1章-断ち切る想い-
ダリルとアカネによって船室に連れ込まれてしまったシオンだったが、降参の意を示せばそれ以上押さえつけられるでもなく、拘束などされることもなかった。
むしろ押さえつけた箇所を心配してかダリルが気遣うような目を向けてくるくらいで、少し申し訳ない気持ちにもなってくる。
「あの、それで御用は……」
「それは、この後来る人に聞いてちょうだいね」
学生時代に見慣れたアカネのおっとりとした微笑み。しかしそんな表情を見てシオンは安心するどころかむしろ恐ろしく感じた。
別にアカネの微笑み自体には裏などない。これまで散々避けてきたシオンに対しても彼女は怒ることもなく微笑んでくれている。
問題なのは彼女の言うこの後来る人物だ。
できれば来ないでほしいが、そんなシオンの願いを裏切るように船室の扉が開いた。
「おう、ちゃんととっ捕まえられたか」
このようなぶっきらぼうな話し方をする人物はゲンゾウ・クロイワに他ならない。
今の言葉からしてダリルとアカネがシオンを捕まえるのは予定通りだったらしい。
シオンがゲンゾウから逃げることばかり気を取られているところをダリルたちが捕獲する。
そんな彼らの作戦は見事に成功。シオンはまんまと捕獲されたというわけだ。
「(捕まえにきたってことは、それだけの理由はあるんだろうな……)」
十三技班自体他と比べて多忙なのだ。
理由もなくこういうことができるほど、班長であるゲンゾウも副班長のアカネも暇ではない。
ドカリと豪快に手近なイスに腰かけてこちらに向き直ったゲンゾウ。
仮眠用のベッドに腰かけるシオンもまた彼に真正面から向かい合う。
決して臆せず、ゲンゾウから目をそらさない。
「……シオン、なんでベッドの上で正座してるんだ?」
「気分です」
怖気づかず、目はそらさない。
しかし別にゲンゾウのカミナリが怖くないわけではないので、多少そういう気持ちが態度に出てしまうのは仕方がないとシオンは主張したい。
自分で言うのもなんだが、シオンにとって怖いものなどというのはそこまで多くない。
魔法を隠す必要のなくなった今、どのような人間が相手であろうとシオンの前では子供のようなものだ。ちょっと魔法でビームでも撃てばそれでいい。
アンノウンにしても大型だと結構面倒、中型だとちょっと面倒というくらいで別に怖いという感情があるわけではない。
しかし、ゲンゾウは別だ。
ビームが撃てようが、影を蛇のように操れようが、炎を纏った拳を振り回せようが関係ない。
勝てるとかそういう話ではなく、ゲンゾウのカミナリは怖い。逆らってはいけない。
シオンの中でゲンゾウやアンナはそういう次元の存在なのだ。
「その様子だと、カミナリ落とされる覚悟はできてるってことだな?」
「落ちないのであればそれに越したことはないんですけど……」
「あ゛?」
「嘘ですわかってます自覚あります」
おどけて見せておいて即謝罪するシオンにゲンゾウは呆れた様子だ。
「……それがわかってるくせに、何馬鹿やらかしてやがんだテメェは」
最初から怒られるとわかっていて、なおかつそれにビクビクするくらいなら怒られるようなことなんてしなければいい。
こちらを見つめるゲンゾウの目はそう言っているかのようだった。
「テメェがだんまり決め込んで逃げ続けてるせいで、班の連中が軒並み気もそぞろだ。事故でも起きたらどうしやがる」
「…………」
「挙句の果てにはロビンの野郎がテメェをとっ捕まえようと機動鎧乗りの三人まで巻き込みやがった。他所様にまで迷惑かける羽目になるとはよお」
「…………」
「でもなあ、俺が一番腹が立つのはそんなことじゃねえ」
ジロリとこちらを睨みつける瞳に、思わずシオンの背筋が伸びた。
「一番腹が立つのは、テメェが仕事をサボり続けてるこった」
「…………はい?」
思わず聞き返したシオンだが、ゲンゾウはさも当然という顔をしているだけで今の言葉が本気だということしかわからない。
しかし、本気だとして「シオンが仕事をサボっている」ということはつまり、シオンに十三技班での仕事があるという意味で……。
「……まさかとは思うんですけど、ホントまさかなんですけど……十三技班の名簿に俺の名前が残ってるなんてバカなことは……」
「何言ってやがる。お前、俺の所に辞表持ってきたか?」
「そりゃ持ってってませんけども!? それ以前に俺もう人類軍からは除籍されてるはずですよね!?」
そう、いくらゲンゾウのところに辞表を出しに行っていないとはいえ、そもそもシオンは正体がばれた時点で人類軍にとっては危険人物になった。
今は"協力者"として軍に関わってはいるが、所属しているわけではない。
つまりとっくに人類軍からは除籍されているはず。
「されてねえぞ?」
「……は?」
「だから、除籍されてねえんだよテメェは」
「ハァァァァッ!?」
あり得ないとは思うがゲンゾウがここで嘘を言う理由はない。
問題は、何故そんなことが起こっているのかだ。
