6章-楽しいランチタイム②-
昼食時を少し過ぎた食堂はピークを過ぎていたようで、三人はあまり苦労せずにひとつのテーブルにつくことができた。
シオンはいつものごとく甘いもの中心のドーナツまみれ、ギルは質より量とばかりに大量のサンドイッチ。
それと比べてガブリエラのチョイスはと言えば、パン、肉、スープにサラダと非常にバランスは取れている。
そう、バランスは取れているのだが――、
「……意外に食べるんだね」
「それは……よく言われます」
バランスは取れているのだが、簡単な話全てが大盛りである。
総合的な物量としてはシオン以上、ギルと同等と言ったところだろうか。
「っていうかそれ物理的に入るのか? ガブリエラ、シオンよりも小さくて細いのに……」
「確かに体格的にはパンだけでも胃袋一杯になりそうだけど……」
「それについては私自身も少し不思議なんですけどね……食べた物がどこか別の空間に飛ばされているのでは、なんて言われたこともあります」
ちなみにこの会話、全員食事を進めながら行われている。
実際目の前でひょいひょいとパンや肉などが口に消えていく様を見せつけられると、その言葉には大いに同意したくなってくる。
「その速度でその量食べてるのに上品に見えるのがまた変な絵面だよね」
「あー、確かに。俺たちはファミレスなのに、ガブリエラのとこだけ高級レストランみたいになってるな」
「あう……」
シオンとギルとしては純粋に感心したというか、褒め言葉としてのニュアンスだったのだが、ガブリエラはふたりからの言葉にシュンとしてしまった。
「……もしかして、こういう風に言われるの好きじゃなかったか?」
「好きじゃないというか……その、なんとなく距離を置かれてしまうのが少し寂しいというか……」
ギルの質問に対してガブリエラはごにょごにょと俯き気味に話す。
「確かに、一般家庭とは言えない家で生まれ育った身ではあるんです。でも、だからといって遠慮されたり、壁を作られたりするのは少し悲しいというか」
「「ああ、そういう」」
つまり、もっと普通の友人のように人と接したいのに、その身から出てしまっている上品な雰囲気のせいでちょっと距離が置かれてしまうのが悩みらしい。
そういえば、人類軍では有名なミツルギ家の令嬢であるナツミも、お嬢様扱いされるのをあまり好まない。
ナツミの場合はミツルギ家自体が割と庶民派なことと本人の性格のおかげもあってそういった扱いを受けることは決して多くはないのだが、ガブリエラの場合は彼女の浮世離れした外見や上品な言動から自然とそういう扱いを誘発してしまうのだろう。
「わかった。そういうことなら俺たちは普通の友達として接するようにするな!」
「それを明言する時点でなんかズレてる気もするけどね」
「そういう細かいことは置いとこうぜ」
ギルの提案に一応ツッコミ入れたが、シオンも別に反対なわけではない。
本人がそうしてほしいと言っているのだから、そういう風にしてやるのが一番なのは間違いない。
「じゃあ早速だけど、そのパン旨そうだから俺のサンドイッチと交換しようぜ!」
「へっ⁉︎」
ギルのマイペースな提案にガブリエラが妙な反応を返す。ただ嫌というわけではなく単純な驚きのようだ。
「昼飯の交換。友達なら普通にやったりするぞ?」
「そ、そうなんですね! 知りませんでした……」
ギルの説明にガブリエラは一転して少し嬉しそうな顔になる。
ただ、不慣れな彼女にギルのペースで友達としてのあれこれをやろうとすると、なかなかのカルチャーショックを与えるのではないだろうかとシオンは少し不安になった。
「とりあえず、俺のドーナツもそのパンと交換しようか」
嬉しそうにギルと昼食を交換し始めたガブリエラを見ていて細かいことはどうでもよくなった。
そうこうしている内に三人とも食事を終え、各々ココアやコーヒーを用意して一服する。
「急にこんな戦艦に乗る羽目になっちゃったわけだけど、不便とかない? ≪境界なき音楽団≫の人たちの中でこっそり人類軍の悪口とか流行ってたりしない?」
「いえ。むしろ皆本当に感謝してるんです」
「ホント? 別に聞いても艦長にバラしたりしないからぶっちゃけてもいいんだよ?」
「シオーン。お前、悪口聞きたがってるだけだな」
シオンのしつこい質問にもガブリエラはふるふると首を横に振るだけだった。
「本当に悪口なんてないんです。こうやって専任で護衛してもらえたおかげでスケジュールが安定しましたから」
ガブリエラが言うには、こうして〈ミストルテイン〉に乗る以前は移動のスケジュールが乱れてしまうことが多く大変だったらしい。
シオンたちが≪境界なき音楽団≫を助けたあの夜も、スケジュールがズレにズレてしまった中、せめて本番の前日にリハーサルができるようにと深夜の移動を強行した結果だったのだとか。
「おかげさまで先日の公演についてはちゃんと本番三日前に現地入りして入念に準備した上で臨めました。私ももちろん、皆とても喜んでましたよ」
「そういえば、ガブリエラって演奏する人なのか? 裏方の人なのか?」
「私はハープを担当してます。……とはいえ。まだ半年程しか所属してないのでたまに出るくらいなのですが」
ガブリエラが所属する前からハープ担当はいるため基本的にはその先輩がメインのハープ奏者で、その先輩の負担を減らしたりといったサポートのような役割をしているに過ぎないのだとか。
「だとしても、あの演奏に参加できる腕があるってことだよね? 俺たちと同じくらいの年なのにすごいなー」
「いえ、私なんて習い事としてやっていただけですからまだまだ……それに私はふたりの方がすごいと思いますよ」
「シオンはともかく、俺も?」
「はい。ふたりともあんなに複雑そうな機械を直したり作ったりしてるじゃないですか」
そう言いながらこちらを見るガブリエラの目は輝いていて、「尊敬しています」という感情がだだ漏れだった。
「私、ふたりが格納庫で働いている姿を見ていてすごいなとずっと思っていたんです。ああいった機械のことを理解しているというのもそうですけど、自分より年上の方々に囲まれながらも自ら積極的に働いているところとか……私と違って自立しているんだなと」
「お、おう……」
唐突に心の底からのものとわかる褒め言葉を浴びせられて、ギルですらも少し押され気味になっている。
特にシオンはそういったドストレートな好意に弱いので、言葉も出てこない。
「俺たちは学校で勉強したからこういう風にできるだけで、同じように勉強したらガブリエラだってこれくらいできるかもしれねえよ?」
「ガブリエラは頭良さそうだし、もしかしたらギルよりできるかもね」
「そういうこと言うなよな! 実際そうかもだけどさ」
照れ隠しもあってふざけてしまったギルとシオンだが、対面に座るガブリエラは何かを考えるように少し俯いている。
予想していなかった反応にシオンとギルが顔を見合わせていると、ガブリエラは何かを決意したかのように「あの!」と大きめの声を発した。
「あの、もしよければなんですけど、私に機械のことを教えてもらえませんか?」




