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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
序章 はじまりは災いと共に
3/853

序章-始まりの日-③

円形の室内。壁面の半分はディスプレイとなっており、そこには人工島各地の様子を映した映像や数値、地図など様々な情報が表示されている。


無数の報告が行きかうその部屋、防衛部隊の本部と共に人工島の中心部に建つ中央管理塔地下の指令室は様々な報告や指示が飛び交い混沌とした状況にあった。

無理もないことだと、その部屋の中央に立つ青年――アキト・ミツルギは内心で溜息をつく。

突如現れた無数のアンノウンによる襲撃。そのような非常事態はこの人工島が造られて以来、初めての大事件だ。もちろんそういった状況を考慮したシミュレーションや訓練は幾度となく行われてきたが、現実が訓練の通りにいくはずもない。


しかも、今日は軍士官学校の卒業式という大きなイベントの日でもあった。


人類軍の重役やその他の重要人物の集まる日ということで警備体制は充実していたが、それはどちらかといえば人類軍に敵対するテロリストなどを想定していたもの。普段と異なる人員配置などが余計な混乱を招いてしまった形だ。

とはいえ人類軍とて無能ではない。突然の事態に後手に回りつつも対応自体は進んでいる。すでに生き残った住民の避難はほぼ完了し、地下のシェルターに収容できている。さすがに犠牲者ゼロとはいかなかったものの、今可能な限り最小限の被害でとどめることはできただろう。

人工島外部との連絡もついており、準備が整い次第近くの基地から対アンノウン戦を想定した戦闘部隊が派遣されてくる。シェルターの防備を考えれば、それで問題なく対応できる、はずだ。


「(そう、大丈夫なはずだが……)」


大丈夫だと断言できない理由は、アキトの中に一抹の不安――もとい嫌な予感があるからだ。


「どうにも、今回の一件には違和感があるね」


背後からかけられた落ち着いた声。その主は最高司令官であるクリストファー・ゴルドだ。

声の調子こそ落ち着いているが彼の目は鋭い。何かを警戒する油断を見せない目だ。彼に限らずその周囲を固める数名の人類軍の重役たちも同様の雰囲気をまとっている。


「アキト君――いや、ミツルギ君。君も同じように考えていたのではないかな?」

「……はい。アンノウンの出現状況について、少々」


見透かされたように投げかけられた問いに、アキトは冷静に自身の考えを述べた。

アンノウンの出現という事態は新暦が始まる以前から発生しており、それ相応に多くの事例が報告され、分析もされてきた。しかし今回の一件についていえばその事例から外れた部分がいくつも見られる。

過去の事例ではアンノウンの出現位置は狭い範囲に集中していた。研究者たちの意見としては一度空間の亀裂――アンノウンたちの出現経路が発生するとその周囲の空間が不安定になり、結果としてあとから発生する亀裂もその周囲に集中する、という見解が示されている。


だが、今回の出現は人工島の内部ではあるものの今までにないほど分散して各地に出現している。この中央地区はもちろん、住宅が多くある地区、倉庫や研究施設の集まる地区、商業施設が集まる地区など端から端まで。

出現したアンノウンの総数だけで考えれば決して多いわけではない。それでもこうも分散し、十数か所に亀裂が発生したのは過去の事例と比較して異常だと考えざるを得ない。

そもそもアンノウンや《異界》について判明していることの方が少ないことを考えれば、この懸念自体杞憂の可能性もある。しかしアキトはどうしてもこの違和感を無視できないでいた。

それはクリストファーも同じだったのだろう。アキトの答えに対して同意を示すように頷く。


「君の考えももちろんであるし、なにより今回の出現は我々にとって不都合が多すぎる」


クリストファーの話す不都合。そのひとつは今日という特別な日、警備体制が普段と異なる日に起きたこと。加えて、どうしても都合の合わなかった人類軍副指令を含めた数名を除く全ての人類軍上層部の人間が今回の事件に巻き込まれてしまったこと。そして最後に、出現位置がばらけたことによる問題――機動鎧の出撃が困難な状況を指している。

