6章-深夜問答-
「――それで、彼は信頼できるのか?」
ブリッジにてシルバを紹介、もといシルバに“天使”捜索を半ば押し付けた夜。
人外社会講座という名目で私室に呼び出されたかと思えば、部屋に入ってきたシオンに対して開口一番アキトはそう尋ねてきた。
「心配しなくても、シルバは大丈夫ですよ」
「心配もするだろう。お前やアンナたちはともかく俺はほとんど彼を知らないんだ」
そう言ってアキトは当たり前のことを聞くなとでも言いたげな視線をこちらに向けてくる。
ただシオンとしては大丈夫以外の答えは持っていないのでそれ以上言うことはない。
シオンは面倒に思いながら手近なソファーに勢いよく腰を下ろす。
「怪しさ満点だった俺のことなんやかんや信用したくせに今更ですか?」
「お前のときは他に選択肢がなかっただけだ。今回とは事情が違う」
シオンはシルバに今回の捜索を任せようとしているわけだが、アキトやミスティは能力はおろか彼の人となりすら把握していない。
そんな相手に頼るよりは、多少精度や効率が落ちようとこれまでの実績があるシオンを頼るほうが安心感がある、というのがアキトの内心なのだろう。
「それに、彼はかなりわかりやすく人間嫌いだ。こちらの命令を聞く気もないらしいし、単純に俺たちを嫌って協力を疎かにする可能性はないのか?」
「大丈夫ですって。まあ人間嫌いは否定しませんけど」
シオンは大丈夫を繰り返すが、アキトはやはり気になるらしい。
当然と言えば当然の反応ではあるが、シオンとしてはこの問答は繰り返すのは面倒でしかない。
「考え方を変えましょう」
「どういう意味だ?」
「確かにシルバは艦長や人間全般に対しての好感度低いので、顔見て話そうとしないとか、言うこと聞かないとか、命令疎かにするとか、そういうのはいろいろあると思います」
「完全にダメじゃねえか」
「ですが! 少なくとも今回の“天使”探しは俺から頼んだことでしょ?」
元々は人類軍からシオンに下りてきた命令ではあるが、シルバはそれをシオンから引き受けた。
客観的に見れば人類軍から直接命令されるのと大差はないが、シルバの視点から見れば大きく違う。
「お前からの頼みであれば、従者として絶対に疎かにはしないって言いたいのか?」
「その通りです。わかってるじゃないですか」
シルバはシオンに合流するためだけに対異能特務技術開発局の話に乗って人類軍の仲間入りをしたくらいに、シオンのことを特別に考えている。
そんな彼が他ならぬシオンの頼みを雑に扱うわけがない、という話だ。
「わからなくはないが、なんでまたそこまでお前に懐いてるんだ?」
「さあ? 本人に聞いたことないですから俺も何がきっかけかなんて知りませんよ」
知り合いから頼まれて面倒を見ていたら気がついたら懐かれ、シオンもシオンで可愛がるようになっていたというだけ。
どうしてなんて聞いたこともないし、それを本人に聞くのもどうかと思う。
「艦長は自分のこと慕ってくれてる船員の誰かに、“なんで俺のことそんなに尊敬してるんだ?”なんて聞けます?」
「無理だな。……尊敬されてるのを確信してる聞き方が自意識過剰で虫唾が走るし、いざ本当に尊敬されてたとして理由を真正面から聞かされるのもキツい」
アキトの言葉にシオンも大いに頷く。シオンがシルバに詳しく聞かないのもまさに全く同じ理由からだ。
「“従者契約”だってある日突然あっちから言い出して、俺もシルバならいろいろ頼りになるからいっかと思ってOK出したって感じでしたし。ホントアイツなんであんなに俺のこと好きなんですかね?」
「……まあいい。確かにそこまでお前に懐いてるなら、真面目に“天使”の捜索もやってくれそうだ」
ひとまずは問題解決ということでよいらしく、シオンはリラックスしてだらりとソファーに体重を預ける。
「ああ、もうひとつ。一応確認なんだが、」
「なんですー?」
「ハーシェル君のほうが捜索に向いているって話にウソはないよな?」
「ないですけど、なんで急に?」
「いや、新型機動鎧の開発プロジェクトに時間使いたいから彼に仕事を押し付けたんじゃねえかと」
シオンがまさに考えていたことをピンポイントで当てられて若干頬が引きつった。
「あー、そっか。そりゃ艦長は知ってますよねその話」
「“天使”捜索と新型開発が同時進行になるなら絶対に後者をやりたがって最悪駄々こねられるくらいのつもりでいたんでな。ちなみにアンナも同じ意見だった」
「もしこの世にシオン・イースタル検定があったらふたりとも一級取れますね。認定証でもあげましょうか?」
「つまり図星ってわけだな」
ふざけるシオンに対してアキトは呆れたように言った。
「バレバレみたいなのでぶっちゃけますが、シルバに押し付けようと思ったのはホントで、シルバに任せたほうがいいってのもホントです」
