6章-合同開発プロジェクト-
マリエッタとシルバの合流の翌日。格納庫の一角に十三技班のメンバーが集まっていた。
そうして集まっているメンバーの前にマリエッタが颯爽と現れる。
「「「(フリフリの服の上に白衣着るんだ……)」」」
マリエッタ本人が何かを言う以前に、十三技班メンバー内の感想は一致した。
昨日とは違っているが、フリフリかつ鮮やかな色のドレスのようなワンピースという方向性自体は変わらない。
そんなどこのパーティに参加するのだろうかという服装の上に白衣を羽織って仕事着というのは想定外というか、アンバランスで違和感がすごい。
「対異能特務技術開発局より参りました、マリエッタ・クラレンスです。以後お見知り置きを」
こちらが内心で抱えている違和感などお構いなしに礼儀正しく挨拶したマリエッタになんともコメントに困っていると、ゲンゾウが大きく咳払いした。
「あー、なんだ。とにかく今日からこの嬢ちゃんもここで仕事することになる。所属からして腕の心配はいらねえだろうが、この手の現場は初めてだろうから必要に応じて手ェ貸してやれ」
「とはいえ、マリーちゃんは日々の整備よりはデータ分析や新規開発なんかがメインになるらしいわ。細かなことは本人から説明してもらえるかしら?」
アカネに促されたマリエッタはひとつ頷いてから口を開く。
「わたくしがここに来たのは、対異能特務技術開発局にて開発した〈ミストルテイン〉や各機動鎧の状況をこの目で確認するため。そして、異能の力についての理解を深めて新たな技術の開発を目指すことにあります」
「……つまり、俺たちがどうこうってよりはシオン目当てってことか?」
ロビンの指摘にマリエッタはフルフルと首を横に振った。
「そういった意図が無いとは言えませんが、十三技班の皆様ともぜひ交流してくるようにと言われておりますわ」
「十三技班との交流推奨する上司ってのもどうかと思うんだが」
ロビンの言葉に数名がうんうんと頷くが、マリエッタは「そんなことありませんわ」と首を振る。
「ステルス能力を持つアンノウンたちに有効なレーダーを一番に準備したのも皆様だそうですし、すでに異能と科学を組み合わせた兵装を開発しつつあるという噂も耳にしております!」
元気よく話すマリエッタの目は輝いており、尊敬に近い感情が向けられているのがわかる。
「どちらかと言えば保守的でルールに縛られやすい人類軍という組織の中においてこのような柔軟な動きができるのはとても価値のあることだと思うのです! わたくしもぜひ見習わせていただきたいですわ!」
それ、本当は見習っちゃいけないやつ。
シオンはもちろん話を聞いていた全員が同じように考えただろうが、目をキラキラとさせている少女にそれを伝えるのはどうにもはばかられた。
十三技班に所属する人間は、基本的にルールや秩序にルーズな人種がたらい回しの末に自然と集まってきたというパターンが多い。
そのため、一般的な感覚を持つ人間を自分たちの色に染めてしまうのが決して褒められたことではないのはちゃんと理解しているのだ。
本人は乗り気だが、技術部門の中でも特殊な部署の人間を十三技班の色に染めてよいものだろうか?
いや、権力のありそうな部署の人間を自由人にしてしまうのは不味いのではないか?