「まああれね。普通士官学校の卒業生は初勤務の日にいろいろと登録するんだけど、初日からバリバリ仕事してほしかったからカナエちゃんにお願いしてシオンくんとギルくんの分はこっそり先に済ませてもらってたのよ」
「ってことは軍の人たち俺の軍籍があること知らないのか!」
アカネの説明にシオンはその場で頭を抱えた。
通常のフローなら卒業式当日にいろいろバレたシオンの軍籍は存在しない。
であれば、そもそも軍籍が存在しないはずなのだから除籍の手続きなんて必要ない。
そういう風に判断されて今日まで来てしまったということだろう。
ただ、ゲンゾウたちがそのことを報告すればすぐにでも除籍されるはずなのであって、それをしていない時点で思い切り確信犯であるわけなのだが。
「そういうわけでテメェはウチの人間ってわけだ」
「いや、そういうわけにもいかないと思うんですけど」
「大体なあ、異能が使えるごときで仕事をサボるたあどういう了見だ? あ゛ぁ?」
「そこそんなにライトにスルーする話ではないんですが!?」
「何がだ。魔法使いだろうがバケモノだろうが関係ねえ。俺からすりゃ、小生意気で可愛げのない新人技師以上でも以下でもねえんだよ」
腕を組みふんぞり返るゲンゾウ。
以前アンナに言われたのと同じで彼もまたシオンをシオンとしか見ていない。
それ自体はとてもありがたいことだとは思う。しかしアンナに言われた時ほどの感動がないのは何故なのか。
「それでだ。テメェがなんでサボりの上に技班連中と目も合わせやがらねえ」
少々強引で恫喝にも近いゲンゾウの質問。
その勢いにシオンは少し怯んだが、一度大きく呼吸して心を落ち着かせる。
ここまで色々と予想外のこともあって取り乱してしまったが、ここから先はそうはいかない。
ゲンゾウ相手となれば、生半可な言葉や態度では納得してくれまい。
だからしっかりと言葉を選んで、シオンは口を開く。
「私情です」
十三技班と距離を置くことはシオンにとっての最良の答え。
彼らの気持ちや都合は何ひとつとして考慮していない時点で紛れもないシオン自身の身勝手な行動でしかない。
つまりはただの私情だ。
だからこれ以上の説明はいらない。
十三技班の面々を巻き込まないためだとか、シオンだって本当は避けたくないだとか、そんな情報は不要だ。
「カミナリは……もうこうなったら仕方ないので大人しく落とされます」
何を伝えるでもなく避け続けたのだ、それはもう因果応報というものに他ならない。シオンはそれを受け止めるべきだろう。
だが、そこから先は別だ。
指をひとつ鳴らせば、軽い爆発音と共にシオンの手元に紙とペン、そして封筒が現れる。
続いて軽く指を振るだけでペンが生き物のように動き出し、紙と封筒にさらさらと文字を綴っていく。
そうしてできあがったのはシンプルな辞表だ。
「辞表渡して即日退職なんてちょっとアレですけど、ここはそういうことでよろしくお願いします」
両手で差し出した辞表をゲンゾウは乱暴に受け取った。
その表情は苦々しく、納得していないのは明らかだった。
しかし、これでいい。
今回こうして接触することになってしまったのは予定外だが、幸いここにいる人間以外には誰にも気づかれてはいないだろう。
であれば、ここでしっかりと諸々を断ち切り、以降もゲンゾウたちから距離を取り続ければいい。それでシオンの目的は果たされる。
三年近く可愛がってもらい、今もなお信じてくれている相手にこんな不義理をするのは心苦しいが、それも止む無しだ。
「……テメェはよぉ。本当に可愛くねえガキだ」
苛立ちを隠すことのない言葉。なのにどうしてか少し寂しげにも感じられる。
それをシオンはあえて見ないフリしておく。
「説明もしなけりゃ言い訳もしねえ。お節介は焼いても助けは呼ばねえ。少しはガキらしくすりゃあいいものを」
「そういうのはギルの担当ですから」
ゲンゾウの真剣な説教を、あえてシオンは茶化して邪魔する。
そんなシオンの意図はゲンゾウにだってお見通しだろうが、シオンに考えを曲げるつもりがないとしっかり伝わったことだろう。
「よく頑固だの頭が固いだの言われる俺だがよぉ。テメェには負ける」
そう言って辞表を懐にしまうゲンゾウ。
彼はカミナリを落とすことすらないままに船室を去って行った。
「シオンくん」
「アカネさん。今までお世話になりました。……俺のことは早めに忘れてくださいね」
「いやよ」
シオンの言葉を遮らんという勢いでの拒絶の言葉。
「絶対にいやよ」
シンプルで強い拒絶の言葉だけを告げてアカネもまた船室を去る。
残されたダリルは少し戸惑うように視線を彷徨わせてから、そっとシオンの頭を撫でた。
「……俺も、忘れる気はない」
大きな手で優しく髪を乱してから、彼もまた船室を去る。
ひとりになった船室で、シオンはそのまま仮眠用のベッドに倒れこんだ。
「……ホント俺って、可愛くないな」
別に可愛いと言われたいわけではないが、それでも今は自分のあまりの可愛げのなさにため息が出た。




