6章-見られてはならないもの-
〈ミストルテイン〉は≪境界なき音楽団≫を乗せて基地を出た。
とはいえ、次の目的地までは半日もかからない。
通常戦艦というものは補給などの必要がなければ基地に降りることはないのだが、今回は半分旅客機のような扱いとなるでの、ひとつひとつの移動はとても短く、基地への停泊もこれまででは考えられないほどの頻度になるだろう。
「それで、お前はなんの用だ?」
〈ミストルテイン〉が出航してすぐにブリッジへとやってきたシオンにアキトは不思議そうにしつつシンプルな問いを投げかけた。
実際、このタイミングでわざわざシオンがブリッジのアキトのところに現れるのになんの理由もないはずがない。
「とりあえずお疲れ様でしたとありがとうございましたを伝えに」
「……本当にな。急な横槍に欧州支部の一部はずいぶんと不満そうだったぞ」
「一部で済んだんですね」
「感情を抜きにするなら俺たちが護衛を引き受けるのは悪い話じゃないからな。主に面子なんかを気にするお偉い様方が渋い顔をしていたくらいだ」
人類軍はなんだかんだと一枚岩ではないし、権力争いはある。
今回の場合、欧州支部だけで無事に復興記念の式典をやり遂げて支部の力を世間の人々や他の支部に見せつけようというような思惑があったのだろう。
そこに上層部からの横槍があったとなれば気にする輩も当然出てくる。
「そういう人々を説得するのが一番骨が折れる」と言い添えたアキトにシオンは改めて「ありがとうございまーす」と礼を言っておく。
「でも、おかげさまで“天使”をこっちのテリトリーに引きずり込めたわけですし、そんな連中が文句なんて言えないように確実に成果はあげましょう」
「頼む。でなければここぞとばかりに好き勝手言うだろうからな」
「艦長、気持ちはわかりますがあまりそういうことをあけすけに口にするのは……」
ミスティの指摘に軽く咳払いをして、改めてアキトはシオンへと視線を向ける。
「それで? ただそういうことを伝えにきただけでもないだろ」
「最近、察しがよすぎてちょっと気持ち悪いですね」
「なんとでも言え」
ふざけあいもそこそこにシオンは本題へと話を進めることにする。
「艦長にはフォルテさんとの接触をできるだけ減らして欲しいんです」
「……また急な話だな。理由は?」
「まさか、彼が“天使”なのですか……?」
ミスティの推測にシオンはすぐに首を振った。
「少なくとも、フォルテさんとナタリアさんのふたりは“天使”ではないと見ていいはずです」
「その根拠は? まだ調査は始まったばかりなのでしょう?」
「あのふたりが“天使”の魔力を発してたなら、シルバが俺のにおいに気づくタイミングはもっと前になってたはずです」
シオンがフォルテとナタリアのふたりに初めて接触したのは、彼らを助けて顔合わせをしたときのことだった。
仮にふたりのどちらが“天使”なら、顔合わせの時点でシオンや他のメンバーも痕跡が残り、その直後にはシルバが気づいていたはず。
リハーサル見学から戻ってきたときに初めて気づいた以上、フォルテとナタリア以外の団員が“天使”であると見ていいだろう。
「もちろん一〇〇パーセントそうだって言い切れるわけではないですが、八割がたシロだと考えていいはずです」
「なら、どうして俺が彼との接触を避ける必要がある? “天使”ではないなら危険もないだろう」
「これは、どっちかというとフォルテさんの危険の話なんですよね」
シオンが危惧しているのは最初からアキトの身ではなく、フォルテの身だ。
フォルテの生命を守るために、アキトとの接触を避けたほうがいい事情がある。
「フォルテさんの目なんですけど、俺の目から見てもなかなか性能がいいみたいなんですよね」
「確かに、初対面でお前を“神”のようだと言い当てたくらいだからな」
「そんなフォルテさんが艦長をまじまじと見た場合、〈光翼の宝珠〉の存在まで行き着く可能性があります」
「それはあり得そうだな。だが、こちらから事情を話さなければ核心までは到達しないんじゃないか?」
確かに、フォルテの見るものはイメージのようなものなので、対象の名前や具体的にどういうものなのかを見抜くことはできないだろう。
こちらからそれらの情報を与えなければ、せいぜい“とても神々しい力を感じる”くらいのことをポエミーに語るだけかもしれない。
「ただ、それを〈光翼の宝珠〉自体が許容してくれるかは別問題だと思うわけです」
「……どういう意味ですか?」
戸惑うミスティとは逆にアキトはシオンの言わんとしていることを察したようで表情が険しくなった。
「つまり、探られることを嫌った宝珠がフォルテ代表に攻撃を仕掛ける可能性があるのか」
「そうです」
シオンがほんの少し探りを入れようとしただけで宝珠は攻撃を仕掛けてきた。
単純にシオンを邪なものと見なしたのか、探られたこと自体に拒否反応を示したのか、宝珠の真意は今もはっきりとわかってはいない。
そして、フォルテがそういった攻撃対象になってしまう可能性も十分にあるわけだ。
「俺なら無意識レベルでも魔術への抵抗力がありますし、朱月の機転もあって最低限のダメージで済みましたけど、フォルテさんにはそのどっちもがない。となると下手すると……」
「ノーガードで宝珠の攻撃を受けてあのときのお前以上のダメージを受けかねない、というわけか」
「まあ、正直ノーガードでくらったらあの世行きでもおかしくないですよね」
シオンで軽めに吐血したのだ。フォルテが同じものをくらったら大量の吐血でそのままお陀仏なんて展開もないとは言い切れまい。
「理解した。接触どころか、彼の視界に入らないくらい徹底したほうが良さそうだな」
「それが可能ならぜひ」
「であれば、代表と話をする必要がある場合は私が代行しましょう。ブリッジや艦長室のあるような区画には立ち入りをご遠慮いただいているので、こちらから近づかない限りは視界に入る心配もないはずです」
アキトとミスティが段取りを話し合っているのを見つめつつ、シオンは内心で大きく息を吐き出した。
「(これで、俺の心配もなくなる)」
フォルテの身を案じていないわけではないが、この申し出の本当の狙いは別にある。
「(これで、うっかり≪月の神子≫関連のことを見抜かれることはなくなるはず)」
ハルマのことを覗かせたところまるで当然のように“月”というワードが飛び出したくらいにフォルテの目は侮れないものがある。
アキトを見た場合でも、〈光翼の宝珠〉の性質に触れつつもきっと“月”というワードは飛び出してくることになるだろう。
いくらアキトでもそれだけで真実にたどり着けるとは思わないが、どんなに小さな不安でも取り除いておいて損はない。
「あとは、コウヨウさんも注意してくださいね。あの目なら、一発でキツネだってバレかねないので」
「ひえ……気をつけます……」
最後にコウヨウの話題を出して、さらに自身の真意を気取られないように場を引っ掻き回しつつ、シオンは颯爽とブリッジを後にするのだった。