この人工島には平時から五十機程度の機動鎧が配備されている。教育機関である軍士官学校の存在に加え、研究施設なども多くあるこの島の価値は高く。それ相応の防備が用意されている形だ。しかし現在、そのほとんどは出撃すらできない状態となっている。

機動鎧はこの中央管理塔から地下通路でつながった複数の格納庫に分散して配備されている。有事においてどこかの格納庫でトラブルがあっても、残る格納庫からは出撃可能なようにそういった形がとられていたわけだが、現在、そのほとんどの格納庫はアンノウンの侵入により使い物にならないでいるのだ。

分散して現れたアンノウンたちが技師などの集まっていた格納庫を襲ったことによるこの状況。そのせいで機動鎧の多くは出撃できない。さらにいくつか残されていた格納庫から出撃した機動鎧たちは、その多くが後から現れた無数の中型アンノウンにより破壊された。

これにより、現在使用できる機動鎧はほんの数機のみ。小型だけではなく中型も闊歩しているこの状況で出撃させたとしても、無駄な犠牲を増やす結果にしかならないだろう。

クリストファーの言うように、確かに人類軍にとって不都合なことが多く感じられる。少なくとも偶然と結論付けるには無理がある程度には。


「……だが、そんな不確かなことに頭を悩ませている時ではないね」


しばしの沈黙はクリストファーの言葉によって破られる。続いて彼は指令室全体を見回しつつ一際大きな声で指示を出した。


「とにかく、外部からの救援は来る。我々が今すべきことは、それまでの間人々とこの本部を守ることだ。……不測の事態が起こらないとも限らない。総員、十分に警戒せよ!」


力強い指示に応じる無数の声。明らかに士気の高まった指令室をクリストファーたちと共に後にする。


「(このまま何事もなく、救援の到着まで耐えられればいいんだが……)」


結局解決することはなかった不安を胸に秘めたまま、アキトはクリストファーたちに続くのだった。




道幅の狭い路地裏。日中でもあまり日の差さない薄暗い道を静かに、気配を殺しつつシオンとアンナは走っていた。

〈ナイトメイルⅡ〉二機の敗退を見届けた後、無事に中型アンノウンたちに発見されることなくその場を離脱したふたりはそのまま路地裏に身をひそめつつ移動していた。

生活をあまり想定していない工業地帯ゆえに建造物は密集し、さらに路地裏の道は入り組んでいて暗く狭い。それは中型のアンノウンたちから逃れるには都合がよかった。路地裏を移動し続ける限りは身体の大きな中型アンノウンではシオンたちを追いかけにくく、見つかっても撒きやすい。

そうして移動すること十分程度。ふたりは一度その場で立ち止まった。


「(気配は……ない。しばらくは安全かな)」


ふたりとも体力はある方だが、だからといって無制限に走り回ることはできない。ある程度の休憩は必要だ。


「教官。結構無理に引っ張ったりとかしましたけど、どっか痛めたりは?」

「してないわ。……ちょっと精神的なショックは大きいけどね」


シオンの心配に対して答えたアンナの声は、後半に向かってそのトーンを暗いものへと変えていった。


「助かったと思ったタイミングでああなるなんてね」


言うまでもなく、先程の〈ナイトメイルⅡ〉の一件についての話だろう。

シオンはあの事態を予測し、救援の到着を前にしても気を緩めなかった。だからこそあの一件を目の当たりにしても衝撃はそこまで大きなものではなかった。

しかしアンナは違う。彼女は本気で「助かった」と安心したはずなのだ。シオンも予測できていなければ同じように胸を撫でおろしたに違いない。そんな安堵を目の前で物理的に破壊されたとなれば、受けた精神的な衝撃は計り知れない。

少なくとも、軍人としてそれなりの修羅場をくぐってきたと豪語するアンナであっても気持ちが折れそうになる程度には、大きかったようだ。


「ひとまず、どこかに隠れるなりして休みませんか?」


そんな彼女を見ていられず、シオンは空気を変えようとそんな提案を投げかけた。

今こうしてちょっとした休憩をしているわけだが、移動に使える足もなく生身では対応できない中型アンノウンが徘徊している状況でできることといえば、安全な場所に隠れて逃げおおせるチャンスを待つことくらいのものだ。


