6章-お祭りに行こう④-
「これは……美味しいですね!」
キッチンカーで買ったクレープにガブリエラが幼い子供のように目を輝かせる。
「クレープ……テレビで見たことはあったんですけど、食べたのは初めてです」
「マジか」
「まあ、わからなくもないけど」
クレープ、しかもキッチンカーで売られているような直接かぶりついて食べるチープなものとなると、どこかの箱入りお嬢様と思しきガブリエラとは無縁の代物だっただろう。
実際、興味を持っている様子でありながらもガブリエラ本人は二の足を踏んでいて、それに気づいたギルがシオンのものも含めて三人分買ってきてようやく手をつけたくらいだ。
ちなみにシオンのものがチョコ、ガブリエラのものがストロベリーでギルはバニラを食べている。
「それにしても、本当にいろいろな味があるんですね……三種類買ってもまだまだあるなんて」
「クレープは他のスイーツに比べても自由度高いから」
「バニラも美味いぞ? 食べるか?」
「はい、ぜひ!」
ギルに差し出されたバニラのクレープにガブリエラが小さく食いつく。続いてお返しとばかりにストロベリーのクレープにギルも食いついた。
「え゛⁉︎」
「ナツミ? なんか変な声出さなかったか?」
「え? いや、その今の……?」
シオンのすぐ背後の辺りで妙な声を出したナツミ。明らかに様子がおかしいのだが、本人が理由を話さないこともあって何故かはわからない。
「シオン、チョコも一口食わしてくれねえ?」
「え、やだ」
「やだってお前、それ買ったの俺なんだけど⁉︎」
「……仕方ない」
金を出した本人の言葉に拒否もできずにクレープを差し出せばギルは遠慮なく大きく食らいついた。
「ちょ、一口デカいな⁉︎ ガブリエラの時は遠慮してたくせに!」
「ガブリエラの一口がちっちぇえんだから当然だろ! ほれ、シオンも食え」
顔面に押し付ける勢いで差し出されたバニラのクレープに、シオンも可能な限り大きく食らいつくが、体の大きさの都合ギルに食われた分と比較すると小さくなってしまう。
「こんにゃろ……」
「まあまあ、シオンもストロベリーを一口どうですか?」
「ん、もらっとく」
ガブリエラの提案にチョコとストロベリーのクレープをそれぞれ分け合う。
「…………」
「いや、なんでお前は口を開けて固まってるんだ? クレープ食べたいのか?」
「あら、ナツミも一口いりますか?」
再び妙な反応をしているナツミにシオンとガブリエラが問いかけるが「そうじゃない」と首を横に振るだけで、ナツミはそのまま何かを考え込むように頭に手をやって俯いている。
「おい、そろそろまた移動するぞ……ってナツミはどうしたんだ?」
「さあ?」
ナツミの反応はよくわからないまま、別のキッチンカーに並ぶということで分かれていたハルマたちとも合流し、とりあえず再びシオンたちは町の観光を再開することにした。
「…………」
「あのさ、わかりやすくグルグルしてるくらいならさっさと話してくれないかな?」
なんとなく集団の最後尾を隣合って歩くことになったシオンとナツミだが、ナツミは未だに何かを考えているのか黙っている。
どこか雰囲気が刺々しいし普段どちらかと言えばおしゃべりな性格であるというのもあって、正直違和感が凄まじい状況だ。
「えっと、大したことじゃないから話すほどのことじゃないっていうか……」
「そんだけ黙り込んでて大したことじゃないって言い訳は無理があると思う」
なおもごまかそうとしたナツミだったが、シオンが一言切り込めばそれだけであっさり言葉をなくした。
そもそもこういった言葉での駆け引きでナツミがシオンに太刀打ちできるはずがないし、素直な気質のナツミがシオンに対してウソや隠し事ができるはずもない。
そんなことナツミ本人もわかっていそうなものなのだが、今日の彼女はなかなか頑固な様子である。
頑なに何も言わないでシオンから目をそらす彼女の態度に思わずため息が出た。
「せっかく町に遊びに出たってのに、そんなんじゃもったいないだろ」
「それはわかってるけど……」
「俺とお前はともかく、ガブリエラは下手すると二度と会えないんだからさ」
ナツミも彼女とは仲良くしていたようであるし、シオンよりもそういった人間関係を大事にするはず。
だから彼女との最後の一日になるかもしれない今日という日を今のような調子で過ごすべきではないとシオンは思ったのだが――
「…………」
シオンの言葉を受けて、ナツミが何故か表情を強張らせてしまった。
シオンとしても完全に予想外の反応である。