といったニュアンスのアイコンタクトのみでの会話が素早くメンバー内で行われた。
最終的にはその視線の全てがマリエッタの隣に立っているゲンゾウへと向けられる。
「……その辺りはおいおいってことにする。それはそれとして運び込んだ荷物の話をしちゃくれねえか嬢ちゃん」
「「「(あ、後回しにしたなコレ)」」」
決して不自然ではない程度の話題変更に十三技班の面々は察した。
そしてゲンゾウが後回しにしたので、自分たちも後回しにしてしまうことにした。
「一番気になるは、あの新型だ。データには軽く目を通しておいたが、直接聞いておきてえ」
ゲンゾウが視線を向けた先には、目新しい機動鎧が一機。つい昨日荷物と共に搬入された新型だ。
「あちらの起動鎧の名は〈クリストロン〉。皆様が送ってくださった〈アサルト〉を始めとするECドライブ搭載機のデータから開発されました、初のECドライブ搭載型の量産機です」
形状は〈アサルト〉や〈セイバー〉に近く丸みもあるシャープなフォルム。
カラーリングはシンプルなグレーで、量産機らしい地味な印象を与える。
「シオン様のように膨大なエネルギーを引き出すことは叶いませんので光学兵装はほぼ搭載できませんでしたが、改良したECドライブを搭載することで連続稼働時間は従来型の倍近くまで伸ばすことに成功しましたの」
「高出力は諦めて持久力を取ったってわけか」
「はい。無制限のエネルギーを用いての高出力長時間稼働というECドライブの初期構想には反しますが……現状わたくしたちにできる最善のものを作りましたわ」
特に最近は大量のアンノウンが同時に出現することが多くなってきているので、各機動鎧の連続稼働時間の長さは重要になってくる。
妥協と言ってしまうと聞こえは悪いが、この選択自体は英断と言っていいだろう。
「で、そのパイロットがシルバ?」
「その通りですわ。裏話をしてしまいますと、第七人工島でのアンノウン騒動の際にシルバ様が勝手に乗ってしまったのでそのまま流れで。ということになるのですけれども」
「シオンが〈アサルト〉かっぱらったのと同じってこったな」
確かに今となっては当たり前のように乗り回して好き勝手にしているが、〈アサルト〉は置きっぱなしだったのを勝手に使った末に、そのままここまできたのだった。
合縁奇縁という言葉があるが、シオンと〈アサルト〉にしろシルバと〈クリストロン〉にしろ不思議な縁である。
「あとは、その他パーツだのなんだのも結構な量運び込まれたみてえなんだが、そっちはなんだ?」
昨日搬入されたのは〈クリストロン〉とその他無数のコンテナ。
中身は様々なパーツであり、単純に〈クリストロン〉や他の機動鎧の修理用とは思えないくらいの量があったことはシオンたちも把握している。
「いっそ新しい機動鎧くらい作れちまいそうな量だが」
「……まさしくその通りでございます」
ゲンゾウの言葉に対するマリエッタの反応に、十三技班のメンバーがざわつく。
ただし不安や疑問というよりは期待のニュアンスが強いざわつきだ。
「わたくしたち対異能特務技術開発局は異能と科学を組み合わせた機動鎧の開発を目指しております。そして、そのためにシオン様はもちろん皆様の技術力をお借りしたいのです」
「つまり……これまで誰も作ったことないような新次元の機動鎧を作ろう! ってことでいいんすかね?」
「その通りですわ!」
カナエの確認に対してマリエッタが肯定の返事をした直後、静寂が訪れる。
そして次の瞬間には、爆発のような歓声が格納庫を揺らした。
「コイツぁ面白いことになってきやがったな! 対異能特務技術開発局も一枚噛んでくるってこたぁ、お上のお墨付きってこったろ?」
「はい! 上層部からの承認もすでにいただいているプロジェクトになります! 加えて、異能を組み合わせる関係で人類軍内のレギュレーションはひとまず無視して構わないという合意も得られているそうです」
「マジ⁉︎ だったら威力ありすぎるからダメ、みたいなNGもとりあえずは出ないってこと⁉︎」
「おっしゃる通りです」
「「「それはやべえな!!」」」
上層部のお墨付きで堂々とやれるだけに留まらず、十三技班をよく悩ませる“やりすぎてNG”問題も心配しなくていいというのは魅力的がすぎる。
一瞬にして格納庫は満員のスタジアムもかくやというレベルで歓声に満たされる。
「野郎ども!」
そんな騒々しさをゲンゾウの一喝が止め、全員の視線が改めて彼へを集まった。
「話は今の通りだとして、次にやるべきこたぁわかってんだろうな?」
そう言ってゲンゾウが全員を見渡すように視線を巡らせるのに、シオンたちも迷わず頷く。それに満足したようにゲンゾウは不敵に微笑んだ。
「開発コンセプトその他の設計案があるやつは明日までにまとめやがれ! マリーの嬢ちゃんもそれでいいな?」
「はい、もちろんです! まさに迅速果断、やはり十三技班の皆様からは学ぶものが多いですわね!」
「っつーわけで、ひとまず解散! 明日のためにもバリバリ働けよ野郎ども!」
ゲンゾウの号令で全員が走るようにそれぞれが自分の仕事に取りかかる。ただし誰もが頭の中は新型機動鎧の開発でいっぱいだろう。
「(この際、思いっきり魔法を突っ込んでみるか……)」
もちろんシオンもその例に漏れず、〈アサルト〉のもとへと宙を舞いながらも頭の中ではすでに図面を描き始めている。
マリエッタという部外者の参入に少なからず不安を抱いていたはずの十三技班は、こうしてお祭りムードへと突入していくのだった。