「運がいいことにちょうどよさげな頑丈そうな建物も多いですし、適当な建物の中に入りましょう」

「そうね。……運がよければ車の一台くらい見つけられそうだしね」


そうと決まればふたりの行動は早かった。しばらく路地裏を徘徊し、中でも最も新しく大きな建物を見繕う。

ちょうどよく見つけられた建物の裏口の前でセキュリティを確認してみる。


「どうです? 教官のIDで開けられますか?」


扉についていた電子ロックは軍関連施設によく使われているスタンダードなタイプ――軍の人間のIDと指紋認証でロックを解除できる種類のもの。

軍の管理下にある島とはいえ民間人も多く暮らすこの人工島では、機密性の高い研究などは意識して避けられている。そのため人工島内の施設であれば機密性が低く、下っ端兵士のIDでも開けられるパターンは多い。

そういった事情も含めアンナのIDによって正規の手順で開けられることを期待したシオンだったが、結果はエラー。アンナの権限では立ち入りできないらしい。

ではどうするか。ここでの模範解答は、この建物は諦め正規の手順で入れる別の建物を探す、というものになるだろう。


だが現在は非常事態だ。比較的安全な状況であるとはいえ、早めに隠れてしまうのがベストであるし、他の建物がアンナのIDですんなり入れる保証もあるわけではない――というのはどちらかと言えば建前で、シオンとアンナの本音はというと「面倒くさい」という一言に尽きる。しかもふたりとも散々逃げ回った後で疲れているのだ。

そういった状況もあって両者とも模範解答を選択することはなく、結果、一度視線を交わしたふたりはまったく同じタイミングで扉へと銃口を向けた。




扉を力づくで開いたふたりは、建物の中へと足を踏み入れた。

しばらく内部を探索して判明したことだが、内部に人間の気配はない。同時にアンノウンがいる気配もないことを確認した後、破壊してしまった扉の代わりに机などを使って裏口を封鎖してからシオンとアンナは一息ついた。


「ここ……なんの研究してたんですかね?」


軽く確認しただけでも内部は真新しく、同時に設備は最新のものが揃えられているようだった。アンナのIDで入ることができなかったことも含め、それなりに重要かつ機密性の高い研究が行われていたのかもしれない。


「そういうのは後でにしましょう。一時間以上バタバタしてたしさすがにへとへとなのよ」


ヒラヒラと手を振って見せながら答えたアンナは軍人らしからぬだらけた態度で施設内のイスに腰かけた。先程までの張りつめていた様子と異なる、普段の彼女らしい振る舞いだ。彼女がだいぶリラックスしてきた証拠なのだろう。

そんな様子を見て、シオンの方も気分が落ち着いてきた。落ち着きついでに近くにあった職員用のものと思しき冷蔵庫の中を物色する。


「お! 教官、ちょっとお高そうな缶ジュースがいくつかあります!」

「よし! いただいちゃいましょう。ちょうど喉乾いてたのよね!」

「アイアイサー」


つい数十分前まで銃器片手にアンノウンと戦っていたとは思えない気楽なやり取りをして、適当な缶をアンナへと投げ渡す。それからシオン自身もひとつを選んで一気に飲み干してしまう。

久しぶりの水分が身体に染みわたっていくような感覚を心地よく感じていると、ふと正面に腰かけているアンナと目が合った。ジュースの缶を片手にまじまじと見つめられてしまい、少なからず居心地が悪い。


「あー、もう一本飲みます? 残念ながら教官の大好きなお酒はないですけど」

「いや、さすがにこの状況でお酒飲みたいなんて言わないわよ!」


気を利かせたつもりでの問いかけは勢いよく否定された。

「まったくアタシを何だと思ってんだか……」とこぼしつつ、アンナは残っていた分のジュースを一気に飲み干した。そのまま勢いよく空き缶を手近なテーブルに置く。静かな室内にその音がやけに響いた。


