1章-格納庫にて-
人類軍技師の朝は早い。
そんなどこかで聞いたワードを思い浮かべつつロビン・フォレスターは大きな欠伸をした。
というか、この十三技班においては朝や昼なんてあまり関係ない。
十三技班は実力に定評のある技術班だが、その一方で変人や訳ありの技師が集まっているという悪名高い技術班でもある。
そのせいなのか、他の技術班に比べると人数が少ないという問題を常に抱えているのだ。
もちろん軍の人事には掛け合って追加人員を手配してほしいと頼んではいるのだが、広まってしまった悪名のせいでなかなか人が来てくれない。
それでも今年はシオンとギルという期待の新人がふたりも来てくれると喜んでいたのだが、ふたを開けてみるとシオンは魔法使いだとかで来れず、シオンがあんなことになったせいでギルもコンディションがいいとは言い難い状況。
加えて人数が少ない分技師同士の仲がいい十三技班なので、シオンのことを気にしているメンバーはギルに限らず多い。
外部の人間は知る由もないが、シオンとギルは学生時代から研修として十三技班に来てくれていたので、技班のメンバーはふたりをかなり可愛がっていた。
ダルタニア軍士官学校の技術科は即戦力の育成に力を入れているので、入学した年の九月には実際の技術班での研修を開始する。
どこの技術班に行くかは生徒の希望制なため、変人の巣窟などと言われる十三技班にこの研修で学生が来たことなどほとんどない。
その状況下でふたりも学生が来てくれただけでも驚くべきことなのだが、それが技術科首席と実技だけなら五本指に入る生徒。
まだ声変わりもしていない十二、三の子供。
しかもこちらが教えることを素直にどんどん吸収していくとなれば可愛くないわけがない。
ロビン自身、技術面はもちろんスナイパー時代の射撃テクまで教え込んでしまったくらいだ。
そんな可愛がっていたシオンがこっちを避けるわ、同じく可愛がっていたギルは元気がないわで人知れず十三技班内では混乱が広がっている。
それをどうにか解決すべく、ロビンたちはハルマに強引に協力を取り付けてまでシオンを捕まえようとしているわけである。
だが、状況はあまりよくない。
強引に協力させたハルマは真面目な性格なので、結局はしっかり協力してくれている。
ハルマの友人であるリーナとレイスにも協力を頼んでくれたかと思えばシオンを目撃すれば場所を教えてくれるし、技術班では把握しにくい範囲の作戦スケジュールも軍規に反しない範囲ではあるが共有してくれる。
「ハルマがいい子過ぎて心配になってくる」と「強引に巻き込んだのにここまでしてもらって罪悪感が……」などの感想がメンバー内で飛び出てくるレベルである。
しかし、それだけのサポートをしてもらって待ち伏せなどを試みても上手くいかない。
それはシオンが本気でこちらを避けている証拠でもあった。
「(そこまで俺たちと口利きたくないってことかよ)」
そう思うと、本当にシオンを捕まえてまで話をすべきなのか疑問に思えてきてしまう。
そんな不安をため息と共に重々しく吐き出したところで、側頭部に何かが当たった。
スコーンと間抜けな音の直後蛍光色のコップが床を転がる。
「ちょっとロビンさ~ん! 早くこれ見てくれないとアタシのゲーム時間が減っちゃうじゃないですか~!」
少し離れた位置にある電子機器が積み上がっているスペースにいる女性の名前はカナエ・ミナミ。
ロビンたちと同じく十三技班のメンバーのひとりだ。
「だからってコップ投げるやつがあるか!!」
「プラスチック製っすよ? 元軍人のロビンさんなら屁の河童では?」
「お前、俺のことなんだと思ってんだ?」
「女たらしクソ野郎っすね」
「わかった、お前喧嘩売ってるな?」
カナエのところに走り寄るとその年齢の割に小さすぎる体の両脇に腕を差し込んで持ち上げてやる。
身長差がかなりあるのでまるで子供を高い高いしているかのような構図になる。
「なあ! また子供扱いする! というか普通にセクハラっすよ!!」
「安心しろ。少なくともお前は俺の好みじゃない」
ぎゃんぎゃん小学生並みの喧嘩を繰り広げるロビンとカナエ。そんなロビンの背後にのっそりと大きな人影が立つ。
「ロビン」
低く小さな呼びかけのあと、カナエの体が素早く奪われる。
奪った褐色肌の大男の名前はダリル・バッカス。やはりこの十三技班の技師である。
十三技班で一番の長身の彼がカナエを抱き上げているとまさしく親子にしか見えないのだが、カナエはロビンに抱えられていたときと違って大人しくしている。
