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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
6章 白き者、黒き者
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6章-黒づくめの少年①-


欧州のとある都市。

穏やかな昼下がりに多くの人や車が動いている。


都市は大都市というには一歩及ばない規模ではあるのだが、本日の人通りは普段と比べるとずいぶんと多い、らしい。

というのも現在この都市ではとある催しが行われているのだ。


欧州復興記念式典。


五年前に起きた欧州全域における大規模なアンノウン被害。

欧州において、旧暦以降最大の死者数と被害額を記録した事件からの復興と慰霊を目的とした人類軍欧州支部の主導するイベントだ。


この式典だが、一度のみ実施されるものではない。


欧州全域の特定の都市、主に五年前の被害から復興した都市を順番に巡っていくもので、式典そのものが東から西へと向けて移動していくような形になっている。


この都市での式典もあくまで最後の都市へたどり着くまでの途中のものでしかないが、イベントとしては十分に規模が大きい。

観光客はもちろん、ビジネスチャンスを狙った企業なども式典に合わせて都市へと集まって来ているというわけだ。


「そして≪境界なき音楽団ボーダレス・シンフォニー≫の公演も全部ではないけどおおよそこの式典に合わせて行われているのでした、まる と」


そんな賑わう町の小さなカフェ。そのテラス席でシオンはアイスカフェオレのカップ片手にそんな事を口にしていた。


「なんだ今のは」

「状況整理の独り言みたいなもんですよ」


対面のアキトとなんでもないことを話しつつストローを吸えば、すっかりカフェオレそのものが少なくなって氷ばかりになったカップから空気を吸うだけ間抜けな音が鳴る。


「それにしても、艦長と俺だけでお出かけなんて初めてじゃないですか?」

「確かにそうだな。……ひとりでお前のお守りをすると思うと少し不安なんだが」

「そう思うなら、せめてあとひとりくらい手配しときましょうよ」


シオンとアキトがこうして町にいるのは、もちろんプライベートな外出などではない。言うまでもなく人類軍としての仕事だ。


事の始まりはつい三日前。

この都市の人類軍基地に無事に到着して、基地の責任者と挨拶をした時のことだった。


「せっかく式典の行われる都市にいるのだから、ぜひ参加してくれないだろうか」


基地責任者と都市の代表からの打診。

〈ミストルテイン〉の代表であるアキトにそういった話が来るのは別に驚くことでもなんでもないのだが、問題はアキトと一緒にシオンにも話が来たことである。


もちろん、シオンは驚いて詳しく事情を聞いた。

そうして聞き出したあちら側の話をざっくりとまとめると、客寄せパンダ(・・・・・・)である。


現在のシオンの世間的な立ち位置は「人類軍に協力する魔法使い」である。


顔写真や大まかなプロフィールこそ公式に公開されているがそれ以外の情報は人類軍の管理の下ほとんど出回っておらず、向かう感情の善し悪しはともかく、世間的な注目度は高い。