「……アンタ、いつも通りのシオンね」

「はあ……そりゃ俺ですから、いつも通りですけども」


唐突なアンナの問いかけの意図がわからずシオンの答えも微妙なものになってしまう。しかしアンナはというとそんな答えで満足したようだった。


「うん、そのちょっと抜けてる感じ、アンタはシオン・イースタル。……それで間違いないのよね」


ひとり確認するようにそんな言葉を口にしてから、アンナは改めてシオンのことを見つめる。その視線は真剣だ。


「ねえ。……アンタはなんでアンノウンたちが出てくるのがわかったの?」


ためらうことなく、そして唐突に投げかけられたその問いに、シオンの思考が止まった。

アンナがシオンに対して問いかけたそれは、当然と言えば当然の疑問だ。

ふたりが共に行動し始めてから数度、シオンはアンノウンの存在を感知し、それに対応している。特に一番最後――中型アンノウンの存在を感知したのは、実際に出現する以前(・・・・・・・・・)のタイミングだった。

近年、アンノウンについての研究は進んでおり、アンノウンの出現やそのサイズを感知するセンサーの類は開発されている。しかしそれはあくまで機械を介したものでしかない。

そんなことは、生身の人間に不可能なはずなのだ。それを何でもないことのようにやってのけていたシオンは異常でしかない。


「(どう、答えればいい……?)」


本来、これは知られてはならなかったことだ。それをこうしてアンナに知られてしまったことは、結局シオンの落ち度でしかない。


ナツミと行動していた時に決して見せなかったアンノウンに対抗する力。これは目で見てはっきりと異常だとわかってしまうために使えなかったが、感知については目で見てわかるものではない。その違いがあったから、油断があった。

そしてそれ以上に、よく知る相手に迫る危機をわかっていながら見過ごすことはシオンにはできない。秘密だなんだと隠しておきながら、見知った相手の危機を前にその秘密を雑に扱ってしまった結果だ。

それから数十秒、シオンはただ沈黙するばかりだった。答えるべき言葉が見つからないのだ。ここまできてしまえばとぼけることもできない。しかし話す気にもなれずに迷っている、それだけのこと。


「……答えにくいこと、聞いちゃったみたいね」


沈黙を先に破ったのは尋ねた当人であるアンナの方だった。うつむいていたシオンがアンナを見れば、困ったような後悔するような、哀しげな表情をしていた。

何故彼女がそんな表情をしているのか理解できないシオンを尻目に、アンナはイスから立ち上がるとこちらに背を向ける。


「じゃあいいわ。この話は一回終わりにしましょう!」


身体をほぐすように伸びをしながら日常の中で面倒な話題を切り上げるような気軽さでアンナは言った。あまりに何でもないことのようにそう言われてしまいシオンの反応が遅れている間に、アンナは設備やその辺りにあった資料などを調べ始めてしまっている。


「え、あの、教官」

「ん、なに?」

「その、今の話なんですけど……」

「あーいいのいいの、込み入った話になりそうだしまた今度にしましょう」


シオンの言葉を軽い調子で遮るアンナ。しかしこれはそんな軽い調子で片付けていい話ではないはずなのだ。

シオンのやったことは普通の人間には不可能なこと。つまりそれはシオンが普通ではないことの証拠であり、今の時代においてそれらの情報から推測できるシオンの正体はひとつしかない。

即ち、人類の敵である《異界》に関わりを持つ者だ。


「教官、俺は……」

「大丈夫よ」


ためらいがちに口を開いたシオンに対して、アンナはシンプルに一言だけ告げた。その言葉と共にシオンのことを見る彼女の目には、迷いも疑念もない。


「さっきまでのアンタを見てて、思ったの。アンタは紛れもなくアタシが知ってるシオンだな、ってね」


すぐそばまで歩み寄ってきたアンナはシオンに正面から向き合い、その肩に両手を置いた。その手つきはとても優しい。


「知らない誰かがアンタのフリしてる、とかだったらどうしようかと思ったけど、そうじゃなくてアンタはちゃんと本人で……アタシが三年間振り回されたり世話焼いたりしてきた教え子なんでしょ?」

「それは、確かにそうですけど」

「じゃあやっぱり問題ないわ」


自信満々にそう話すアンナは、ニカリと笑った。シオンもよく知る彼女のいつもの快活な笑顔だ。


「アンタがどうやってアンノウンを感知してるかとか、どういう人間なのかとかはともかく。アタシの知るアンタならアタシの味方(・・・・・・)、でしょ?」


――今はそれがわかってれば十分じゃない?


