6章-少年ところにより人でなし-
シオンとシルバが“天使”の発見に光明を見出してから三日。
「――どうしてこの三日に限ってアンノウンに遭遇しないのか!」
格納庫の一角で作業をしていたシオンはおもむろに叫んだ。
あまりに唐突だったこともあってすぐ隣で作業をしていたロビンが驚きと共に段差を踏み外して軽く転げ落ちたがそんなことよりシオンとしては現状が大問題であった。
せっかく“天使”を見つけ出せそうな雰囲気になってきているというのに、そのために必要なアンノウンとの遭遇戦がないのだ。
アンノウンとの戦いがなければ“天使”の白い鎧は戦場に現れない。
白い鎧が現れなければその間〈ミストルテイン〉艦内でじっと動かないであろう“天使”本体を探し出せない。
「ちょっと前までは下手すりゃ朝晩二回出撃してたはずなのに……別にアンノウン自体が現れなくなったわけじゃあるまいし……」
「なんの話かしらねえが、まずテメェは俺に謝れ」
転げ落ちたロビンが戻ってくると共にシオンの頭をグリグリしてきた。
そんな戯れもほどほどにシオンとロビンは作業に戻りながら言葉を交わす。
「つーかお前そんなにアンノウンと戦いたいとか……なんかストレスでも溜まってんのか?」
「そういうわけではないんですが、まあ諸事情により」
「ほー。でもまあ、ぶっちゃけしばらくはおあずけになると思うぜ?」
「え、なんでですか?」
ロビンの言葉に思わず尋ねれば、彼は「なんでも何も」と口にしながら意外そうな顔をした。
「四日後、次の停泊先で復興記念式典が最終日なんだぜ? 万が一にもアンノウン共に邪魔されないように防衛戦力が欧州各地から集められてるって話だ」
アンノウンの出現自体がなくなっているとは考えにくいが、この辺り一帯の人類軍の戦力が充実しているなら〈ミストルテイン〉に声がかかることはない。
特に〈ミストルテイン〉は現在復興記念式典の目玉でもある≪境界なき音楽団≫を乗せているのだ。
相当切羽詰まっていない限りは、わざわざ民間人を危険に晒すリスクを選ばないだろう。
“天使”も“天使”で、どちらかというと人間がピンチのところに助けに入る傾向があるので、戦力が充実していて危なげなくアンノウンに対処できるような戦場には現れないらしい。
「つまり、ダメなやつだ」
この辺りでは“天使”出現の条件が揃っていない。
このままいくと、≪境界なき音楽団≫を〈ミストルテイン〉から降ろすまでの間に“天使”と遭遇できる確率は極めて低い。
「……こうなったらなんとかしてアンノウンを呼び込むしか」
「いやいやいや。何物騒なこと言ってやがるんだお前は」
「冗談です」
「ホントに冗談だよな?」と疑いの眼差しを向けてくるロビンに改めてしっかりと頷いて見せる。それからふとあることが気になった。
「なんでロビン先輩が欧州の防衛事情に詳しいんです?」
「そこはアレだ。元機動鎧パイロットの情報網ってやつ」
「つまり、昔の知り合いに教えてもらっただけですか」
「……その通りだけどつまんねえ言い方すんなよ」
「変なところで遊び心がねえよな」と肩を竦めたロビンの前髪が揺れ、その隙間から右目を覆う眼帯が覗いた。
シオンにとっては出会った頃からそうなので当たり前のものなのだが、もちろんロビンの右目は生まれつきこのようになっていたわけではない。
「ロビン先輩って、右目がダメになってパイロットから技師に転向したんですっけ?」
「まあな。さすがにスナイパーが片目ってのはハンデが大きすぎる」
指を銃のように構えてどこかに向けながらロビンは小さく笑う。
飄々としていて本心がわかりにくいのはロビンも大概だが、どことなく悲しさや寂しさが見える笑みだった。
「なんだ? シオンが人様の過去に興味持つなんて珍しい」
「ぶっちゃけ興味はないですよ? どうでもいいので」
「その発言はアウトだ。俺ですら若干キレそうだぞ」
いつぞやのシャワールームでハルマを怒らせた一件が頭をよぎり、咄嗟に口を手で覆った。
そんなシオンの反応にロビンは呆れたように息を吐き出す。
「ホントお前はさ。たまにとんでもなく人でなしだよな」
「……多少の自覚はあります」
「じゃあもうちょっと改善しろ。試しにさっきの俺への発言もうちょっとどうにかしてみたらどうだ?」
そう促されて、シオンは少し考える。
頭の中で言い回しを吟味してから改めてロビンのほうを向いて口を開いた。
「ロビン先輩が仮に過去になんかやらかしてたとしても、俺は今のロビン先輩のことが好きなので別に気にしないです」
「極端なんだよなー。今度は急に愛が重い」
そんなこと言われても、というのが素直なシオンの感想である。
言葉選びはともかく、最初の言葉も言い直した言葉も紛れもなくシオンの本心なのだ。
本心である以上、シオンは自らの思いを何よりも尊重する。
シオン・イースタルとはそういうものなのだ。
「前々から思ってたけど、お前が恋のひとつでもしたらもう大変なことになりそうだな」
「なんでまた恋の話題に?」
「女連中が騒いでるぜ? あのガブリエラちゃんに惚れてるんじゃねえかってな」
楽しそうな笑みを浮かべたままで投げかけられた言葉にシオンは一瞬理解が追いつかなかった。
「ガブリエラに恋? 誰が……?」
「お前がって話だったんだが、今の反応で違うってのがわかった」
ロビンがつまらなそうな顔になったところで、シオンはようやく理解が追いついた。
確かにガブリエラとは仲良くしているので、外野でそういった話題になっていてもおかしくはないかもしれない。
「でもまあ、うん。ホントみなさんそういう話好きですよね」
「女連中はとくにな。まあかく言う俺も人様の恋バナは結構興味あるんだが」
そう言ってチラチラとシオンに視線を向けてくるロビンにシオンは呆れてしまった。
「何やらご期待いただいてますが、俺にそういったものはないんですよ」
「オイオイ、そりゃあ恋愛するもしないも自由だけどよ。お前の場合ちょっと興味なさすぎじゃねえの?」
すらりと長い腕を素早くシオンの肩に回して距離を詰めてきたロビン。
「ちょっとくらいなんかねえの? オニイサンに話してみな」と期待した様子で寄ってきたなかなかに整っている顔をシオンは躊躇なく手のひらで押し返してやった。
「無いものは無いですよ。そもそも興味だけの問題じゃないですし」
「は?」
「俺の場合、恋愛はしないほうがいいからしないんですよ。まあ現状興味もないですが」
意味がわからないと雄弁に語るロビンの顔から目を背け、シオンはすっかりおざなりになっていた作業へと意識を戻す。
「いや、しないほうがいいとかあんのか?」
「人外界隈ではまあまあありますよ」
作業の手を止めないままシオンがさも当然のことのように話す姿に、ロビンは「マジか」となんとも言えない表情になった。
「……とりあえず、女連中には軽々しくその話題に触れないように忠告しておく」
「別に俺は聞かれても大丈夫ですけど?」
「安心しろ、お前の心配はしてない」
「???」
「……恋バナ好きな連中がうっかり闇の深い悲恋とか聞かされたらさすがに可哀想だろうが」
本気でよくわからなくて首を傾げるシオンにロビンは「これだからたまに人でなしになるやつは……」と盛大なため息をつくのだった。