特に最近の欧州では“天使”出現に引っ張られる形で新聞にシオンの話題が載ることも多く、他の地域よりも一際注目度が高いという。


そんな地域で人類軍の式典にシオンが登場するとなれば、話題作りにかなりの効果が望めるのは間違いない。


もちろんシオンの存在そのものに否定的な人間も存在するので単純に誰もが喜んでくれるというわけでもない。

しかし少なくとも人類軍に喧嘩を売るほど過激派というわけでもないので、直接的な行動に出ることはないので、シオンの参加でデメリットが発生する可能性は低い。


往々にして、真面目な式典というのは退屈ゆえにあまり受けが良くない。

しかしそこに有名ではあるが表舞台にほとんど出たことのない人物が現れるとなれば一気に注目度は上がる。


要するに、シオンを登場させて何をさせたいというわけではなく「シオン・イースタルが参加する」という事実だけでいいのだ。

それだけで式典に呼び込める層はある程度存在する。そして多く人を集められればそれだけ町にお金を落としてくれる。


ざっとこういったことを何枚ものオブラートと表現の工夫によって誤魔化し誤魔化し聞かされた次第である。


さらに上層部にもすでに許可をもらっていると言われてしまえば、もちろんシオンに拒否権などというものは存在しなかった。


「そろそろ本格的に肖像権とかタレント料の交渉に入ろうかと思うんですがどうでしょう?」

「俺を通さないでくれるなら好きにしろ」


面倒なことに俺を巻き込むなよ。という副音声が聞こえてきそうな発言と共にアキトは空になったコーヒーカップをテーブルの上に置いた。

互いにドリンクを飲み終えたふたりはどちらからともなく席を立ってカフェを出る。


「賑わってますねえ。町も綺麗ですし」

「ああ。この都市は相当な被害にあったと聞いているんだが、よく五年でここまで復興したもんだ」


世間話をしながら私服姿のアキトと並んで町を歩く。

普通に考えれば式典に参加する以上は会場まで車などを使って移動すべきではあるのだが、シオンとアキトはあえてそれを断った。

シオンはどちらでもよかったのだが、アキトがそう言い出したので従った形だ。


「こうして町をのんびり歩くのは久しぶりだ」

「艦長はお忙しいですからねえ。もうちょっと副艦長辺りに仕事押し付けてもいいんじゃないですか? あの人、艦長のためなら喜んでやってくれますよ」

「残念ながら人に仕事を押し付けるのは趣味じゃないんでな」


式典に参加する際には軍服を着る必要があるのだが、それらはアキトの分も含めてシオンの影という便利な収納スペースにしまい込んである。

そういうわけで現在のシオンとアキトは私服姿だ。


シオンはもちろんだが意外にもアキトもラフな私服を好むようで、本来の年齢も相まってどこかの大学生のようにも見える。


「一応聞いておくが、顔が売れてるお前がそうも普通に歩いて大丈夫なのか?」

「もちろん、安心安定の認識阻害で誤魔化してありますよ」

「そんなことだろうと思った」


なんてことのない会話を繰り広げながらのんびりと町を歩く。


そんな時だった。


「おごふっ!」


シオンは正面から歩いてきた小さな人影と真正面からぶつかった。

単純にぶつかっただけならまだよかったのだが、真正面かつ無警戒、さらに運悪く人影の肘がシオンの肘に決まったこともあって妙な悲鳴が漏れ出てしまった。


「君、大丈夫か⁉︎」

「艦長、そこは俺を心配してくれませんかね……」

「お前ならあれくらい大丈夫だろ」


迷わずシオンではなく尻餅をついてしまっている人影の方を助けに入るアキト。

確かにシオンがアキトの立場でも同じことをするだろうが、それでもちょっとはこちらを心配してもらえないだろうか。


「あの、ごめんなさい! ちゃんと前を見てなくて……」


長めの黒髪に黒の半袖パーカー、さらに黒のハーフパンツという黒づくめの人影が素早く立ち上がってしっかりと頭を下げて謝罪した。

よく見れば性別が男であるのがわかるが、まだ声変わりもしていないこともあって少女のようにも思える中性的な少年だ。


「なんだかすごい声が出てたけど……」

「いや、大丈夫。確かにいいところに肘が入ったけどそれだけだから」


妙な悲鳴に驚いたのか深刻な表情で心配している彼に、シオンは安心させるように微笑んで見せる。そうすれば彼の緊張も多少は解れたようだ。


「それはそれとして、ちょっと聞いてもいい?」

「何を?」

「君さ、人間ではないよね(・・・・・・・・)?」


仮にただの人間であればシオンにぶつかるはずがないのだ。

認識阻害の術により無意識の内にシオンを回避するはずであるし、未だ術が機能している以上こうして会話することなどできない。


そして少し魔力の気配を探れば、シオンがこれまで感じたことのない種類の気配がする。少なくとも人間ではない。


「君は、()?」

「僕は、トウヤです。なんなのかは……ちょっとよくわからなくて」


困ったように、気まずそうに、人ならざる少年――トウヤは答えた。


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