迷いなく話すアンナにシオンはしばらく呆然として、それから小さく噴き出した。

アンナは、シオンの正体について察しがついているのだろう。そしてその上でそれを受け入れ、不問にしようとしている。ただ、シオンが自身の知るシオンであるというだけで、だ。

そんな思い切った判断に、驚きを通り越して笑いが飛び出してしまった。


「そこは噴き出すんじゃなくてアタシの男前っぷりに惚れ直すところじゃないの?」

「そうですね。ホント教官は男前で……そういうとこ大好きですよ」


不満気なアンナに軽口を返して、それから少しだけ姿勢を正す。そんなシオンの空気を察してくれたアンナもわずかに真剣な表情になった。


「無事にこの状況から逃げられたら、俺のことをちゃんと話します」


シオンの正体は隠し通すべきことだった。しかしこうまで自身を信じてくれている恩師に何も言わないなどという不義理を、シオンはしたくはない。

どうせ賢い彼女はほとんど正解までたどり着いているのだろう。ならば頑なに隠したところで意味はない。そんな中途半端な道を選ぶよりは、自身の意思で彼女には話せるだけのことを話そう。

それが、アンナの信頼に報いるためにシオンにできる唯一のことだ――例えその結果として、シオンが世界に追われることになろうとも。




アンナと共に研究施設の資料を調べる。

この施設について詳しくわかれば脱出に役立つものが見つかるかもしれないと始めた調査だったが、調べれば調べるほどシオンの中では疑念が膨れ上がっていく。


「ここ、なんかあからさまに怪しくないですか?」


探せど探せど当たり障りのない資料ばかり。ここが一体なんのための施設なのかがまったくわからないという徹底ぶりだ。


「そうね。アタシのIDで入れなかった時点で多少予想してたとはいえ、ここまでとは……ん?」


端末のデータを調べていたアンナが声をこぼし、シオンを手招きした。

促されるままディスプレイを確認すれば、IDとパスワードを求める内容が表示されている。一度入力したもののエラーが出たらしい。


「エラーってことは教官のじゃ弾かれたわけですか?」

「ええ。入り口の電子ロックと同じね」


言葉を交わしてから無言で目を合わせる。深く考えるまでもなく、この先に施設についての情報があるのは確実だ。


「それで、技術科首席卒業のアンタなら、どうにか突破できる?」

「手段を選ばなければ」


即答したシオンに対してアンナは悪い笑みを浮かべた。なお、シオンも同じく悪い笑みを浮かべている自覚はある。


「緊急事態だし、上になんか言われたらアタシがどうにかするわ。強行突破よ!」

「合点承知!」


アンナに代わって端末の前に腰かけたシオンは十本の指をフル稼働させてセキュリティに挑む。

技術科の技能は大まかにソフト系とデバイス系に分類される。シオンは一応首席なのでどちらも十分にやれるが得意なのはソフト系――電子的なあれこれは専門分野なのである。


「教官、突破しました!」

「さすがシオン! で、中身は」

「えっと……ECドライブ搭載機動鎧の研究?」


資料の頭に書かれた内容を読み上げると隣のアンナは首を傾げた。


「ECドライブって……なんのこと?」

「“エナジークォーツ”ドライブ、の略ですよ」


エナジークォーツ。それは約二十年前に発見された鉱物の一種にして、ある種の自然エネルギーを宿し、今や現代社会のエネルギー供給を支える資源だ。

元は一定条件下で発光する結晶という認識しか持たれていなかったが、とある研究者によってそこからエネルギーを取り出す技術が開発されて以降、状況は一変した。

二酸化炭素などのガス類を一切排出しない。さらに基本的に無限にエネルギーを生み出し続けるという夢のエネルギー源。

新暦以前に各地で起きていた戦争が終結するに至った主な要因はアンノウンの出現であるとされるが、その裏にはエナジークォーツの登場により戦争の主な原因のひとつであった石油などの資源の取り合いが必要なくなったことも大いに関係するとされている。今やそれほどまでに世界に浸透し、なくてはならないものとなっているわけだ。

