6章-来訪ニューフェイス⑤-
アキトの提案通りに別の会議室への移動を始めたシオンたち。
その人数は、四人。
「当たり前のようにクラレンスさんついて来てるんですが?」
「まあ、そのような他人行儀な呼び方ではなくぜひともマリエッタ、あるいはマリーとお呼びくださいませシオン様」
ニコニコとシルバの腕にくっついて歩いているマリエッタはシオンの言いたいことを完全にスルーしている。
彼女の様子を見ても、わかっていてやってるのか本当にわかっていないのかがよくわからなくてシオンもコメントしにくい。
相手が同い年か年上ならシオンももう少し切り込んでいけるのだが、年下であると思うとなかなか強く出られない。
「マリーは一応オレの直属の上司ってことになるんで……」
「わたくしに内緒でお話し合い、というのは立場上も個人的にも見逃せませんわ」
私情もしっかり含まれてはいるようだが、確かにマリエッタの立場としては直属の部下であるシルバが秘密の話をするのを放置しておくわけにはいかないだろう。
それ自体アキトにとって咎めるべきものではないということで、マリエッタの動向もそのまま許容されることになった。
「最近、世界中のあちこちで人外や関係者たちが動き出してるらしいっす」
手近な会議室で席についてすぐ、シルバはシオンに向かってそう告げた。
シルバの中ではあくまでシオンに向かって話をするという認識なのか、マリエッタはともかくアキトに対しては一切注意を向けていないようだ。
「……それは、世界を脅かす災いってやつ?」
「それを知ってるなら話は早いっすね。……みんな不安がっていろいろと準備を始めてるみたいで」
シルバの言うみんなは、シオンもよく知る第七人工島にひっそりと隠れ住んでいる人外たちやその関係者たちだろう。
「裏道の化け猫は子分の野良猫連中集めて日本の知り合いの神域に逃げるとか言ってたし、図書館の幽霊が音頭を取ったとかで図書館に人工島中の幽霊たちが図書館に集まってせっせと籠城準備進めてる。あと≪魔女の雑貨屋さん≫の第七人工島店は近々店じまいするらしいっす。学生として暮らしてるやつらも何かあればいつでも地元に帰れるように荷物をまとめてる」
ここまではあくまで第七人工島の状況に過ぎない。
もっと視野を広げれば世界各地でアンノウンへの防備が整っている地域への避難や、それぞれのホームグラウンドにおける防備の強化などの動きが見られるのだとか。
シルバの話を聞いて、シオンは正直驚いた。
シオン自身も感じ取っていたものではあるので察知している人外も決して少なくはないだろうとは思ってはいたが、想像以上に一般レベルまで危機感や不安が広がっているらしい。
「そんなにあちこちでなんか起きてるのか?」
「具体的に何がってのはまだ少ないっすけど、ヤマタノオロチの件がだいぶインパクトあったみたいで」
「……なるほどね」
シオンとシルバで話を進める中、隣に座っているアキトがシオンに小さく声をかけてきた。
「ヤマタノオロチの一件はそこまで波紋を呼ぶものなのか?」
「そりゃまあ、神話の時代のバケモノですからね。メジャーどころでもありますし話題のインパクトとしてはかなりのもんだったと思います」
現状、ヤマタノオロチの復活がどういった原因で起きたのかははっきりしていないのでそれを異変と結論づけるのは気が早い。だが、この状況ではもはや原因など関係ないのだ。
単純に“神話のバケモノが復活した”という事実だけで不安を煽るには十分な影響力を持つ。
「で、お前が俺と合流しようとしたのもそういう不安の煽りってことか」
「っす」
シルバは短く返答しながら軽く頷いて見せた。
「正直この後どうなるってのはわからねえっすけど、どう転ぶにしても従者として先輩のところにいるべきだと思ったし、周りの連中もそのほうがいいだろうって」
「だとしても正体バラした状態で人類軍に入ってくるとは思わなかったよ……」
「それは……すんません」
ワイルドな外見に反してシュンと小さくなるシルバ。
