6章-お祭りに行こう③-
シオンを含め、総勢九名という大所帯で賑わう町を行く。
そんな一団の中で一番落ち着きなく楽しそうにしているのでは、普段からそんな調子なギルでも、思い出づくりということで今日を楽しみにしていたであろうガブリエラでもなかった。
「まあ! あんな大きなホットドックが売っているのですか⁉︎ わたくしではとても食べきれなさそうな大きさですわね」
「あちらはなんでしょう? 日本のスイーツのたい焼き……わたくし初めて見ました! 買ってきてもよろしいでしょうか⁉︎」
くるくると表情を変え、目につくいろいろなものへと興味を示しているマリエッタは誰が見たってはしゃいでいる。
「(いやまあ、ある意味一番年相応ではあるんだけど)」
マリエッタは今年で十四になるのだとシオンは耳に挟んでいる。
人類軍、しかも機密性の高い特殊な部署の所属ということで忘れそうになるが、彼女は間違いなくシオンたちよりもまだ幼く、学生の身分であるのが普通の少女なのである。
「マリー、あんまりはしゃぐな! お前みたいなちっこいの、この人混みで見失うと面倒なんだからな!」
「シルバ様でしたら自慢のお鼻できっと見つけてくださるでしょう? ……わたくしとしては少なからずそういった展開も期待しているのですが」
「やめろバカ」
シルバを振り回してキャッキャとしている姿は、普段目にしている姿と比較して数割増しでパワフルだ。
別に普段のマリエッタが特別大人ぶっているというわけではないのだが、こうしてわかりやすく普段より元気な姿を見ると、それだけ今の状況を楽しんでいるのだとわかって少々微笑ましい。
「ったく……本当に迷子になったらどうすんだよアイツ」
「そんなこと言って、そうなったらちゃんと探してやるんだろ」
「そりゃあ……放っとくわけにもいかねえっすから」
複雑そうな表情をしているが、シルバはシオンの指摘を肯定した。
外見や本人の振る舞いからわかりにくいだけで結局根は善良かつ真面目。人間嫌いを公言しているわりに、人間相手だろうが困っていれば放置はできない。
どちらかと言うと、シオンよりもハルマに似たタイプなのである。
「ま、万が一そうなったら期待通り探してあげなよ、王子様」
「勘弁してください。オレは王子なんて柄じゃねえ」
そうは口にしつつもシルバの目はマリエッタをしっかりと追いかけている。むしろ自分の周囲をちゃんと見ているのかが心配なくらいだ。
「それにしても、マリーは本当に楽しそうにしてるよね。なんでもかんでも目を輝かせてるし……」
主に祭りの一環として出店しているキッチンカーなどにかなり興味を示しているようだ。
欧州では珍しいであろうたい焼きなどに反応するのはともかく、ホットドックなど多少大きくともあそこまで反応しなくてもいいのでは、と少し思う。
「楽しそうだから別にいいけど、あれじゃまるで初めて見たみたいっていうか」
「…………」
シオンの感想に対してシルバは何も言葉を返さない。
不自然な沈黙に、シオンの中にあった微笑ましいという感情がすっと温度を下げた。
「シルバ、その反応の意味聞いてもいい?」
「……多分、実際初めてなんすよ」
端的な答えにあえて「何が」と聞こうとは思わなかった。
会話の流れでそれくらいのことは誰にでもわかる。
「マリーが十三技班のアンジェラと同類だとしても、さすがにホットドックが初めてってのはおかしい気がするんだけど」
「……やっぱりあの女の子もそうだったんすね」
マリエッタ・クラレンスとアンジェラ・カーリナ。
今回マリエッタが〈ミストルテイン〉に来るまで、彼女たちの間に面識はなかった。
そんななんの関わりもないはずのふたりの共通点は、“年齢の見合わない知識と頭脳”と“本来なら人類軍に所属しているはずのない年齢での特例的な所属”。
その根底にあるものは“優良人的資源製造計画”という旧暦の負の遺産だ。
「初めてマリーの事情聞いたとき、改めて人間なんてろくなものじゃないって思いました」
「それも当然じゃないかな。少なくともあんな計画考えて実行した輩、ろくなもんじゃない」
旧暦の末期、とある国家のとある機関が進めていた、優秀な人材の遺伝子情報を元に生み出したデザイナーベイビーに幼少期から高度な教育や訓練を施すことによって、優秀な人材を安定的に製造するための計画。
そんな趣味の悪いフィクションのようなことを、本当に実行してしまった研究者たちが存在していたのだ。
もちろんそのような非人道的な研究は、新暦となり人類軍が設立されていの一番に暴かれ、取り潰された。
そのときにはすでに十数人の製造が終わってしまっていたという。
研究そのものはともかく生み出された子供たちに罪はない。
当時最年長でも七歳だった彼ら彼女らは自由になるべきだったが、当時の世界情勢もあって戦争のための知識ばかりを与えられた子供たちに、突然普通の子供として自由にするなど無理な話だった。
結果、子供たちは人類軍に保護され、それぞれがそれぞれの人生を歩んでいる。
「だとしても、十年経ってホットドックも知らないとか……ことと次第によっては人類軍に喧嘩売るのもやぶさかじゃないんだけど」
「詳しくは聞いてないっすけど、アイツは保護された子供の中でも際立って人間味がなかったらしくて」
あまりに人間味がなく、しかも本人が技術開発以外に興味も示さなかったために人類軍も手の出しようがなく。
様々なアプローチを経て現在のような性格になったのも、この二年ほどの話なのだという。
「人並みになってまだ二年。科学技術のことは大人顔負けにわかっても、オレたちが当たり前に知ってることを知らない……そう思うと腹の底がぞわぞわしてくる」
「……シルバ、ちょっと感情は抑えといたほうがいい」
シオンの隣で苛立ちに歯を食いしばるシルバの歯は、わずかにだが人間のものではなくなりつつある。
“狼男”である彼が、ひどく感情的になっている証拠だ。
シオンの指摘に一言謝罪してからシルバは長く息を吐き出す。
それに合わせて鋭く尖り始めていた歯がゆっくりと人のそれに戻っていく。
「シルバのそれはさ、マリーへの同情?」
彼女の生まれに、現状に。哀れに思えることは有り余るほどにある。
同情などされる側からすれば余計なお世話なのかもしれないが、マリエッタにそういった感情を向けてしまうことをシオンも否定はできない。
「正直わかんねえ。だから余計に王子様なんて呼ばれると居心地が悪いんすよ。……オレはただの狼男だってのに」
王子様というものは愛情から姫を守る存在だ。
同情から守る時点でそれはとてもではないが王子様にはそぐわない。
そう言いたげに、シルバは自嘲するように笑みを浮かべた。
「だったら早めに距離を取ったほうがお互いのためだと思うけど――なんて、俺が言えることでもないか」
「……そうっすね。そこらへんだけは先輩に言われたかないっす」
相手の幸せを思うなら離れたほうがいいとわかっていながら結局十三技班やナツミたちを捨てきれずにここまで来てしまったシオンも、現状の関係が歪つだと気づいていながらマリエッタを遠ざけられないシルバも、所詮は同じ穴のムジナというわけだ。
「せめてアイツがもっといろんなことわかるようになって、ちゃんと恋とかできるようになるまでは、王子様のフリしといてやろうと思ってます」
そう話すシルバの瞳は言葉とは裏腹に、キッチンカーを覗いているマリエッタに優しく向けられている。
それは、シルバとそれなりに付き合いの長いシオンでも初めて見るものだった。




