6章-格納庫の片隅で-
「――なるほど! やはり異能は興味深いですわね!」
作業の音がやかましく響く格納庫の片隅。
ホワイトボードを前にしたマリエッタは目を輝かせつつ大きな声をあげた。
「まさか、わたくし自身も異能の力を会得することができるとは……多少無理を言ってでも〈ミストルテイン〉に来たのはやはり正しい選択でしたわね」
楽しそうに手元にあるノートにシオンがホワイトボードに書き出した内容を写しているマリエッタはいっそ鼻歌でも歌い出しそうだ。
「楽しい?」
「はいとても! これまで様々なことを学んできましたが、ここまで胸の弾むものは初めてです!」
「そっか。そこまで喜んでもらえると教えるこっちも嬉しいな」
思えば十三技班の面々に教えたときも同じようにずいぶんと楽しそうにしていた。
マリエッタのような可愛らしい少女ではなく、ヒゲを生やした中年男性(既婚)が似たような姿を見せるというヤバめの絵面だったりもしたがそれは置いておいて。
性別年齢関係なく不思議な力を使えるようになるというのはただの人間からすれば憧れなのだろう。
「(……俺は、そんな気にはなれなかったけどな)」
一瞬頭をよぎった仄暗いものをすぐに振り払って目の前にいる無邪気な少女に改めて意識を向ける。
「それにしても、異能には本当にいろいろなものがあるのですね」
「発展した地域別だの種族別だのでいろいろあるからね……俺が教えられるのは主に魔女が使う魔法になるわけだけど、日本では妖術師とか陰陽師とかもいるみたいだし……」
「旧暦において国家によってミサイルの規格が違ったのと同じようなものでしょうか?」
「間違っちゃいないけど物騒だね」
開発した国家や人間が違えば近代の兵器だって決して同じ大きさや形にはなり得ない。
魔法が発展した場所などで違うのとよく似ているの間違いないが、少なくともマリエッタのような可愛らしい少女から出てくる例えとしてはミスマッチだろう。
とはいえ、シオンはあくまで軽くツッコミを入れたくらいのつもりだった。
それこそそのまま流さして話が終わるくらいのものだったのだが、マリエッタは目を見開いて一瞬動きを止めた。
「……ごめん、俺なんか変なこと言ったかな?」
「あ、いえ! 決してそのようなことはございませんわ!」
慌てたように否定するマリエッタだが、態度からして動揺しているのは明らかだ。
ただ本人が否定するものを深く追求するのはよい選択とは言い難い。
シオンは結局それ以上何も言わないことにした。
「さて、ひとまず今日はこんなもんにしとこうか」
「はい、お時間を裂いていただきありがとうございます」
さらに一時間ほど魔法についての授業をしたのち、きりのいいところでシオンは授業の終わりを宣言した。
マリエッタが丁寧にお礼を言ってくる中、指をひとつ鳴らしてホワイトボードやテーブルなどを片付けにかかる。
それなりの重さのあるものがふわふわと浮かんで格納庫の壁際へと移動していくのをマリエッタは興味深そうに見ていた。
「パイロットをなさって、技師として作業もされて、さらにわたくしへの異能の指導までこなすとは……本当にシルバ様のおっしゃっていた通りのすごいお方なのですね」
「うーん……シルバの中の俺はちょっと美化されすぎてる気がするから鵜呑みにしないでほしいんだけどな」
シルバからのなんらかの補正がかかりまくったイメージを前提としているからか、マリエッタはシオンに対して過大な評価をしている気がしなくもない。
普段、どちらかと言えば“だらしない”だの“やる気がない”だの叱られることが多いシオンとしては少々ではなく気恥ずかしい。
「いえ! まだ出会って間もないですが、わたくし個人としましてもシオン様は尊敬に値する方だと思いますわ。先日の新型機動鎧の開発案もとても独創的でわたくし驚きっぱなしでしたもの!」
「あはは……他の技班メンバーも大概ヤバいアイディア祭りだったと思うけど」
「ええ! わたくしの中にあった常識というものを容赦なく壊していただきました!」
それはなかなかにとんでもない衝撃だったのではと思わないでもないが、マリエッタ本人はそれをよいものとして受け止めているらしい。
実際、新型機動鎧開発プロジェクトの案出しは混沌を極めた。
真っ当な人類軍の人間があの場にいたなら、確実にひとり目の案の発表の段階でNGが出ていたに違いないとシオンは確信している。
結局はストッパーがいなかったので開発案の時点でとんでもないモンスターができあがりそうになっているわけだが、それはシオンとしても願ったり叶ったりなのでそのまま放置の構えである。
「今のところ楽しそうだけど、何かあったら言ってくれていいんだよ? ほら、十三技班ってテンション高いっていうか、技術力を手に入れる代償に常識を捨ててるみたいなところあるし」
ずいぶんなことを言っている自覚はあるが、実際十三技班にはそういう部分がある。でなければ人類軍で悪名を轟かせることもなかっただろう。
特例で年齢の制約を無視して人類軍に属する天才少女とはいえ、急にこのような集団に放り込まれれば戸惑うことのひとつやふたつや三つくらいあってもおかしくはあるまい。
「確かに、わたくしがこれまで共に仕事をしてきた皆様とはずいぶんと違ってはいますが……決して困るようなことなどございません。むしろ……」
「むしろ?」
「上手くは言えないのですが、温かさ……のようなものを感じるのです」
言葉を選ぶように視線をわずかに彷徨わせながらマリエッタは言った。
「これまで出会ってきた方々の大半は皆冷静で、どこか無機質で淡々としていました。……少なくともこの格納庫のように大声や笑い声が聞こえるようなことは一度もなかったと思います」
顔を上げたマリエッタが目を向ける先ではちょうどギルとリンリーが何かを話していた。
そしてそこに現れたロビンがからかうようにギルの頭をグシャグシャに撫で、ギルが何かを言っているのを見てロビンとリンリーが笑う。
「最初は驚きましたが、今はこのような光景を見るのが、少し楽しいのです」
十三技班で日常的に見られる光景を前にするマリエッタの瞳は、何か眩しいものを見るかのように細められていた。