「オイ、ダリルには子供扱いだって文句言わねえのか?」
「ダリルさんは別にいいんで。というかロビンさんがダメなだけっすから」
また可愛くないことを言うチビッ子とロビンの間でまた火花が散るが、その間にズイとグローブに覆われた左腕が割り込む。
かと思えば次の瞬間、割り込んできたダリルの左腕が変形して盾のようなものが展開された。
「…………」
「……オイ、義手に盾仕込むとか今度は誰の入れ知恵だ」
ダリルはかつての戦争で左腕と両足をなくしている。
それ以降義肢を使い始め、今となっては自分で義肢を開発するようになったのだが、最近は十三技班の変人たちの入れ知恵による魔改造が度々見られている。
ちなみに今回の犯人は盾を挟んだロビンの反対側でぴゅーぴゅー吹けてもいない口笛を吹いている女ではないかと思われる。
まあロビンも昔ボウガンを仕込んではどうだと提案してしまったのであまり人のことは言えないのだが。
「…………」
犯人を言うでもなく言葉を発さないダリルだが、彼は元々ほとんど喋らないので通常運転だ。
とりあえず目で「ケンカはやめろ」と訴えかけられているのはわかったので、ロビンもカナエも息をひとつはいて仕事に戻る。
「さっすが仕事が早えな。助かる」
カナエに頼んでいた仕事をチェックすればできは完璧だった。
これで普通の技師の半分以下の時間で片付けてるのだから、カナエの能力の高さがうかがえる。
「それはそうと、ロビンさんたちシオンくん捕まえようとしてるって聞いたんすけど……」
「……ああ、お前は反対派だったか」
ハルマを巻き込んでシオンを捕まえようとするにあたって、ロビンたちは十三技班内での各個人の意見を確認した。
結果、だいたいは捕まえるのに乗り気だったが、一部反対派がいた。
カナエとダリルは数少ない反対派だ。
「シオンくんなら何か考えがあるんだろうし、外野が引っ掻き回すのもどうかと思うっすよ」
「…………」
カナエの言葉にダリルも頷いて同意を示す。
確かにその考えも分かる。だが――、
「アイツ、すぐ隠し事するだろ。迷惑かけるだとかなんとか言ってな」
例えば体調が悪くても作業をしようとしたり、校内で面倒な連中に絡まれていても何も言わなかったり。
何でもかんでも自分で解決しようという意識が強い。
同い年のギルならすぐに泣きついてくるだろうに、シオンはそういうところで可愛げがなかった。
カナエとダリルにも心当たりがあるのだろう。
ロビンの言葉に対して反論してくる様子はない。
「正直アイツの事情はわかってない。けどな、事情なんて聞かなきゃわからねえよ」
だからまずは捕まえて聞く。というか吐かせる。
その後どうするかは聞いてから決めればいいだけだ。
何もできないまま、重要な何かが終わってしまっては遅いのだから。
ロビンが意見を曲げる気が無いことを察したのか、カナエがわざとらしくため息をついた。
「何言っても無駄っぽいし好きにしてください。でも、協力者かなんだか知らないっすけど、最近技師以外の出入り激しすぎません?」
「……は?」
「だから、最近格納庫にやたら技班以外の人が来てて、コミュ障のアタシは迷惑してるんすよ」
「いや、知らねえけど……?」
ぷりぷり文句を言ってくるカナエだが、ロビンには本当に心当たりがない。
「え? じゃあなんなんすかあの人たち」
「俺が聞きてえわ。少なくとも技班以外の協力者はハルマたち三人だけだし……」
では、カナエが見かけたという部外者は何者なのか。
「艦内って狭苦しいし、天上が高くて開放感のある格納庫に来たい気持ちはわからなくもねえが」
「う~ん、そういうやつっすかね? アタシ戦艦乗るの初めてなんでわかんないけど」
「…………」
ダリルも沈黙しつつも不思議そうにしているので心当たりはなさそうだ。
「おーい、ダリルさん。少しいいかしら?」
遠くからダリルを呼ぶのは副班長のアカネだ。それにひとつ頷いたダリルは彼女のもとへと向かっていく。
「とりあえず、次ハルマくんたち以外の部外者見かけたら追い返したほうがいいっすかね」
「まあな」
技師以外が格納庫をうろついていると部品の運搬などのときに邪魔であるし、事故の原因などにもなる。
今後見かけた場合は注意を促したほうがいいだろう。
「……でも、アタシ知らない人に話しかけるとか無理なんで。その時はロビンさん呼びますね」
「それくらい自分でやれよ」
「ムーリーでーすー」
こうして、再び小学生並みにケンカのゴングが鳴るのだった。




