1章-強制エンカウント-
「……シオン、アンタ何かあった?」
五か所目のポイントに向かう直前、〈ミストルテイン〉のブリーフィングルームでのミーティング中、ふと気づけばアンナが心配そうにシオンのことを見つめていた。
「え、別に居眠りとかしてないですけど」
「もしも居眠りなんてしてたら、こんな優しく起こさないわよ」
ちょっとおどけて見せた瞬間にすさまじく冷たい声で返された。
「あ、これ殴られるか蹴られるかくらいするやつだ」とシオンは即座に察した。
「あー、ちょっと考え事です」
「…………」
考え事と言っただけで疑いの眼差しを向けてくるミスティ。
ここで即座に噛みついてこなくなった辺りアキトの度重なる説教が効いてきているらしい。
「(物騒なにおいの出所……ではないな)」
においとか言う以前に丸わかり過ぎる敵意なので、あの朱月がわざわざ忠告して来るほどではない。
朱月はミスティのことを言っていたわけではなさそうだ。
となればもっと別の人間ということになるだろうが、人類軍内部でシオンに対してよい感情を持っていない人間なんて気が遠くなる数なので考えるだけで面倒くさい。
というか朱月もそれくらいわかっているはずなので、半分はシオンをからかうための忠告だったのではないだろうか。
「(……深く考えないでおこう)」
シオンもバカではないので常に魔力防壁を展開して自分の身は守っている。
そこまで強力なものではないがそれでもそこいらのアンノウンのものよりは強固なので、ゼロ距離で対戦車ライフルを叩き込まれようと防ぎきれる。
人類軍の誰かがシオンに手を出そうとしているとして、並のやり方では傷ひとつつけられないというわけだ。
一応守りが固めてあるのだし、あとはやられてしまったらやられてしまったでその時どうにかするしかないだろう。
「とりあえず大丈夫なら話進めるわよ」
アンナの確認にひとつ頷いて、ブリーフィングルーム中央のディスプレイと一体化したテーブルに目を向ける。
映し出されているのは五か所目のポイントの地図だが、その大部分は水色になっている。
「最後の出現ポイントは湖よ。しかも出現座標は地表よりも下、つまり湖の中ってわけ」
「魚とか、水棲生物タイプのアンノウンってことですか?」
アンノウンは実のところ呼吸をしていない。
なので、オオカミや鳥の姿のアンノウンでも水中で活動できるのだが、知能らしい知能がないとはいえ苦手な環境にわざわざ出現することはない。
湖の中に出現した以上は水中での活動に特化したタイプなのは間違いないだろう。
「姿は確認できてないから断言できないけど、多分ね」
「だが、急なステルス能力持ちのアンノウンの出現という例もある。これまでと違ったタイプのアンノウンという可能性も捨てきれないだろうな」
アンナに続いて冷静に警戒を示すアキトにシオンは頷いて見せた。
事実、最近のアンノウンの動向はある程度知識のあるシオンから見ても少々おかしい。
過去の事例や、シオンの知識ですら予測のできない存在が新たに出現する可能性は常に考えておかなければいけないだろう。
「作戦としてはいつも通りよ。ポイントに〈アサルト〉が先行。探知を行ってアンノウンの有無を確認。いればそのまま討伐、いなければ周囲を調査するように」
「それはいいんですけど……仮にアンノウンがいた場合、水中にいますよね? 〈アサルト〉の武装って水中戦に向かないんですけど」
〈アサルト〉本体は一応水中でも動けるように気密性も確保されているが、光学系の武装は水中では性能が極端に落ちる。
〈アサルト〉の持つ〈ライトシュナイダー〉にしろ〈ドラゴンブレス〉にしろ光学兵器なので、非常に相性が悪いのだ。
通常、水中や水上でアンノウンとの戦闘を行う場合は専用の武装か実弾兵器を使うのだが、この艦にどの程度それらの用意があるのかシオンは把握していない。
「その辺りの準備は前もって頼んでおいたわ。追加武装を持って出撃するってことなら、〈アサルト〉自体をいじらなくて済むからダメとは言われないしね」
「あー、そういえば試験機は最低限の整備以外ダメなんですっけ? アホらしい」
「本音出てるわよー」
流れるような上層部の悪口に対するアンナのツッコミはまさに“立場上仕方なく”という感じであまりやる気はない。
「ラステル戦術長! さすがに上層部に対して態度が悪すぎはしませんか!?」
「その上層部様のおかげでシオン以外誰もアンノウンの反応追えないどころか、機動鎧部隊三人をセンサーなしなんていう無用な危険に晒してるんだもの。直談判しないだけお行儀いいんじゃないかしら?」
「まったくだ」
やはりというか噛みついてきたミスティに対するアンナの返しまではよかったのだが、紛れ込んできた三人目の声にシオンはぴたりと動きを止める。
別に今の会話にひとり増えたくらいなんでもないことだが、シオンにとってはそうだはない。
何せ、できれば顔を合わせたくない人間が相手なのだから。
「お待ちしておりました。クロイワ班長」
「おう、アンナ。遅れてすまねえな」
ゲンゾウ・クロイワは十三技班の班長。
つまりシオンが全力で避けている真っ最中の人間のひとりだ。
しかも彼は人類軍の技師の中では有名な“カミナリ親父”なわけであって……
「(これカミナリ落ちるやつでは……?)」
古風で曲がったことが大嫌いなゲンゾウが、長く面倒みてきたシオンに突然訳も知らされずに距離を置かれて腹を立てないわけがない。
そしてシオンの知る彼は、いくらミーティング中だろうが怒るときは怒る男だ。
今はアンナと話しているが、次の瞬間シオンに向かって怒声が飛んだとしてもおかしくない。
表情には出さないが内心戦々恐々としているシオン。
だが意外にもゲンゾウはシオンに対して何か言うでもなく作戦に関する説明を始めた。
「〈アサルト〉自体水中でも動けるが水中戦専用ってわけじゃねえんでな。水上から実弾を撃ちこめるように狙撃用のライフルを用意しておいた」
「シオンは射撃が下手なんですが、そこのフォローはできますか?」
「ライフルのほうに照準補正用のパーツは取り付けておく。さすがに必中とはいかねえが、それがあればこのド下手くそでもなんとかなるだろ」
「(めちゃくちゃバカにされてるけど口挟めない……!)」
下手に口を挟んでゲンゾウの意識がこっちに向くのは困る。
まあそれはともかく、ライフルのほうで補助してくれるのはありがたい。
それにライフルの側を改造すれば〈アサルト〉自体には手を加えずに済むので、上に文句を言われる心配はないだろう。
このようなことがもっと大々的にできれば、シオン以外もステルス能力持ちを追えるのだが……。
「準備にはどの程度時間がかかりますか?」
「準備はもう終わってる。あとは出撃時に〈アサルト〉がライフル抱えて出ればいいだけだ」
「助かります」
アキトの確認にすらすらと答えるゲンゾウ。さすがと言いたくなる仕事の速さである。
その返答に頷いたアキトは一度咳払いをしてからシオンへと視線を向けた。
「……では、このままの速度で目的ポイントを目指し、到着と共に作戦開始とする。現在地からなら二時間はかからない。イースタルはすぐに準備を始めろ」
「イエッサー!」
ここでアキトに「すぐに」と言われたのは都合がいい。
ミーティング終わりにゲンゾウに捕まる可能性もあるので、アキトの指示を理由にさっさと退散してしまおう。
ブリーフィングルームから飛び出して不審に思われない程度に早足で廊下を行く。
どうやらゲンゾウは追いかけてきていないらしい。
そのことにひとつ息を吐いてそのまま歩いていたシオンだが、とある船室の前を横切ろうとした瞬間にそこの扉が開いた。
扉がスライドする音に反射的にそちらを向いたシオンの目に映ったのはグローブをはめた大きな人の手だ。
まっすぐに伸びてきた手はシオンの肩を力強く掴み、勢いよく部屋の中に引っ張り込む。
魔法は使えても貧弱な体格のシオンは軽々と引っ張り込まれ、そのまま船室内にあった仮眠用らしきベットの上に押さえつけられた。
室内は暗いが、それでも自分の肩を押さえつけている人間の顔は見える。
それはシオンにとっては見知った顔で、おおよそ状況を察することができてしまった。
「ダリルさん。そのままお願いします。シオンくんは暴れたりしないでね」
シオンを押さえつける少し申し訳なさそうな顔の男、ダリル・バッカスではなくその横に控えたアカネ・クロイワがやんわりと指示を出してくる。
振り払おうと思えばできなくはないが、シオンに十三技班の誰かを傷つける意思はない。
「……逃げないので、とりあえずこの体勢はやめませんか?」
降参というように両手を上げて、シオンはひとつため息をついた。




