6章-白き翼は戦場を舞う①-
翼を広げギルに後ろから抱きつくような状態のガブリエラに、ギルはただポカンと口を開けて固まる。
十数秒ほど時間をかけて死にかけたところでの急展開にようやく頭がついてきたギルはゆっくりと口を開いた。
「……それ、服の背中大丈夫か⁉︎ 破けてんじゃねえのか⁉︎」
「一言目それですか⁉︎」
緊迫感のかけらもないギルの指摘にガブリエラが叫ぶ。それからがっくりと肩を落とした。
「私が言うのもなんですけど、もっと気にすべきことがあるでしょう……」
「それは、うん、悪い」
ギル自身、確かにこの状況で一番に指摘すべきことではなかったとは思う。
それだけギルも混乱しているのだ。
「えっととにかく助けてくれたんだよな、ありがとう」
ギルは地上にいる中型アンノウンに殴り飛ばされて、おそらく死んでいたはずだった。
それがこうして生きているのはこうしてガブリエラがギルを抱えて空に逃げてくれたからなのだろう。
命を助けてもらったのだからまずは感謝すべき。だからこその二番目に選んだ言葉だったのだが、それでもガブリエラの表情はどこか不満げだ。
「俺、変なこと言ったか?」
「…………ギル。私、ウソついてたんですよ」
顔が伏せられてガブリエラのブルーの瞳が見えなくなる。そんな彼女の声は震えていた。
「ただの人間の女の子のふりをしてあなたたちのそばにいて、力を隠して守られて……」
「そりゃあ、人外なら仕方ないんじゃねえの?」
人類軍に正体がバレてはろくなことにならない。それはシオンの様子を見ているギルにはよくわかっている。
ガブリエラがウソをついていたのはある意味当然のことだとギルは思う。
「そんなの気にすることじゃ……」
「気にしてください! ……あなたは、私のウソで死にかけたんですよ⁉︎」
叫ぶような言葉にギルは言葉を続けられなかった。
「ひとりで全て倒せたなんて言いません。けど、こんな風にあなたに囮になってもらわなくてよかったんです……私が、最初からこうして力を使っていれば」
ギルは技師のひとりに過ぎないが、人類軍の追っていた“天使”のことくらいはもちろん把握していた。
そしてこの状況となれば、ガブリエラこそがその“天使”であることだってわかる。
単騎で多数のアンノウンたちを相手にして都市を守ってきた彼女なら、多少魔法を習った程度のギルに守られる必要などなかった。
ギルの命をかけた囮など、必要のないものだったのだ。
「ウソのことも、無用な危険に晒したことも、責められるべきなのに」
辛うじて見えていたはずの顔もギル自身の背中に隠れるように伏せられてしまって最早見えない。
だが声だけでも彼女がひどく苦しんでいるのはわかった。
それでも、
「……上手く言えねえけどさ、やっぱり俺はお前のこと責めるとかする気はねえよ」
ガブリエラがわずかに息をのんだのがわかったが、ギルはそれでも言葉を続ける。
「隠し事されてたのは、確かにちょっと悲しい。でも最初から騙そうとして近づいてきたわけじゃないんだろ?」
もしも最初から何か悪意を持ってギルたちに近づいてきていたのなら、ギルはともかくシオンがすぐに察しただろう。
それがなかった以上、ガブリエラはあくまで純粋にギルたちと仲良くしたり、機械のことを教わったりしたかっただけなのだ。
「だったら別にいい。誰だって隠し事のひとつやふたつあるもんだしな」
「でも」
「いいんだよ」
なおも食い下がろうとするガブリエラを遮るようにギルは意識して強く言った。
「そんな風に自分のこと責めなくていい。俺も、シオンも気にしない」
ガブリエラが自分の行いを悔やんで責めるというのなら、ギルはただそれを許す。シオンもきっとそうするだろう。
ギルもシオンも、どうしようもなく身内に甘いのだ。
「むしろ、ガブリエラがあんまり苦しそうにしてるとそっちのが辛い。俺たちのためと思ってやめてくれねえか?」
「……そんな言い方、ズルいですよ」
「俺もシオンも、結構そういうところあるからなー」
普段のように明るく気楽に答えれば、ガブリエラはギルの背に顔を埋めるようにして、小さく笑った。
「どうしても気になるなら、この戦い手伝ってくれよ」
「言われるまでもありませんし、それで償いになんてしません。……ちゃんとあとでお詫びはしますからね」
「え、そんなのいらねえよ」
「ダメです。これだけは譲りませんから!」
顔をあげたガブリエラの目はわずかに赤いが、彼女は困ったように微笑んでいた。
そこに苦しそうな色がないのなら、ギルはそれでいい。
「では、行きましょう」
ガブリエラが右に視線をやったのにつられてギルもそちらを見れば、遠くに白い光のようなものが見えた。
光はこちらに向かってきているのか、どんどん大きくなってくる。
「おいで……」
こちらに向かってくる光――白の鎧がギルとガブリエラの前で大きく腕を広げて止まる。
その姿は神々しく、まさに神話に語られる天使のようだとギルは思った。
ガブリエラに抱えられるまま白の鎧の胸のあたりに触れれば、まるですり抜けるようにギルとガブリエラの体はその内側に入っていく。
「コクピット……にしてはシンプルだな」
「魔法で動かしているものですから」
入った先には操縦者が座るのであろうシートと、操縦レバーのようなものが一対あるだけ。
迷うことなくシートに座るガブリエラの邪魔にならないようにギルはシートの後ろに回る。
それからガブリエラがレバーを握れば、シートを中心にいくつかの魔法陣が浮かび上がり、足元を除いてシートを中心に全方位の外の光景が見えるようになった。
未だ戦いの続く戦場を一度見渡してからガブリエラは大きく息を吐き出す。
「戦乙女騎士団団員、ガブリエラ・レイル! 魔装〈ワルキューレ〉、参ります!」
決意を秘めた人外としての名乗りをあげ、ガブリエラは〈ワルキューレ〉で戦場へと飛び出した。




