6章-黒づくめの少年②-
道の真ん中で話をするわけにもいかないと、近くにあった公園へと場所を移した。
幸い式典まではまだ時間があるのでトウヤの話を聞く余裕はある。
「……結論から言うと、君は自分がどういった人外なのかわかっていないと」
アキトの確認にトウヤはこくりと頷く。
こちらを真っ直ぐに見返す夕焼けのようなオレンジの瞳にウソは感じられない。
アキトも同じように感じたのか、トウヤを追求するのではなくシオンに小声で話しかけてくる。
「自分がなんなのかわからないなんてことがあり得るのか?」
「別におかしくもないと思いますよ。俺だって“神子”がなんなのかちゃんと知ったのは“神子”の力に目覚めてからでしたし」
自分がどういった人外なのかというのは、案外難しいこともある。
親が人外であるなら親から聞けばわかることであるし、木や岩などの自然のものがルーツの場合はなんとなく感覚でわかったりもするらしい。
しかしそういったわかりやすいパターンばかりというわけでもなく、知恵のある人外などに聞かなければわからないなんてことも珍しくはない。
実際、シオンが“神子”がどういう存在なのかという基本の知識や≪天の神子≫としての固有の性質を理解しているのは、師匠である魔女が教えてくれたからである。
彼女と出会っていなければ目の前のトウヤと同じような状況になっていたかもしれない。
アキトへこそこそと説明を済ませたシオンは不安そうにしているトウヤの前で少し身を屈め、ちょうど自らの胸くらいの高さにある顔と目線の高さを合わせた。
「で? 自分のこともちょっとわからない君がどうしてこんな町でひとりでいるの? 保護者とかそういうのはいない?」
「僕はひとり、なんだ。秘密の場所から勝手に飛び出してきちゃったから」
「家出少年ってこと?」
「家出……?」
「えっと、暮らしてるところが嫌になって飛び出してきちゃうみたいな」
シオンがそう説明すればトウヤは弾かれたように首を激しく横に振った。
「嫌になったわけじゃないよ! 確かにここと比べると寂しいけれど、とても大切な場所だから……」
「じゃあなんで勝手に飛び出したりしたの?」
「…………」
シオンの問いかけにトウヤは口を噤んだ。
視線は少しさまよっていて、話すかどうか悩んでいるように見える。
「どうしても話したくないなら無理には聞かないぞ」
「そうだね。秘密の場所って言うくらいだし、話せる範囲でいいよ」
アキトとふたりで安心させるように語りかければ、数秒ほど迷う素振りを見せてからおずおずと口を開いた。
「秘密の場所のことだから、あんまり話せないけど……助けたい人がいるんだ」
「助けたい?」
「うん。すごく大切な人だから絶対に助けたいけれど、秘密の場所じゃ方法がわからなくて」
だからその方法を探して飛び出してきたのだと、そういうことらしい。
「助ける方法……詳しく聞ければ知恵を貸せるかもしれないけど」
「……詳しくは話せない、かな」
「それは難しいな」
「まあ、人外界隈になると人間社会以上に閉鎖的な場所や集団があったりしますから」
≪母なる宝珠≫の登場でマシにはなったものの、人外社会を広く見渡せば依然として閉鎖的で周囲と交流を持たない集団や組織は存在する。
トウヤが飛び出してきた秘密の場所とやらがそういった類のものなのだとすれば、部外者であるシオンたちに軽率に話ができないことも含めておかしな話でもない。
「でも、そんな調子じゃ方法探しとか無理があるんじゃ……」
「僕が強くなればなんとかできそうだから、方法を探しながら修行の旅をしてて」
つまり、トウヤは生まれ育った場所から飛び出して武者修行の旅をしているような状態らしい。
「……君、まだ十代前半だろう? それで一人旅というのは大変ではないのか?」
「大変だけど、あの人を助けるためなら……」
「人外界隈ならこれくらいの年齢でも案外自立してるもんですよ」
アキトはまだ小さいトウヤがひとりで旅をしているのをずいぶんと心配しているようだが、トウヤ本人とシオンの反応は軽いものである。
「一応言っておきますけど、少なくとも俺たちで保護なんてのは論外ですよ」
「……わかってる」
普通トウヤのような子供の一人旅となると保護してやるのが大人の対応だが、トウヤが人外であることを考えると人類軍で保護などすればむしろどんな扱いを受けるかわかったものではない。
人類軍としての立場を優先するなら有無を言わさずトウヤを捕獲すべきではあるのだろうが、アキトにその気はないらしい。
「でもまあ、多少のお節介くらいは許されるよね」
シオンは自らの手を握ると魔力を込めて小さな魔力の結晶を作り出してトウヤに渡す。さらに自らの影から取り出した小さな冊子も同じように手渡した。
「これは?」
「俺の魔力を込めた結晶と≪魔女の雑貨屋さん≫の店舗が載ってるガイドブック。食べ物とかに困ったら店に行ってこの結晶を見せて俺の名前を出すといい。俺のほうで支払いは全部してあげるから」
「ええ⁉︎ そんな、悪いよ!」
「気にしない気にしない。子供は大人に甘えとけばいいんだよ」
トウヤが遠慮しようとするのを軽い調子で窘める。
しばらくそんな問答を続けたが、シオンに折れる気がないとわかったの最終的にトウヤはポケットに結晶とガイドブックをしまった。
「っと、艦長。そろそろ行かないと式典に間に合わなくなりますよ」
「そうだな……行くか」
「そういうわけだから俺たちは行くよ。トウヤも元気で。何か俺に頼みたいこととかあれば、≪魔女の雑貨屋さん≫の店で伝言頼んでくれればいい」
そっとトウヤの頭を撫でれば、彼は一瞬驚いてから心地良さそうに目を細めた。
「――ん、」
「へ?」
「あ、いやなんでもないよ。シオンお兄さんも、アキトお兄さんも、本当にいろいろありがとう!」
そう言って笑顔を浮かべたトウヤは次の瞬間には風と共に消えた。
「……それなりの力のある人外なんだな」
「そうですね。一応“天使”とは別物だってのは確認済みですけど」
空間転移で幻のように消え去ったトウヤを見送り、シオンとハルマは本来の目的地である式典会場へと向かうのだった。




