6章-境界なき音楽団④-
とある人類軍基地での≪境界なき音楽団≫との顔合わせの翌日。
シオンはその基地のある都市で最も大きなコンサートホールの前にいた。
「また立派なもんだな〜」
「確かに大きいね」
のほほんとコンサートホールを見上げるシオンのすぐそばにはハルマ、ナツミ、リーナ、レイスという見慣れた面子が控えている。
今回もマイアミと同じく施設外で行動するための監視役という立ち位置だ。
「で?」
「で? って何が?」
「何がも何も、なんでお前がわざわざ≪境界なき音楽団≫の演奏が聴きたいなんて言い出したのかって話だ」
話は少し戻って昨日。
シオンやハルマのオーラについて饒舌に語ったフォルテのテンションが落ち着きそろそろ帰ろうとしたときのこと。
「もしよかったら、みなさんの演奏が聴いてみたいです」
席を立ったフォルテとナタリアに対してシオンはそれはそれは綺麗な――シオンをよく知る人間が見れば一瞬で「あ、コイツ何か企んでいるな」と察知できるであろう――笑顔でおねだりをした。
シオンを本能的に“神”と称したフォルテはそんな申し出を食い気味に了承し、結果アキトが口を挟む暇もなく約束は取り付けられ、今に至るというわけだ。
「そんなの普通に聴きたかっただけ、」
「「「「それはない」」」」
「……満場一致で即答するのはよくないと思う」
「お前が見え見えのウソつくからだろ」
わざとらしくため息とつくハルマや各々呆れや苦笑を見せる面々に、シオンは半端なごまかしはしないほうがいいと察した。
「まあ、ちょっと調べ事があるんだけど……」
「みなさん、ようこそお越しくださいました!」
シオンが話出すよりも先に代表者であるフォルテが直々にホールの前でシオンたちを出迎えた。
「話すのは後で」とフォルテに気取られないようにアイコンタクトすれば、ハルマたちは小さく頷く。
そのままフォルテの先導でコンサートホールへと足を踏み入れた。
≪境界なき音楽団≫の演奏が聞きたいとシオンは望んだわけだが、正式な公演に招かれたわけではなかった。
この都市での公演は明日。
〈ミストルテイン〉も補給ついでに明後日までこの都市に停泊するので公演を見ることもスケジュール上は不可能ではなかったが、それは見送られた。
関係者席を手配されるとしても、いろいろと世間の注目を集めているシオンがたくさんの人間がいるところに気軽に姿を見せるのは許容できないと強くNGが出たため、公演の前日のリハーサルを見せてもらうことになったわけである。
本音を言えば正体がバレないように魔法で変装するくらい容易いのだが、シオンはあえてそれを言葉にはしなかった。
何せ、公演よりもリハーサルを見れるほうがシオンにとっては都合がいい。
「みんな! 僕たちの命の恩人が来てくださっているよ!」
フォルテの案内で客席の最前列までやってきたところで、フォルテはステージ上の団員たちに声をかけた。
「〈ミストルテイン〉の機動鎧部隊のお三方と操舵手の方、そしてみんなも知っているだろうシオン・イースタル殿だ!」
「「「「おお! 本物だ!」」」」
「あ、怖がるとかそういうの全っ然ないんですね」
団員たちの予想以上に好意的な反応に思わず声が出た。
そんなシオンの反応を気にする様子もなく、団員たちはざわざわと言葉を交わしている。
「ほらほらみんな! 気持ちはわかるけれど静粛に!」
いつの間にかステージ上に上がっていたフォルテは指揮台に立っていた。
その手には指揮棒も握られていて、どうやらフォルテはこの音楽団の指揮者であるらしい。
「本番は明日に迫っているし、何より数人だけとはいえお客様もいるんだ。……リハーサルとはいえ半端は許さないよ?」
試すようなフォルテの言葉の直後、あれほどざわめいていた団員たちは楽器を構えて姿勢を正した。
あまりの切り替えの速さにシオンがわずかに驚いたその直後、フォルテは指揮棒を振り上げる――。
「――すごいな」
演奏がひと段落してフォルテがお辞儀を見せた直後、思わず呟いていた。
月並みな感想ではあったが、シオンの口からこぼれ出た言葉はまごうことなき本音だ。
手も自然と大きく拍手をしていて、それはシオンだけではなくハルマたちも同じらしい。
「(それに、今の演奏は……)」
見事な演奏であったというのは間違いないが、それだけではない。
「……なあ、シオン」
今の演奏を受け、フォルテがステージ上で団員たちに対して改善点などの指示を飛ばしている中、ハルマが周囲に聞こえない程度の声量で話しかけてきた。
「どうかした?」
「今の演奏、何か力みたいなのを感じたんだけど俺の気のせいか?」
「……いや、合ってるよ」
今の演奏には非常に弱いものではあるが魔力が宿っていた。
ただしこれは魔法ではない。それ以上に演奏している彼らはそんなこときっと気づいてすらいないだろう。
「まず前提として、団員の中にはフォルテさん含めて人より少し多めに魔力を持ってる人が結構いる」
「人外関係者じゃないのか?」
「そこまで強くはないよ。あくまで常人より少し多いってだけ」
シオンが“微妙”と判断したフォルテとおおよそ同じくらいの魔力を宿している人間が、ステージ上にいるうちのざっと三割から四割。
意図せず集めてこの割合は普通じゃない。
「で、演奏に魔力が宿ってるのは……まあ無意識だろうね」
「無意識ってお前……」
「ありえないことじゃないよ」
例えば人の祈りが神と呼ばれる存在に届き、力を与えること。
職人が想いを込めて作った作品に、神秘が宿ること。
すべての生き物が魔力を持つ以上、強い想いが伴えばただの人間であったとしても何かを引き起こしうる。
そういった魔法未満の神秘は確かにこの世に存在している。
たった今シオンたちの心を奪った演奏も、そのひとつというわけだ。
「(ひとりひとりはともかく、こうも集まってれば魔物も釣れるか)」
彼らを助けたときにあった違和感。
アンノウンたちの諦めの悪さの理由は比較的上等なエサがたくさん乗っていたから。
数の多さは世界全体で確認されているアンノウン増加の片鱗といったところだろう。
「(ってなると、普通に危ないんだよな)」
今回はたまたまシオンたちが助けに入れたからよかったものの、≪境界なき音楽団≫が今後もアンノウンに狙われやすいという状況自体は何も変わらない。
しかも欧州ツアーで移動を繰り返しているとなれば、どこかのタイミングでばっくり食べられてしまうかもしれない。
これがシオンを恐れるような輩だったならしれっと見捨ててもよかったのだが、フォルテはもちろんなんだかんだ彼らは好意的だ。
それを見捨てられるほど薄情ではない。
「(あの演奏ができる人たちが食べられるってのはちょっともったいないしね)」
再び始まった演奏に耳を傾けながらシオンはひっそりと彼らを守ることを決めたのだった。




