6章-お祭りに行こう①-
『――――、――――、』
ザザッというノイズの混ざった音が、食堂のテーブルに置かれた小さな箱状の機械から聞こえてくる。
普段通りの振る舞いのシオンと緊張したような面持ちのガブリエラがそれを見下ろしていると、聞こえてくる音声にわずかな変化が起きた。
『――し、もし? ――るか?』
「あ……もし、もし?」
戸惑いがちにガブリエラが機械へと呼びかけた直後、
『――もしもし? 聞こえてるか?』
多少のノイズを残しながらも十分に聞き取りが可能なギルの声が機械から聞こえてきた。
その瞬間にガブリエラの表情が緊張から喜びに一気に色を変える。
「はい! 聞こえてますよ、ギル!」
『っしゃ! これだけしっかり音声が伝わってりゃ、確実に合格点もらえる出来だな!』
ガブリエラとギルが箱状の機械――無線機を介しての通信越しに喜び合っているの眺めてシオンもそっと口元を緩める。
「シオンも手伝ってくれてありがとうございました!」
「いや、たまに口出ししたくらいで作業はガブリエラとギルのふたりでやってたじゃん? 少なくとも俺はお礼言われるほどのことしてないよ」
「確かに口出ししかしなかったけど、アドバイスはだいぶ親切だったよな!」
通信のテストのために食堂外まで移動していたギルが戻ってきてバシバシとシオンの肩を叩く。
ガブリエラもガブリエラでそんなギルの言葉に賛同するようにうんうんと頷いた。
「シオンのアドバイスはとてもわかりやすかったです!」
「いや、そんなキラキラした目向けなくても」
「……少し気になってたんですけど、褒められたり感謝されたりするの苦手なんですか?」
ガブリエラの悪意のないどストレートな言葉にシオンはぴたりと動きを止め、ギルは盛大に噴き出した。
「わ、私変なこと言いましたか……?」
「いや、むしろ大正解ってやつだ。シオンはちょっと捻くれてるから、ガブリエラみたいな素直なやつに弱いんだよな。特にストレートに感謝されたりすると、ぱっと見素っ気無いけど内心あわあわしてるんだぜ」
「ギールーくーん? 何余計なこと言ってんのかなー?」
ギルは「やべっ」と溢してガブリエラの背に隠れるようにシオンと距離を取る。
もちろん体格のいいギルが隠れきれるはずもないが、ガブリエラを挟んでおけばシオンが強く出られないことがわかっていてのことだろう。
とはいえそれでギルへのお仕置きを諦めるシオンでもない。
「詰めが甘いぞバカギル」
「おまっ⁉︎ こんなことのために瞬間移動するか普通⁉︎」
「しちゃうんだよねこれが!」
「ぎゃあああ!」
空間転移を用いて瞬時にギルの背後に移動したシオンの容赦のない暴力がギルを襲ったのだった。
シオンとギルのじゃれ合いもそこそこに、無線機完成記念と銘打って食堂のおばちゃんに分けてもらった菓子類を摘みながらガブリエラも含めて三人で食堂のテーブルを囲う。
「それにしても、結構ギリギリだったな」
「そうですね。私は明日にはこの戦艦から降りることになるでしょうし……」
〈ミストルテイン〉は明日の朝一番には欧州五本指に入る大都市に到着する。
そこは欧州における復興記念式典がフィナーレを迎える場所であり、≪境界なき音楽団≫の欧州ツアーの最終目的地でもあるのだ。
≪境界なき音楽団≫の最終公演までにはさらに二日ほどあるが、都市から移動する必要がなくなるのだから当然ガブリエラたちが〈ミストルテイン〉に乗っている理由はもうないというわけだ。
「(つまりもう“天使”本人見つける時間ないわけだよねー……)」
「シオン? どうして頭を抱えてるんです?」
「そんなに≪境界なき音楽団≫の人たちがいなくなるの寂しいのか?」
「あー、ちょっとこっちの事情だから気にしないで」
もはや“天使”の発見は絶望的だ。
アキトやアンナはまあ仕方ないと受け入れてくれるだろう。
なんだかんだ最近態度が柔らかくなったミスティも大して何も言ってこないだろう。
だが、現場の状況も知らない上に何もできない人類軍の輩はここぞとばかりにああだこうだ言ってくるに違いない。
シオン個人としては正直それも割とどうでもいいのだが、それでアキトやアンナに苦労をかけるのが忍びないところである。
「はぁ……なんか気晴らししたいな」
シオンが思わずこぼした言葉にギルがぴたりと動きを止めた。続いてその表情が一気に険しいものになる。
「オイオイ。お前がそんな風に思うとかただ事じゃねえだろ」
「え、いや。そんな深刻になる話?」
「深刻な話ですよ! まだ付き合いは浅いですが、私だってなんとなくわかります!」
「気晴らししたいなんて士官学校時代も一回だって聞いたことねえし……大丈夫なやつか? 天変地異の前触れとかそういうのじゃ……」
「絶妙に俺に失礼だなオイ」
単純に士官学校時代は悩みの種になるようなことがなかったのであって、シオンも人並みにストレスくらい抱えるのだが、どうも親友であるギルですらそういったイメージを持てないでいたらしい。
なかなか失礼なことを言われている気はするのだが、なまじ普段の自分がそういう風にも見える心当たりがあるので強く怒れないのが辛いところである。
「気晴らし……それなら……」
何やら呟いていたガブリエラは、やがて何か決心したかのようにそっと挙手をした。
学校の授業だろうかという感想を抱きつつシオンとギルは視線で先を促す。
「よかったら、明日一緒に町に出ませんか?」
「町って、明日到着するとこのか?」
「はい。フォルテさんに聞いたんですけど、明日から式典最終日まではお祭りのようなことをやってるらしいんです」
話によると、問題の大都市では明日から復興記念式典の最終日に向けて、民間の企業などが中心になってイベントや出店を企画しているらしい。
復興記念式典の運営側もそれには積極的らしく、都市全体を使ってのかなり大規模なものになっているのだとか。
「その、互いに忙しいですから今後二度と顔を合わせることもできないかもしれないですし、お友達との思い出づくりができたらなと前々から誘おうかと思っていて……シオンの気晴らしにもなるでしょうし、どう、ですかね?」
少々自信なさげなお誘いの言葉に、シオンとギルはそっと顔を見合わせる。
言葉こそ交わさなかったが、互いの考えなど声に出さずともわかった。
「「よし、行こう!」」
ぴたりとタイミングの合ったシオンとギルの返事に、ガブリエラは一拍遅れて嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「そうと決まれば外出許可だね。俺は監視付きじゃないと出られないから……ナツミとかハルマも巻き込んでいい?」
「あ、はい! ナツミやリーナにも仲良くしてもらってるのでぜひ!」
「大勢の方が楽しいもんな! シルバとマリーも誘っていいかも」
「とりあえず艦長の許可もぎ取ってくるから、俺は行くね!」
わちゃわちゃと簡単に段取りを話し合ってからシオンはひとりアキトのいるブリッジへと向かう。
「(“天使”の件は、まあもういいや。見つからないものは見つからないだろうしね!)」
面倒なことや辛いことより楽しいこと。
“天使”のことはひとまず頭の端に追いやって、シオンはいかにしてアキトやミスティを言いくるめるかに意識を集中させるのだった。




