6章-ギル・グレイスの戦い①-
形容し難い叫びを上げながら振り下ろされた中型アンノウンの腕を、魔力で強化した跳躍で横っ飛びに避ける。
その直後、相応の巨体から繰り出された一撃はあっさりとアスファルトで舗装された道路を砕いた。
いくらギルが体を強化しているのだとしても、あれをもろにくらえばひとたまりもないだろう。
「だからって逃げるだけってわけじゃねえけどな!」
攻撃を避け、まだ地面に足すらつけていないギルだが、器用に空中で体を捻りながら右拳に纏わせた炎を中型アンノウンの顔面に向けて放つ。
人の理解を超えたバケモノとはいえ、顔があって目がある以上そこは急所のひとつだ。到底殺せるような一撃ではないが、目を焼かれた中型アンノウンは痛みからのたうちまわっている。
「(こうするだけでも十分時間は稼げるはず)」
少し焼いた程度なので少し時間が経てば回復してしまうだろうが、それでも構わない。
「(上手くいってれば、ふたりとももうシェルターの中かもしれねえしな)」
あの建物の影から一番近いシェルターへの入り口までは慎重に移動したとしても五分はかからないはず。
できるだけガブリエラたちの安全を確保しようとシェルターと真逆にダッシュして曲がり角もいくつか曲がってしまったので、目視では彼女たちが避難できたか確認できないのが痛いが、ふーとみーもついているのできっと問題はないだろう。
「……となると、あとは俺がどうするかって問題なんだよなぁ」
のたうち回る中型アンノウンから距離を取りつつ、ギルは道路の真ん中で足を止める。
ガブリエラたちの避難をより確実にするには逃げ回れば逃げ回るだけプラスになるのだが、ギルはこれ以上逃げ回るつもりはあまりない――というより、もう逃げ回れないのだ。
軽く見上げた空にはカラスのような小型アンノウンが二十数体。
目の前にはようやく落ち着いてきたらしいギルに顔を焼かれた中型アンノウンが一体。
左右には獣のような小型アンノウンが数体ずつ。
最後に後方には中型アンノウンが二体。
ギルとギルの頭の上にいるひーは完全に包囲されてしまっている状態だ。
「(逃げ回り過ぎて、あの辺にいた以外のも引っ掛けちまったんだよなー……)」
獣のような小型アンノウンは逃げた先にいたのをうっかり引きつけてしまったものであるし、上空の小型アンノウンの一部も騒いだせいで余計に呼び寄せてしまった個体だ。
ガブリエラたちを避難させるのを優先するばかりで、想定以上にアンノウンを引きつけてしまう可能性を全く考えていなかったギルの失敗である。
「(こういうとき、つくづく俺って頭使うのダメだって思うな)」
事あるごとに周囲にバカだのなんだの言われるので自覚はあるのだが、それでもこうしてやらかしてしまうのはギルの悪いところである。
そんな自分にひとり言葉に出さずに反省してから、ギルは気合を入れるように両頬を叩く。
「そんじゃまあ、ひー、協力頼むな」
了承のするように頭の上で跳ねた黒い球体に薄く笑みを浮かべてから、ギルはほぼノーモーションで右に飛んだ。
相手に反応されるよりも先に一番手前の小型アンノウンの顔面を蹴り飛ばしてすぐ後ろにいた二体を巻き込んで建物の壁に叩きつける。
襲いかかってきた残り三体の牙を転がるように避けながら、砕けて転がっていたアスファルトのかけらを拾って思い切り投げつけて一体を仕留める。
その間に残る二体はひーが光線で吹き飛ばしてくれている。
そのままギルは狭い横道に飛び込んで真っ直ぐに走る。
曲がり角などない幅二メートル程度の道に残る獣型の小型アンノウンたちが飛び込んでくるのを確認して、ギルはニヤリと笑みを浮かべながら振り返る。
「シオンお得意の、一網打尽戦法だオラァ!」
曲がり角のない狭い真っ直ぐな道。そんな逃げ場のない場所でご丁寧に一列に並んでくれた小型アンノウンたちにギルは容赦なく魔法による炎を放った。
援護するようにひーが放った閃光も一緒に狭い道を炎と閃光が包み込んで敵を一気に焼き払う。
これで獣型のアンノウンは殲滅できた。
しかし、ギルに息つく暇などない。
たった今ギルが来た方向で中型アンノウンが大きく腕を振り上げたのが見える。
咄嗟に思い切り後ろに飛び退いた次の瞬間には、横薙ぎに振るわれた腕が横道を挟む建物ふたつを容赦なく粉砕した。
全壊とまではいかないが確実に半壊していて、一瞬判断が遅ければギルもその瓦礫に生き埋めにされていただろう。
狭い道には中型アンノウンたちは入れない。
それを利用して上手く撒ければと少し期待していたのだが、中型アンノウンたちは建物を壊してでもギルを追い回すつもりでいるらしい。
「……って、こんなとこいたら埋められちまうじゃねえか!」
危険を察知して慌てて横道から反対側の大きな道に飛び出した瞬間、真上から急降下してきた二体の中型アンノウンに踏み潰されて半壊だった建物が今度こそ全壊してしまった。
その衝撃で吹き飛ばされたギルは数回地面をバウンドしつつもなんとか体勢を整える。
「(魔法で強化してなかったら今ので死んでたかもな)」
冷静に分析しつつも、下手すれば今ので死んでいたと思うとひやっとする。
残る敵は上空の小型アンノウンの群れと中型アンノウン三体。
小型はともかく中型相手となれば、一瞬の油断で命を失いかねない。
こうして囮になる少し前、ガブリエラはギルに怖くないのかと聞いた。
その質問に対してギルは大丈夫としか答えなかったが、恐怖心がないはずがない。
むしろ、死ぬことをとても恐れている。
家族のためにも自分のためにもまだ死にたくない、死ねない。だからギルは自身の兵士としての才能を無視してこうして技師の道を選んだのだ。
そんなギルがガブリエラから恐怖心がないように見えたのだとすれば、それは死ぬ気が一切ないからだ。
死にたくない。生き残らなくてはいけない。恐怖している暇があるなら死なないために考え、動き、足掻く。
だからこそ、こんな絶望的な状況であってもギルは決して諦めたりはしない。
そのための奥の手は、まだ残している。
「(これ使ったら、シオンには追加でしこたま怒られるんだろうけどな)」
――他にどうしようもないなら使ってもいいけど、そもそもこれ使うような展開にならないようにしろよ?
――現段階でこれ使ったら、どんな事情があったとしても絶対説教だからな?
厳しく理不尽ですらあることを言ってくる一方で、その瞳の奥にギルへの心配と不安を滲ませた親友の姿を思い浮かべ、そっと心の内で謝罪しつつギルは自らの左胸に右手をかざす。
「――我、≪天の神子≫が従者にて」
ギルの左胸の辺りから光が放たれ、服を透かして太陽と月、そして星を象った紋様がその姿を示す。
同時にギルの身を覆った神々しい輝きに小型アンノウンたちは逃げ出し、中型アンノウンたちが警戒するように身構えた。
「……あのシオンから力を借りてんだ。お前たち相手に負ける気はねえから覚悟しろ!」
ギルの闘志に応えるように勢いを強めた神気を携え、ギルは中型アンノウンたちへと走り出した。