「んん? 俺なんか変なこと言った⁉︎」
「…………」
「待って、お前の無言はなんか怖いからやめて」
「……シオンってさ、ガブリエラに優しいよね」
想定外の状況におろおろしているシオンに対し、ナツミがポツリと言葉をこぼした。
その内容は確かに聞き取れたが、何故ここでそのような言葉が出てくるのかがよくわからずシオンは首を傾げる。
「優しい、か?」
「優しいよ」
「あ、はい」
そんなつもりはなかったシオンだったが、ナツミに断言されてしまって思わず敬語になってしまった。
シオンの意識はともかく、ナツミにはそういう風に見えていたということだけは間違い無いらしい。
「ガブリエラには嫌味言ったりしないし、イジワルしないし、優しくアドバイスしたりしてるし」
「……確かに。というかちょっと前もこんな話したような」
「したけどはぐらかしたあげく逃げたじゃん! あたしとしては納得いかないままだったんだから!」
ここまでのだんまりから何か吹っ切れたかのように言葉の飛び出してくるナツミに、シオンは選択を誤ったと察した。
「それに、なんか距離も近いよね? ここしばらく毎日のように一緒だったし、さっきだってクレープ分け合いっこしてたし……ギルはともかく、他の人とそんなことしてるの見たことないよ」
「一緒だったのは無線機づくりが佳境だっただけだし、クレープはまあ、流れで?」
「だとしても! なんかもやっとするの!」
理不尽である。ナツミの中で何がどうなっているのかシオンにはさっぱりだが、とにかく今のナツミはあまりこちらの言い分を聞いてはくれなさそうだ。
「あたしには散々、近くなとかよく考えろとか離れたほうがいいだとかいろいろ言ってきたくせに、ガブリエラとは全然そんなのなしで仲良くしててさ。……あたしの苦労とか覚悟とかはなんだったわけ?」
そこまで一気に言葉にして、ナツミはふてくされたように顔を背けた。
明確に言葉にされたことで人の心の機微に疎いシオンでもようやく彼女の意図がわかってきた。
「……言っておくけど、別にガブリエラを特別扱いしてるつもりは本当にないぞ?」
「どこが。すごく優しいじゃない」
「確かに優しくはしてるんだろうけど、それと特別扱いは別だろ」
シオンの意識はともかくナツミからそう見えているのなら、シオンはガブリエラに優しくしているのだろう。
しかしそれは、ガブリエラがシオンに対して好意的な態度を取るからにすぎない。
「こう言ったらアレだけど、ガブリエラは多分今日別れたら二度と会うことはない。それは≪境界なき音楽団≫を〈ミストルテイン〉に迎え入れたときからわかってたことだろ」
「……うん」
連絡先は交換しているので互いに無事であれば会おうと思えば会えるかもしれないが、少なくともシオンはそのつもりはあまりなかったし、そもそも立場上難しくもある。
ガブリエラが〈ミストルテイン〉にいるという状況が終われば、関係は極めて希薄なものになるだろう。
「だから、正直どうでもよかったんだよ」
どうせ時がくれば途切れる関係。
細かいことまで考えずに好意的な態度に対しては好意的に返して互いに楽しく過ごせればそれでいい、くらいにしか思っていなかった。
ガブリエラはギルが気に入っているということもあって他の≪境界なき音楽団≫の団員たちとは違った扱いにはなっているが、それでもシオンが身内と見なす者たち――ナツミたちと天秤にかければ、どちらに傾くかなど言うまでもない。
「……それはそれでどうかと思う」
「お前、自分が蔑ろにされてるかと思って拗ねたんじゃないのかよ……」
「それは、まあそうだけど」
素直に認めつつも引き続きこちらを見ないが、耳がわずかに赤くなっていることに気づいた。少なくとも先程までとは顔を背けるニュアンスが違っているようだ。
「とにかく、歩み寄ってきてくれたお前は俺にとって大切だし、ポッと出の誰かに劣るようなことなんて未来永劫あり得ないから安心しろ」
不安を取り除いてやれるように言葉をかければ、まだ若干不満そうではあるが少なくとも刺々しい雰囲気は無くなった。
ひとまずは解決だと安心して前を向いたその矢先、
「おごふっ!」
腹部に強めの衝撃を受け、思わず妙な悲鳴が口から漏れる。
だが、痛み以上に既視感のある衝撃だとシオンは感じていた。
「わああっ! ごめんなさい! ……って、シオンお兄さん」
「……トウヤは俺にぶつからないと出会えないのかな?」
目の前では、しばらくぶりに出会う人外の少年が以前と同じく尻餅をついた状態でこちらを見上げていたのだった。




