1章-ハルマの答え-
――シオンを殺す。
青年の言葉にハルマたちは息を飲んだ。
「敵なのか味方なのかなんて確認してたら、もしもの場合手遅れになる。そうなるくらいなら疑わしきは罰したほうが安全だと思わないか?」
「上層部は彼の身の安全を保障すると約束してるわ。手出し無用という命令も出てる」
「事故を装えばいいだけだろ。それにアイツが約束を信じて油断してくれてるならやりやすい」
「……シオン君が人類軍の味方である可能性もあるわ」
「関係ないね」
リーナに対する青年の返答には少しのためらいもなく、さもそれが当然であるとでも言いたげだった。
「相手はバケモノだ。敵の確率がゼロじゃないなら駆除したほうが早い」
その言葉は、まるで「何をおかしなことを言っているんだ?」とこちらに問いかけているようだった。
「先に言っとくけど、これは俺ひとりが突っ走ってるわけじゃない。この計画に乗ってくれてる人間はそれなりにいる。……そこにお前たちにも加わってほしいんだが、どうだ?」
そして改めて協力してくれないかと問われ、ハルマは考える。
青年の言うことに一理あるのは事実だ。
もしもシオンが人類の敵であるなら手を打つのは早ければ早いほどいい。
何せ人類軍にとって異能の力は未知の領域なのだ、何かを起こされてからの対処など不可能に近い。それを防ぐには先手を打つしかない。
そしてその先手で最も確実なのはシオンを殺してしまうこと。
捕縛するだけでは不十分であるというのは第七人口島であっさりと逃亡を許した時点で明らかなのだ。
シオンを確実に止めるためには殺す以外の方法はないと言ってもいい。
未来に起こり得る危険を確実に排除する方法が、シオンの殺害なのは間違いない。
しかし――、
「悪いが、協力はできない」
ハルマの答えに、青年は目を見開いてあり得ないものを見たかのようだった。
ハルマが《異界》や人外を憎んでいることは士官学校では有名で、当然彼も知っていたはず。
だからこそ、そんなハルマが首を横に振るとは思っていなかったのだろう。
「お前たちの考えに一理あるのは認める。確かに先手を打っておけば確実に安全ではあるだろうからな」
「……だったらどうして乗ってこない」
わずかに怒りすら感じられる青年の問いに、ハルマははっきりと答える。
「気に入らないからだ」
そう、ハルマは青年たちの考え方が気に入らないし、恐ろしいとも思う。
彼らは目の前にある事実を見ていない。
第七人工島で多くの命がシオンに救われたことも、今なお彼が人類軍では対処できないアンノウンを狩るために戦場に出ていることも、何ひとつ見ていない。
そもそも善悪を見極めようという姿勢すらない。
その態度が気に入らない。
彼が自信ありげに言う“それなり”の数の賛同者は、おそらく両手の指を合わせた程度で数えられるほど少なくはないだろう。
二〇〇名にも満たない〈ミストルテイン〉の船員の中で少なく見積もっても十人以上。
それだけの人間が善悪に問わずシオンを殺すべきと考えている。
その事実が恐ろしい。
ハルマも人外を憎んでいるがゆえに、シオンを殺すべきだと考えたことはあった。
しかし周囲の状況やシオンの人類への貢献を鑑みてそれを押しとどめられるだけの理性もあった。
彼らにはそれがない。
シオン・イースタルは人外に関わりを持つ人間である。だから悪である。
そんなシンプルで根拠のない論理を当たり前のように口にする。
だから卑怯なやり方で殺してもよいのだと、それが正義だと嘯く。
それは、とても理性ある人間のすることではないとハルマは思う。
「俺がシオンを殺すとしたら、アイツの悪事の尻尾を掴んだ上で正面から堂々と殺す。……だまし討ちなんて卑怯な真似をして、異界の軍勢と同じレベルになり下がるつもりはない」
批判するような言い方をしたのはわざとだ。
そういう振る舞いをしたくなる程度には、ハルマは彼らに対して不快感を持っている。
「それに、少なくとも今の人類軍にはシオンが必要だ。やっとこの十年間ほとんど何もわからなかったアンノウンや人外に関する情報が得られるのにそれを無駄にするのは得策じゃない。……上に報告する気はないから計画はやめておけ」
幸いにも食堂の喧噪のおかげでこの場の三人以外に会話が聞かれているということもないだろう。
言いたいことだけは伝え、相手の返事を待たずにハルマは席を立った。
リーナとレイスが慌ててついてくるのを感じながら食堂を立ち去る。
「(……俺、自分で思ってるほどシオンに死んでほしいわけじゃないんだな)」
通路を歩きながら、ハルマはふとそのことに気がついた。
もちろん三年間騙されていたことへの怒りはあるし、人外への憎しみも胸の中で燃え盛っている。
シオンを殺そうとしたことも、死んでしまえと思ったこともある。
それでも、シオンがそれに足る理由もないままに殺されるというのはあってはならないと思えたのだ。
相手が何者であれ、その命を軽んじるべきではない。
誰かに言われてではなく自らそう思える自分に、ハルマはひっそりと安堵した。
 