「さっきのことにウソがないならそれでいい」
シオンの内心を見抜いていただけあってアキトの答えはあっさりとしていた。
アキトにとって“天使”捜索に問題がなければ、押し付けたか否かはあまり重要ではないのだろう。
「あ、俺からもついでに聞きたいことあるんですけど」
「なんだ?」
「問題の“天使”。見つけろとは言われてますけど、見つけたその後はどうなる感じなんですかね?」
〈ミストルテイン〉に与えられている命令はあくまで“天使”の捜索。
捜索して見つけ出した先については何も指示を受けていないのだ。
「その辺はっきり聞いてなかったなーと思いまして……で、見つけて捕まえろなんですか? それとも、見つけて殺せなんですか?」
「直球だな。もう少し言葉を選ぶ気はねえのかお前は」
「遠回しなのは好みじゃないんですよ」
シオンの直球の問いかけに対してアキトは少しだけ言葉をためらった。
「現状はあくまで捜索という指示しか受けてない。もちろん俺も発見したあとどうすればいいかは問い合わせたが、捜索以上の返答はない」
「……明らかにおかしい命令じゃないですか」
「本当にな」
捜索して、その先どうするのか決まっていないなんてこと普通はあり得ないだろう。
これでは仮にシオンたちが天使“を見つけることができたとしても「捕まえろ」とも「排除しろ」とも言われていないままでは何もできない。
極端な話をすると、目の前にいる“天使”に手を出さず、見失わないようにじっと見張るくらいしかできないわけだ。
真っ当な組織が下す命令としてはあまりにもお粗末だと言わざるを得ない。
「上層部内でも意見がわれてるんだろうな。……かと言って欧州でウワサが広がりつつある中で放置もできない。軍関係者だけじゃなくて民間レベルでも話が出回り始めてるみたいだからな」
アキトはおもむろに取り出した端末を操作し始め、その画面をシオンに見せてきた。
「“アンノウンを狩る純白の天使。魔法使いに続く新たなる人類の味方か?”……ってこれ、よく見ると俺の顔写真まで載ってるんですが」
「だろうな。問題の“天使”の話題にはだいたいお前の話もついてくる」
改めて記事を読んでみると、問題の“天使”はこれまでの行動から人類を守ろうとしていると見なされており、人類軍に協力してアンノウンと戦うシオンと同じように人類の味方になってくれる存在なのではないか、という推測されているらしい。
「俺、別に人類の味方じゃないんですが?」
「知ってるが、世間のイメージでは人類の味方、正義の味方っていうイメージなんだよ」
シオンにそのつもりが一切ないにしろ、アンノウンたちと戦っていることもテロリストたちから人々を守ったことも紛れもない事実だ。
そこだけ切り取ってそういったイメージが作り上げられている、というのはメディアやSNSが発達している現代では珍しいことではない。
「これ大丈夫なんでしょうか? 俺の出身養護施設とか、両親のこととか報道番組で取り上げられちゃったりしてません?」
「そこは人類軍の情報部がちゃんとブロックしてくれているらしい。……あと本題はそれじゃない」
本題なのはあくまで“天使”の話題だ。
改めて考えると、確かに民間でも騒がれているとなると放置はできない。
民間でも目撃されているような存在について人類軍が「何もわかりません」などと馬鹿正直に答えては世間様からのバッシングを受けるのは確実だ。
「せめて“調査中”です。って言えるだけのアクションはしておきたかったとかそういう?」
「もしかしたら正義の魔法使いが捜索にあたっています。くらい発表するつもりかもしれねえな」
「うわー、汚い大人のやり口を見ました」
冗談はさておき、欧州はいろいろとややこしいことになっているらしい。
「仮に、上の命令がはっきりしない内に“天使”を見つけちゃったらどうします?」
「ひとまずは対話を試みるつもりだ」
「……即答ですね。一応【異界】出身の線が濃厚なんですけど」
「関係ねえよ。今のところ人間に手出ししてないなら、話す余地はある。……それに、【異界】から来た人外に直接話を聞けるなら願ったり叶ったりだ」
「何聞くんですか?」
「それはお前にも秘密だな」
軽く笑みを浮かべながらもアキトはしっかりとシオンの質問をシャットアウトする。答える気がないのはすぐにわかった。
「まあいいですよ。とにかく俺もバトルするよりは平和的に接触したかったので艦長の方針に乗ります。……上から不都合な命令きちゃったら、それはそのときに考えましょう」
「ああ。……それじゃあ人外社会講座と行くか」
「あ、俺を呼び出す方便とかじゃなかったんですね……」
深夜、すでに日付を跨いだ時間帯だというのにアキトはとても元気だ。
「さっそく“狼男”について詳しく聞かせろ」と好奇心を隠さないアキトを前に、シオンは大人しく話を始めるしかなかった。




