『アンノウンが一番多いのは見ての通りこの周辺。観光客が多かったせいでまだ避難が終わってない』
中央部から人類軍基地がある方面にかけての大きな道のいくつかには、確かに人混みが確認できる。
さすがにギルたちがいたときよりは避難も進んでいるだろうが、すでにアンノウンたちがうろついているのに未だ手間取っているというのはかなり不味い。
「では、私も人々の護衛に回ります!」
『いや、そっちは人類軍に任せよう』
「だな! いきなり“天使”が乱入してきたらビビるし!」
いきなり〈ワルキューレ〉が現れたとなれば〈ミストルテイン〉関係者ならともかく、それ以外の人類軍はもちろん避難している人々も混乱してしまうだろう。
『とにかく飛び回って撃破していこう。……あとは、ちょっと大物が一匹いるんでね』
「……やはりそうですか」
「なんの話だ?」
ガブリエラはシオンの言いたいことを理解できているようだが、ギルはなんの話なのかわからない。
そんなギルの疑問に対して、〈アサルト〉が〈ドラゴンブレス〉を都市のとある方向へと差し向けた。
その差し向けられた先の空を見て、ギルはすぐに違和感に気づく。
「空にデカいひびが入ってる?」
快晴の青空に、やや斜めに傾いた一本のひびのようなものが見える。
思い当たるのはアンノウンたちが出てくるときの空間の亀裂だが、今までギルが目にしてきたものと比べて、大きさが段違いだ。
「……まさか大型アンノウンがあそこから出てくるとか?」
『その通りなんだよねこれが』
ギルの嫌な予想をシオンはあっさりと肯定した。
「でも、お前の魔法であとからアンノウンが湧いてこないようにしたとか言ってなかったか?」
『あとから湧いてくるのにはちゃんと対処した。……あれは第一波のアンノウンなんだよ』
「それにしちゃ、出てくるのに時間かかりすぎだろ」
シオンがアンノウンたちの気配を察してからすでに結構な時間が経過しているし、中型や小型のアンノウンたちはすでに亀裂から現れている。
他より亀裂が大きいとはいえ、普通ならとっくに現れているはずだろう。
「多分、シオンが空間を固定したからですね。術式自体はあくまでこれ以上空間の亀裂が増えてアンノウンが現れないようにするためのものでしょうけど、亀裂の広がりを遅くする効果はあるはずですから」
『そういうこと! サイズが大きい分かなり遅くなってくれたらしい』
「……でも、遅らせてるだけなんだよな?」
亀裂の広がりが抑制されているとはいえ、止められたわけではない。
時間が経過すればその内あの亀裂から大型アンノウンが出てきてしまうというわけだ。
加えてシオンがここまでなんの対処もしていない以上、出てくること自体を止めることはできないのだろう。
『どう転んでも出てくるのは止められない。けど、避難完了前に暴れられたらさすがに守りきれない』
どんな大型アンノウンが姿を見せるかはまだわからないが、身体が大きいことはまず間違いない。
シンプルにその巨体で避難中の人々のほうに歩かれるだけでも、ただの人類軍には止められない可能性が高いだろう。
先に避難が完了してくれればいいのだが、現状を見るにその望みは薄い。
なかなかに厄介な状況だ。
「……その大型への対処、私に考えがあります」
シオンとギルが黙っている中、ガブリエラが突然そう口にした。
「この方法なら、避難している人々はもちろんこの都市への被害も最小限にできるはずです」
『そんな都合のいい作戦があるのか?』
「はい。……私がいきなりこんなことを言い出しても、信用できないかもしれませんけど」
シオンの確認に対するガブリエラの返答は自信あるものだったが、後半で急速にその自信が萎んで不安そうな様子になっていく。
そんなガブリエラの態度に、ギルとシオンは数秒ほど考え――、
「俺、ガブリエラの案に乗る方向に一票」
『同じく俺も乗る方向に一票』
「え⁉︎ 私、まだ説明もしてませんよ⁉︎」
ガブリエラはギルとシオンの反応に面白いほどに戸惑っているが、ふたりの腹はもう決まっている。
「信用できないとかないからさ、話してくれよ」
『そうそう。ガブリエラがこういう場面でテキトーなこと言わないだろうってことくらい俺たちわかってるから』
「……はい!」
一瞬の戸惑いのあと返されたガブリエラの声に、先程までの不安はかけらも残ってはいなかった。