年相応に叱られたことに落ち込む姿を見せられてしまうと怒る気が失せてしまうのは、昔からのことである。
「ま、来ちゃったものは仕方ないからいいんだけどさ。……直属の上司だっていうマリエッタはこんな感じでいいの?」
ここまでの話をまとめると、世界の状況を鑑みたシルバはあくまでシオンと合流することしか考えていなかったらしい。
本人も口にしていたが、対異能特務技術開発局に所属したのもそのために都合がよかったというだけでそれ以上の意図はないだろう。
直属の部下がそんな調子でマリエッタは構わないのか、というのがシオンには気がかりだった。
「結論から申し上げますと、問題はございません」
「……いいの?」
「はい、いいのです。そもそもシルバ様は最初から包み隠さず目的を話してくださいましたから」
「……騙して利用ってのは性に合わないんで」
シルバの意図を把握した上でマリエッタや対異能特務技術開発局はシルバを引き入れることを選んだ。
事情は理解できたが、どうしてそのような選択をしたのかがわからない。
「元からわたくしたちはシオン様との接触を望んでいました。そこにシオン様と面識があり、本人も異能の力を持つシルバ様が現れたというのは、こちらにとっても都合がよいことだったのです」
人類軍に対して信頼を寄せているわけではないシオンと接触するにあたり、私的に面識のあるシルバという仲介人がいれば得られる信用の度合いが段違い。
そのシルバ自身も異能の研究に役立つ存在であることも考えれば、シルバの思惑を承知の上で受け入れてしまうほうがメリットが大きいと考えた、ということらしい。
「わたくしたちは異能の研究をさらに進められる。シルバ様はシオン様との合流という目的をスムーズに果たすことができる。WIn−Winの関係というわけですわね」
「対異能特務技術開発局もマリエッタも結構強かなんだってのはわかったよ」
無邪気な雰囲気をしているマリエッタだが、それなりに頭は回るということらしい。
「それに……」
「それに?」
ここまでマイペースにハキハキと話していたマリエッタだが、わずかに頬を染めて口をモゴモゴとさせている。
「お恥ずかしながらわたくし、シルバ様に恋をしてしまったようでして」
「恋」
「少しでもシルバ様のおそばにいられればと思うあまり、少々権力に物を言わせてしまいましたの」
「へ、へえー……」
「もちろんそれだけではいけないというのはわかっていますので、ここからじっくりとシルバ様のことを深く知っていきたいと考えているのです!」
「えっと……頑張って?」
「まあ! シルバ様の主人であるシオン様のお墨付きをいただけるなんて!」
「先輩! ピンと来てないなら煽らないでください!」
マリエッタはシオンの言葉に目をキラキラとさせ、その勢いのまま慌てるシルバに抱きついた。
相手が華奢な少女ということで強引に引き剥がせないシルバとマリエッタの格闘を前に、シオンは遠い目をした。その隣でアキトは天を仰いだ。
「頭痛がする」
「魔女印の頭痛薬でもあげましょうか?」
「……考えておく」
シオンへの返事もそこそこに、わちゃわちゃと騒ぐふたりを前にアキトはかなりわざとらしく咳をして注目を集めた。
「ひとまず、ハーシェル君も危険な人物ではないと理解した。〈ミストルテイン〉の艦長として君たちふたりのことを歓迎しよう」
アキトはマリエッタへと手を差し出して握手を交わすと、そのままシルバに対しても同じように手を差し出す。
それにシルバは少し驚いたようだった。
「……オレ、さっきあんたの命令聞くつもりないって言ったんすけど」
「それは困るので後ほど話し合いをさせてもらうが……その手のパターンはイースタルで慣れてるから今更だな」
アキトはシルバに対して不敵に微笑む。それに目を見開きつつも、最終的にシルバもまたアキトと握手を交わした。
こうして、少々ややこしい事情はありつつも〈ミストルテイン〉に新たな船員が加わったのだった。