そしてECドライブはエナジークォーツを使用した動力源のことを指す。


「……でも、確かエナジークォーツはそれ自体を組み込むのが難しくて、この手の使い方はできないって話だったわよね」


アンナの話す通り、エナジークォーツを使った動力は機械への組み込み、主に小型化が難しい。

エナジークォーツの数少ない欠点は、一度に多くのエネルギーを取り出せないことである。常にエネルギーを生み出し続けるので長い目で見れば無限だが、短い時間で生み出せるエネルギー量はあまり多くない。よって十分なエネルギーを安定して生み出し続けるには相応の数のエナジークォーツとそれを有する施設が必要になる。

その欠点も、従来の発電施設と同規模の施設であれば十分なエネルギーを生み出せるので生活インフラとして考える場合はあまり問題にはならない。一方で小型化してしまうと十分なエネルギーを得るのが難しくなるため、戦艦などに直接搭載することは技術的に不可能とされていたわけだ。少なくとも今までは。


「できないって話ではありましたけど、それをできるようにする研究自体は結構昔から進んでたんですよ。……まあ、技師以外だとそういう話聞くこともあんまりないでしょうけど」


しかし長く研究が行われていたとはいえ、戦艦などをとばしてさらに小さい機動鎧に搭載しようとしていたとは、ここはかなり高度な研究をしている施設だったらしい。


「ふーん、この手の技術は反対派もいるって話だったからやってないかと思ってたわ。……何せ、敵側でも(・・・・)使われてるらしいしね」

「だからこそ、かもしれませんけどね」


エナジークォーツの兵器への搭載。この構想自体は技術の登場とほぼ同時期からあったというが、本格化したのは六年前――《異界》の艦隊においてエナジークォーツを搭載した兵器が使用されていたことに始まる。

一方的な攻撃を受けた人類軍側が辛うじて撃墜した異界側の戦艦やいくつかの人型兵器を調べた結果、地球に存在するものとほとんど同じエナジークォーツが搭載されていることが判明、さらに彼らが使う異能がエナジークォーツの発するエネルギーと同質のエネルギーを用いて行使されていることもわかった。以降、それに対抗するために研究を推進する意見と逆に敵と同じ技術は危険とする意見が度々ぶつかっているとも聞く。


「(にしても、わざわざ秘密でやるような研究かな、これ?)」


ECドライブの小型化の研究など学生の身分であったシオンですら行われていることを認知しているというのに、何故この施設が隠されていたのか腑に落ちない。反対派の存在を気にかけていたのかもしれないが、だとしても違和感は残る。

疑問は拭い切れないが、引き続き残されているデータを流し読みしていく。

どうやら四機の試作機を使用した研究自体はそれなりに進み、条件が揃えれば戦闘にも使用できるレベルで機動鎧を動かすまで至ったようだ。そして試作機の実戦テストを行うために、つい二日前に試作機三機を搬出した――。


「ん?」


搬出についての記載まで確認したシオンはあることに気がついた。そのまま他のデータなどにも目を通してみる。そして、最終的にひとつの結論に至った。


「教官」

「なに? 何かわかった?」


回転式のイスを回してやや後ろのアンナに真正面から向き合って、結論を伝える。


「この施設の地下に、試作の機動鎧が一機残ってるみたいです」




資料に書かれた内容を頼りに、隠されていた地下施設へ足を踏み入れたシオンとアンナ。階段を下った先には機動鎧用のハンガーが四つ。三つは空いているが一番奥のハンガーには予想通り一機の機動鎧が残されていた。



「ホントにあった……」

「信じてなかったんですか? 資料にあるって説明したのに」

「そういうわけじゃないけど……、なんか残ってるって事実が謎でね」


アンナの言い分はわからなくもない。同時に研究開発されていた四機のうち、一機だけがここに残されているのだから違和感もあるだろう。

ふたりは問題の機動鎧の前に立つ。カラーリングは黒で統一されており、細くシャープですっきりとしたシルエットをしている。現在多く配備されている量産機は無骨で角ばった外見のものが多いので、それらと比べるとかなり特徴的だ。


「動くの?」

「一応は。戦闘は無理らしいですけどね」


端末で確認したデータによれば起動や基本的な動作などについては問題なく使えるらしい。では何故この機体だけが残されているか、という話になるが、残されていたデータによれば「出力不足」らしい。

移動やちょっとした動きについては問題ないものの、いざ戦闘をすると考えた時、出力が不十分だったらしい。だが、そうだとしてもシオンたちが使う分には困らないはずだ。

シオンたちがこの機体を使うのは、単純に足にするためだ。

車両でもあれば、と考えていた中で見つかった機動鎧。速度で言えば機動鎧の方が車両より速い。サイズの違いから車両より目立つという欠点はあるが、この状況では車両だろうが機動鎧だろうが見つかる時は見つかる。ならば今は速度を優先する方がいい。


「(……しかしこの機体、なんか、変な感じするな)」


アンナと手分けしつつ、残された試作機の出撃準備を進める中、シオンは改めて機体を仰ぎ見る。少なくともデザインが少し特殊なくらいで普通の機動鎧には違いない。しかしじっと眺めているとわずかにだが違和感を覚える。


「(エナジークォーツを載せてるから……って感じじゃないんだよな)」


エナジークォーツの生み出すエネルギーが異能の力の根源たるものと同質であるため、異能の力を持つシオンはエナジークォーツからその内部のエネルギーの大きさや質を感じ取れるのだが、今感じている感覚は単純なエネルギーのものではない。

言葉で表現するとすれば――息遣い、あるいは鼓動のような、何者かがそこにいる気配。その気配はアンノウンのものとはまったく異なるが、どこか禍々しくも感じる。


「……妙なもんが憑いてる(・・・・)とか、ないよね?」


思わず零した非科学的な不安はアンナの耳にはまず届くことのない小さなもの。そして彼女の耳に届かなければその言葉に反応する者などここにはいない――はずだった。


『……ほぉ、なかなか勘のいいガキじゃねぇか』


機体のある方向から聞こえた、まったく聞き覚えのない男の声にシオンは思わず動きを止めた。それから目を凝らして再度機体を見上げる。

そして、機体の左肩の上にわずかな影のようなものを見つけた。


『へぇ、やるなぁ。こんな、幽霊もどきの身の俺様を見つけられるのか』


言葉通り感心しているようでいて揶揄うようなニュアンスを含んだ言葉が同じ男の声で聞こえてくる。しかし、シオンにははっきりと聞こえているこの声はそう遠くない位置にいるはずのアンナには不思議なことにまったく聞こえていないようだ。その時点でこの声の主は人間ではない(・・・・・・)とシオンは判断した。


『……お前、幽霊、悪魔、妖怪のどれ?』


シオン自身声を発してはいない。言うなれば、テレパシーなどと呼ばれる類の技術だ。男の声が聞こえていないアンナのそばで気づかれずに男と話すにはこの手段をとるしかない。すでにシオンの正体の見当はつけられているようなので最悪声に出して話してもよいのだが、大きな独り言を言っているように思われたくもない。


『おお! 見えるだけじゃなくてこの手の術まで使えるたぁ、お前妖術師か? いや陰陽師って線もあるか』

『残念だけどどっちもハズレ。ちょっとばかし魔女に魔法を習ったくらいだよ』

『ほぉ、西洋の方の使い手か……じゃあ俺様には専門外だな』

『……つまりそっちは妖怪の類ってことか』


妖怪――古来より世界の東側の地域に伝わる人ならざるものたち。西洋の術を知らないという発言からそのように推測される。


『その通り! この俺様はかの時代には暴れに暴れ、日ノ本を大いに騒がせた大鬼なのさ‼』

隠す気などさらさらないとでもいうように高らかかつ自慢げに“鬼”を名乗る男の声。しかし、

『つってもまあ、少し前に力を使い過ぎて今やほとんどなんの力もねぇ幽霊もどきの情けない存在なんだがな!』

『それ、胸張って言うこと?』


声の調子は明るいままでかなり情けない現状をぶちまけた鬼にシオンの気も抜けかける。しかし変わらず鬼は陽気なもので、カカカと楽しげに笑っている。


『過ぎたことは仕方がねえさ、それにようやくこの情けねぇ状況からおさらばするあても見つかったわけだしな』

再び嬉しそうに笑う鬼。しかしシオンは彼の話す“あて”とやらが気になった。

『なあ、お前の言うあてって――』

「シオン! アンタちゃんと準備してる⁉」


鬼へ問おうとしたシオンの言葉を遮るように重ねられたアンナの声に、シオンはその場で飛び上がりそうになった。こう言ってはなんだが鬼との話に夢中でアンナの存在をすっかり失念していたのだ。


「あ、えっと、はい! 大丈夫です!」

「本当に? なんか座学の時みたく全然別のこと考えてるように見えたんだけど?」

「その節は毎度すみませんでした! けど今は大丈夫ですから!」


怪しむアンナをどうにか納得させる。それから再び鬼に話を聞こうとしたシオンだったが――。


「(……気配が消えた?)」


気づけば、あの鬼のものであろう異質な気配そのものが感じ取れなくなっていた。先程影を見かけた機体の左肩を見上げてみるが、そこにも何の姿も見受けられない。


「(いなくなった……?)」


気配も姿もないということはそういうことなのだろう。

シオンの側はともかく、鬼の方は話を終えたような雰囲気もあったので言いたいことを言うだけ言って去っていったのかもしれない。妖怪だの幽霊だのといったタイプの人外は気まぐれ故にそういうことをする場合も多い。

いなくなってしまったのなら、それはそれで構わない。こうして気配が失せているならあの鬼はこの試作機に憑いていたわけでもなさそうであるし、仮にそうであってもあれほど弱っていれば大したことはできないはず。

あの鬼のことよりも、今はシオンとアンナの両名がこの状況から脱する方が重要だと、シオンは再び準備に取り掛かった。




以降鬼の声のような横やりが入れられることもなく、シオンとアンナは手際よく機体の発進準備を進め、さっさとコクピットに乗り込んでしまう。基本的にひとり乗りの機体ではあるが、無理をすればふたりは乗れる。アンナをシートに乗せ、シオンはシート後ろの小さなスペースに身体を滑り込ませた。その間にアンナは無事に機体を起動させたようだ。


「で、どうやって出ればいいの?」

「そこらへんはここをこうして――」


上の研究施設から拝借してきたタブレット型の端末で、施設のシステムを遠隔操作する。軽く画面をタップしてハンガーごと地上の格納庫まで機体を移動させる。移動が完了してしまえばあとは正面にシャッターがあるだけだ。


「ハンガーのロック、外しますよ」


確認のあと、アンナが頷くのを確認し再び端末を操作する。機体を固定していたアームが離れ、少し機体が揺れる。

それからアンナの操縦により機体は一歩前へと移動する。続けて折りたたまれていた飛行ユニットの翼を展開した。ここまでくれば発進の準備は万全だ。


「出力は戦闘しない分には問題なし、いつでも行けるわ。……あ、ところでこの機体の名前は?」


今にも発進しようというタイミングで思い出したように尋ねてくるアンナ。その問いに対してシオンは彼女の正面にあるディスプレイのひとつを指差してやる。

そこに表示された文字を見て「なるほど」と小さく漏らしたアンナを尻目にシオンは再度端末を操作して機体正面のシャッターを操作する。


「シャッター、開きますよ!」

「オッケー、それじゃあ行きましょう! EC‐01〈アサルト〉、発進!」


ゆっくりと上に開いていくシャッターが完全上がりきるよりも先に、〈アサルト〉のブースターが力強く火を噴く。


「とばすわよ!」


アンナの叫びと共に機体は一気に加速し、外へと飛び出していくのだった。


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