6章-境界なき音楽団①-
月の無いとある深夜。
騒々しい警報が響く艦内通路をシオンは走っていた。
途中曲がり角から現れたハルマも合流してふたりは格納庫へと急ぐ。
「こんな時間に緊急出撃とかホント勘弁してほしいんだけど!」
「その文句はアンノウンどもに言ってやれ!」
「言って通じたら苦労しないっての!」
叩き起こされた不機嫌なシオンは格納庫到着と同時に飛び上がって〈アサルト〉のコクピットに滑り込む。
格納庫の状況を見ると、本日の深夜シフトだったレイスとリーナはすでに出撃済みようだ。
「教官、状況は?」
『すぐ近くを航行中の民間の飛行艇から救難信号! しかもすぐ近くに都市もあるっていう不味めの状況!』
『このご時世に深夜に航行してる民間機なんてあるんですか?』
〈セイバー〉に乗り込んだらしいハルマがアンナの説明に首を捻っている。
というのも、民間の旅客機であろうがただ商品を運んでいるだけの貨物機であろうが見境なく襲いかねないアンノウンが、いつどこに出現するかわからない現代。民間の交通手段には様々な制約がかかっている。
その中でもっともわかりやすいのが、時間帯の制限だ。
人類軍以外が軍事力を所有するのを禁止しているため、民間の交通機関にもアンノウン対策として人類軍の警護がつく必要が生じる。
かと言って二十四時間三百六十五日警護を行うのはいくら多くの軍人を抱える人類軍とはいえ骨が折れるし、何より全身が黒っぽく闇に溶け込んでしまうアンノウンと夜に戦うのは得策ではない。
そのため、現代の交通機関の原則として夜間の活動を禁止されている。
日の入りまでにはどこかの都市に到着し、翌日の日の出までは待機することが義務付けられているのだ。
にもかかわらず、この深夜に航行中の民間機からの救難信号ときた。
シオンですら知っている社会常識から逸脱している状況だ。
『人類軍から航行許可が下りている飛行艇です。警護もついてはいるのですがアンノウンの数が多く救難信号を出す事態になったのだとか』
「なるほど、規則破りの不届き者を助けなきゃならないわけじゃないなら問題なしです」
ミスティの報告からして、非合法の民間機ではないことはハッキリした。
危険だからやめろと言っていることを勝手にしたあげく窮地に陥っているような輩であれば放置してやろうかと思ったが、そういうわけではない“不運な民間人”なら見過ごすわけにもいくまい。
「〈アサルト〉出ます。出撃後十秒ほどで短距離の空間転移使うんでそのつもりで」
『しれっと言ってるけどアンタそんなのできるの⁉︎』
「はい出ますよー」
アンナの言葉をスルーしつつカタパルトから艦外に飛び出すと、宣言通り前方百メートルほどへの転移を行う。
その一度だけではなく、二度、三度と転移を繰り返せばすぐに問題の民間機とその周囲で飛び回る無数の機動鎧、そして中型アンノウンたちが確認できた。
『速っ! ホントに空間転移できたのね』
『……まあ今更驚きもしないんだが』
「戦艦一隻転移させたことあるどっかの艦長がなんか言ってますね」
自分のことを棚上げにして呆れたような表情をしているアキトに嫌味を投げかけつつ、シオンは〈アサルト〉を加速させて戦場に突っ込む。
「(思った以上に数が多い……!)」
中型はともかく小型の数が多い。
そうなると都市にとっての脅威度は低いのだが、民間の飛行艇を守るという観点で見ると厄介だ。
ただでさえ機動鎧から見ると小さいというのに、夜の闇に紛れられてしまうと本当に目視しにくい。
それが飛行艇の船体に取り付いて悪さでもしようものなら、それこそ乗っている民間人に被害が出かねない。
「(……確実な方法でいこう)」
心の中でそう決めたシオンは〈ドラゴンブレス〉を民間機へと向ける。
〈アサルト〉の動きに気づいたらしいレイスが小さく声を上げたのを聞き流しつつ、ためらわずに引き金を引く。
銃口から放たれた閃光は狙い通りに民間機へと向かい、直撃の寸前に弾けた。
弾けた光は膜のように広がっていき瞬く間に民間機を覆っていく。数秒後には魔力の膜がその全体を守るように覆い尽くした。
『これは……』
「ついこの間考案した魔力防壁弾。少なくともこれで小型アンノウンは手出しできない!」
『撃つ前に教えてほしくれない⁉︎ 素直に助かるけれどひやっとしたわ!』
「ごめんごめん」
リーナのお叱りの言葉を適当に流しつつ、シオンもすぐさま民間機のそばまで移動すると殲滅に加わる。
「……やけに数が多いな」
シオンが民間機を魔力防壁で覆ったことで後ろを気にせず攻勢に出られるようになり、さらに〈セイバー〉と〈クリストロン〉が救援として加わったこともあって戦況は完全にこちら側へと傾いた。
中型アンノウンはすでに殲滅済みとなりあとは残っている小型アンノウンを処理するだけなのだが、その数が異常に多い。
そもそもここまで一方的な状況になれば知性がないとはいえ逃げに転じそうなものなのに、小型アンノウンたちにはその素振りすらもない。
この状況に、どうにも違和感を覚えて仕方がない。
「(この民間機、何かあるのか?)」
理由として一番に思い当たるものへシオンはそっと視線を向ける。
シオンが自ら展開した魔力防壁に守られている問題の民間機は、一見するとごく普通の旅客用の飛行艇にしか見えない。
少なくとも外見上は変わったところなどはないと言い切っていいだろう。
であれば中身はどうだろう?
何かアンノウンたちを刺激するような物、あるいは人物が乗っている可能性はないだろうか?
シオンが考えを巡らせている間に、残る最後の一体のアンノウンがハルマの乗る〈セイバー〉によって両断された。
戦闘の終わりを確認したシオンは民間機を覆っていた魔力防壁を解除し、その直後民間機からの通信が届く。
『救援に駆けつけていただきまして、本当にありがとうございます! NPO法人≪境界なき音楽団≫一同、心から御礼申し上げます!』
男性の声でどこか興奮した様子で名乗られた知らない団体名に、シオンは気づかれない程度に首を傾げた。




