6章-少年の見た世界-
「それ、は……誰かにそう教えられたとか……?」
“人間は殺し合いが好き”
決して長い付き合いというわけではないが、これまで目にしてきたトウヤの言動から出てくるワードとしては予想外を通り越して何かの間違いではないかと疑いたくなるものだ。
だからこそ、第三者からそういう風に聞かされたものなのだとシオンは考えたのだが、トウヤは黙って首を横に振った。
「誰かに教わったわけじゃないよ?」
「じゃあ、どうしてそんな風に思ったんだ?」
「それは、見たから」
「見た、ですか?」
ガブリエラの問いに対して、トウヤははっきりと頷いてそれを肯定した。
「僕の住んでたところはこの世界と少し離れてたけど、魔法を使えば少しだけ覗けたんだ」
「(……魔法を使わないと見れなかったってことは、人里離れた秘境かどこかの神域から見てたってことになるのか)」
「それで……トウヤくんは何を見たんですか?」
「……人間が、戦争してるところ」
硬い表情と声で語られた答えに、シオンとガブリエラはすぐに言葉を返せない。
「すごく大きな戦いも小さな戦いもいろいろあったけど、人間同士が戦ってるのだけはいつも同じで……そのうち魔法に慣れて昔のこととかも見れるようになったけど、やっぱり人間はずっと戦ってばっかりで」
「……だから、人間は殺し合いが好きだって思った?」
「うん、だってもう人間は百年――ううん、それよりずっと長い間戦争をいっぱいしてきたんでしょ? そんなの、好きじゃないとできないんじゃないかな?」
はっきりと彼なりの考えを話すトウヤだが、その表情はどこまでも悲しげだ。
「……人を傷つけるのも傷つけられるのもよくないことだって教えてもらったし、僕もそう思う。それなのにどうして人間はそんなことが好きなんだろうってずっと不思議で……今日、お祭りを見てたらもっとわからなくなっちゃった」
ここには笑顔や笑い声があふれている。人は幸せそうにしている。
人間とは離れた世界で生きてきたトウヤでも共感できる楽しいことが確かにある。
「こんな風に楽しいことがあるのに、どうして戦争ばっかりするんだろう? みんなでお祭りを好きになればいいのに、どうして殺し合いなんかを好きになったんだろう?」
無垢な子供からの「どうして?」の連発に、シオンはいつものようにすぐに言葉を返してはやれなかった。
「……あのね、トウヤくん。人間だって決して戦争が好きなわけじゃないんですよ?」
「好きじゃないのに、ずっと戦争ばっかりしてるの?」
「……そう、ですね。そういうことになってしまうんでしょう」
真っ向からの疑問にガブリエラの表情も暗く悲しげなものになっていく。
シオン自身、今の自分の表情を見ることはできないが、きっと厳しい表情にはなってしまっているのだろう。
「人間だって、戦争なんてやめといたほうがいいってわかってる。……それでも繰り返す理由は、俺にもわかんないし、多分誰もわからないんだ」
誰だって他人と殺し合うことなんてしたくはないだろう。実際、世の中の多くの人間は声高に戦争反対と叫んでいる。
それでも人間が何度も何度も過ちを繰り返してきた理由は、とても一言で言い表せるものではない。
思想の違い、人種の違い、土地の奪い合い、富の奪い合い……それ以外にも、例を挙げれば際限がないのだ。
「……人間って難しいんだね」
「多分、人間だけじゃなくて人外だって難しいんだ。たまたま人外はあんまり戦争してないってだけでね」
そっとトウヤの頭に手を置いて、静かな動きでそれを撫でる。
シオンの手を甘受しながら不思議そうにこちらを見る幼い瞳に、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「人間も人外も、この世に生きる存在って意味じゃ変わらない。もちろんどうしても違う部分だってあるけど、人間だから、人外だからって最初から決めつけちゃいけないよ」
「……相手のことを勝手な思い込みで見ちゃいけない?」
「そう! 人間にも戦争が好きな人も嫌いな人もいるし、人外だってそれは同じ。……決めつけないで、相手のことをちゃんと見極められる大人になるんだよ」
シオンの言葉にトウヤは一瞬だけ目を大きく見開き、それから柔らかく微笑んだ。
「シオンお兄さんは、なんだか似てる」
「似てる?」
「うん、僕の大切な、お母さんに」
「……それは複雑、かな?」
トウヤ自身は嬉しそうに話してくれているのだが、母親に似ていると言われてしまうのは十代の男子としては少々微妙な気分である。
強くは言えずに頬を若干引きつらせているシオンにトウヤは気づいていないが、ガブリエラは困ったような表情だ。
「おーい! トウヤ、面白いもん買ってきたぞ!」
「ギルお兄さん、今行くー!」
先程までの悲しげな表情はすっかりと消え、トウヤは戻ってきたギルのところへと走っていく。
それを見送りガブリエラとふたりベンチに残ったシオンはそっと息を吐き出した。
「(……あんな素直な子があんな物騒な結論になるってのは、嫌なもんだね)」
純粋な子供が第三者の立場から人間の歴史を見たときに、人間は殺し合いが好きな存在だと見做された。
そうなってしまうほどに戦争ばかりを繰り返してきた人間の愚かさたるや、ろくなものではない。
「……情けない、ですよね」
隣に座るガブリエラは声こそ平静を装っているように聞こえたが、盗み見た彼女の表情は嘆きを隠せていない。
「争いなんてないほうがいいと思っているのに、私はトウヤくんの質問に何も答えられなかった」
「俺だって“わからない”って諦めただけだったよ」
「だとしても、私よりはずっとマシですよ。シオンの言葉はきっとトウヤくんに何かを与えられたんですから」
ガブリエラ自身の膝の上にある小さな手がキュッと握りしめられ、わずかに震えている。
「この半年で少しは視野が広がったと思っていましたけれど、私はまだまだわかってない」
「……半年でわかるほど、簡単なことじゃないよ。焦らずにゆっくり理解していけばいいんじゃないかな」
「……いいえ、多分それでは――」
ガブリエラの小さな声は祭りの喧騒にかき消されてシオンの耳まで届かなかった。
「ごめん、今なんて――」
それを聞き直そうとかけた言葉は最後まで音にならなかった。
それより先に、全身を駆け抜けるような悪寒がシオンを襲ったのだ。
「ハルマ、リーナ、レイス! 誰でもいいから〈ミストルテイン〉に通信!」
「レイス、頼む! シオン、今のは一体なんだ⁉︎」
ハルマもまたシオンと同じように今の悪寒を感じ取ったらしい。
レイスに通信を任せつつもシオンに詰め寄ってくる。
ハルマたちにも説明は必要だと思うが、それより先にシオンはギルへと視線を向けた。
「ギル。ガブリエラとトウヤを頼む」
「頼むってまさか……」
シオンのように悪寒を感じる術がないギルだったが、状況をおおよそ察してくれたらしい。
驚愕するギルの表情を前にしつつ、シオンは改めて周囲の気配に神経を張り巡らせる。
「中東でテロリストたちが使ってた誘導装置と同じような気配がした。しかもひとつやふたつじゃない」
ひとつくらいであればあそこまでの悪寒を感じない。
最低でも五つ、下手をすればそれ以上の数が同時に起動したと見ていいだろう。
「すぐに相当な数のアンノウンたちが押し寄せてくる。一刻も早くふたりを連れて避難しろ」
その言葉の直後、ちょうどシオンたちのいる中央公園の上空で快晴の空に大きな亀裂が入った。




