6章-仲良し①-
「――ってことがあったんだけど、ガブリエラって結構怖がりだったりするの?」
食堂の端のテーブルでギルの指導のもと導線のゴム部分を剥く作業をこなしていたガブリエラはシオンの質問に対して複雑そうな顔をする。
「確かに、勇猛というわけではないですけど……」
「そういう言い回しするってことは、怖がり認定不本意なんだ」
まあ誰であっても怖がりだの臆病だの言われてはいい気分ではないだろう。
それは所作の上品なガブリエラであっても変わらない。
「俺が気になったのは、この戦艦に乗ってて辛くないのかなってこと」
「あー、確かにな。〈ミストルテイン〉はガンガンアンノウンと戦い倒すし、戦闘の度に怖い思いしてるんだとしたら心配だよな」
直接目にしたわけではないが、戦闘の度に部屋の隅で小さくなるほどだとすればかなりのストレスがかかっているのではないだろうか?
こうしてシオンやギルと機械いじりをするときの彼女は楽しそうであるしよく笑っているが、その裏で精神的に辛い思いをしているのだとすると放っておけない。
「確かに戦闘時は不安になってしまいますが、大丈夫ですよ。……実際に戦っているシオンのほうがずっと大変でしょう?」
「いや、シオンよりマシとかそういう話じゃねえよ」
ガブリエラが心配をかけまいと口にした内容にギルは少しだけ機嫌を損ねたようだった。
「大事なのはガブリエラがどう感じてるか、だろ? ガブリエラが怖えと思ってるなら俺たちなんとかしてやりてえよ」
「それは……」
ギルが珍しく静かで真剣な様子で話をするのにガブリエラは驚いたようだ。
実際、普段陽気に笑っていることの多いギルが彼女にこういった姿を見せるのは出会ってから初めてのことのはず。
「まあ、他人よりマシだからいいって話じゃないだろうしね」
「そう、ですね。……でも、本当に大丈夫です」
「強がり、とかじゃなく?」
「はい」
ギルの確認に対してガブリエラは大丈夫だと改めてはっきり口にした。
ジッとその目を見つめたギルは安心したように表情を緩める。
「それならいいけど、なんかあったら言ってくれよ? 友達ってそういうもんなんだしさ」
「はい、ありがとうございます」
互いに笑い合ってからギルとガブリエラは再び導線のゴム部分を剥く作業に戻った。
「それで、結局何作ることにしたのさ?」
「簡単な無線機。一年目の課題であっただろ?」
「あー、五〇メートルくらい通信できるやつだったか」
技師をして実際に作ったり直したりするものと比べれば玩具のようなものだが、初心者が手を出すには悪くない選択であるし、機械を作った感はかなりあるだろう。
実際ガブリエラは目に見えてウキウキしているように見える。
「材料は技班で余ったのもらえることになったし、場所も端っこなら食堂使っていいっておばちゃんが」
「大丈夫なのか? はんだ付けとかもしないとダメだったはずだけど、においとか」
「そこはシオンが魔法でなんとかするって言っておいた」
「へえ、俺それ初耳なんだけどなー」
「どうせそれくらいちょちょいのちょいなんだからいいだろ」と知らぬ間にシオンの仕事を増やしていたギルは悪びれもせずに言う。
まあ実際なんの負担にもならないのだが、それはそれとしてデコピンは一発お見舞いしておいた。
そんなふたりのやりとりにガブリエラはふふふと小さく笑う。
「本当にふたりは仲良しですよね」
「そりゃもう、親友で相棒だからな!」
「ま、人類軍内じゃ一番付き合いも長いしね」
実際のところ、士官学校に入ってすぐの頃からギルとは関わりを持っている。
一年目のシオンなんて話しかけても大して反応を返さなかったというのに、彼はそれでも離れることなくシオンのそばに居続けた。
「思えば、よくもまああの頃の俺にずっと声かけてきたよね」
「まあ、実際一年目のシオンとかマジでとっつきにくかったよな!」
「そうなんですか? 私はとても話しやすいですけど……」
「いや、本当にめちゃくちゃ丸くなったんだよ。……ま、今となってみれば魔法使いだの神子だのが理由だったんだろうけどさ」
「それ抜きでも、あんまり人付き合い好きなタイプでもなかったしね」
シオンがここまで人と関われるようになったのは、結局のところギルの影響が大きい。
ギルが緩衝材となってくれて人との関わりが増え、その経験からギルがいない中でもある程度人と関われるようになっていった。
それを本人の言うと調子に乗るのでもちろん秘密ではあるのだが。
「でもあれだな。今となってみると、強制的にバレるとかじゃなくて普通に自分から魔法のこととか話して欲しかった」
「それはない。いくらギルでもダメだよ」
確かにギルには話したところで問題はなかったかもしれない。
シオンは例えギルが相手でも恐れられたり拒まれたりする可能性を必ず考えていたが、その一方でギルであれば大丈夫だろうという考えも胸の中にはあった。
それでも、シオンは正体を話そうという考えを持ったことがない。
「どうせ、もしもバレたときに巻き添えにしたくないとかそういうのだろ」
「わかってるなら贅沢言わない。そういう理由だったら俺が折れないってわかってるだろ」
「知ってる知ってる」
テンポの良い会話に置いてきぼりをくらっているガブリエラだが、ふたりのやりとりをどこか楽しそうに見つめていた。
「今の話、何か面白かった?」
「面白いというか、いいなと思いまして……」
何がいいのかわからないというふたりの考えはガブリエラから見ても明らかだったのか、彼女は言葉を選ぶように少し視線を彷徨わせる。
「雰囲気も、性格も……こう言ってはなんですけれど生き物としても違っているふたりなのにとても仲良しで、通じ合っていて。そういうのを見ると幸せな気持ちになるんです」
「そうかぁ? 別に特別なことでもねえと思うけどな」
「いいえ。特別なことですよ」
ガブリエラの言う通り、意外とそれは難しいことなのだ。
だからこそ旧暦の時代において人間は何度も争いを繰り広げてきたわけであるし、今もまた人間と人外という隔たりが争いを引き起こしている。
「この世界の誰もが……人間同士はもちろん人間とそうではない存在もみんな含めてふたりのようになれたらいいのに、なんて思ってしまうんです」
そんな風に話しながら、ガブリエラは優しく微笑む。




