6章-夜闇を裂く白き翼-
分厚い雲が夜の星々の光を遮る夜の闇の中、爆発音と共に大きな炎が立ち昇る。
「――防衛ラインを守っていた最後の一機がやられました! このままではアンノウンに侵入されてしまいます」
赤い炎に包まれた機動鎧であった残骸を上空の偵察機から見下ろして、偵察機のパイロットは叫ぶように後方に控える報告を飛ばす。
現時点で偵察機から確認できるアンノウンの数は中型七体と小型十五体。
防衛ラインを守る部隊によって半数程度まで減らされたがはっきり言って数の多い少ないは問題ではない。
一番不味いのはすぐそこにある都市で住民避難が完了していないことだ。
多くが寝静まっている深夜の襲撃ということで定期的に行っている避難訓練よりもずっと時間がかかってしまっている。
防衛ラインを守る機動鎧たちの健闘で時間を稼いだにもかかわらず、残り二割ほどがまだ避難できていない。
現在他の人類軍の拠点からこちらに向かってきている増援部隊が到着するまで最低でも十五分。
それが到着さえすれば残るアンノウンは駆逐できるだろうが、それまでに避難しきれていない二割の住民たちにどれだけの被害が出るだろう。
『これ以上、避難施設周辺の機動鎧を減らすことはできない。戦車や偵察機で少しでも時間を稼げ! ひとりでも多くの命を守ることを考えて行動せよ』
現状で最も合理的な上官からの指示は、民間人の被害が出ることを確信してしまっているものだった。
小さな地方都市に過ぎないこの都市に配備されている戦力は機動鎧も含めて決して多くはない。
戦車や偵察機をすべて合わせても十台程度しかなく、中型アンノウン七体に対抗できるような戦力ではないのだ。
それらが玉砕覚悟で挑んだとしても住民に被害が出るのは避けられないというのは新米の軍人の目から見てもわかるようなことだった。
それでも、やれることをやらなければならない。
例え自分たちが命を落とすことになろうとも軍人としてひとりでも多くの命を守らなければならない。
偵察機のパイロットは覚悟を決め、小口径の機関銃しか装備のない偵察機で今まさに都市へと侵入しようとしている中型アンノウンへと向かおうとした。
その瞬間、空から光が落ちた。
破壊された機動鎧の残骸からの炎とも都市の照明からの人工の光でもない純白の光がまるで流れ星のように空から飛来して、中型アンノウンを貫く。
突然の事態に、獣に近い姿の中型アンノウンが胴を貫かれて苦悶の叫びをあげるのを偵察機から呆然と見つめることしかできない。
『偵察班! 今の光はなんだ⁉︎』
「わ、わかりません! 突然上空から光が……」
後方からの通信に慌てて周囲を見渡すが少なくとも視界におかしなものはなく、センサーにもそれらしい反応はない。
「(上空からってことはこの機体より高い高度から……?)」
状況からそう推測し、コクピットからさらに上空を見上げる。その矢先、上空を覆う雲を貫くように再び光がこちらへと落ちてきた。
光は真っ直ぐに夜空を切り裂き、今度は先程とは別の中型アンノウンの体を貫いた。
「飛来する光は雲の上から飛来してきています! アンノウンたちを標的としている模様!」
『どういうことだ? 援軍はまだ到着していないぞ⁉︎』
状況からして光を放っているのは人類軍の援軍ではない。
仮にそうであったなら攻撃を行う時点で通信のひとつでも送ってきているだろうし、何より飛来したあの光は光学兵器による狙撃などとは違うものに見えた。
だとすれば、いったいあの光はなんなのだろう?
戦場にいる誰もがその疑問を抱いたであろうそのとき、空を覆っていた雲がまるでカーテンのように左右に開く。
雲が晴れてあらわになった夜空には、星々と満月を背にするように人型のシルエットがあった。
細身のシルエットはかなりの高度にあるのか正確なサイズはわからない。
ただ最大望遠で確認したその姿は単純な人型というよりは中世の鎧のような印象だった。
そして何よりも目を引くのはその背にある翼だ
機動鎧の飛行ユニットのような直線的なものではなく、白く、そしてわずかに透明感のある鳥のような一対の翼が謎のシルエットの背から広げられている。
「……天使」
気がつけばそう呟いていた。
幻想的な佇まいと広がる神秘的な白い翼に、一番に頭によぎった言葉だった。
偵察機をはじめとした人類軍だけではなく、地上のアンノウンたちすらも上空の神秘的な存在に目を奪われている中、それはそっと片手を高く掲げる。
優雅な印象を与えるその動作の直後、掲げた手にはいつの間にか細身の剣が握られていた。
さらに白い翼が一際大きく広がった次の瞬間、消えたと見紛うほどの速度でシルエットが急降下する。
飛来した光と同等にも思える速度で降下したシルエットが直下にいた中型アンノウンの首を容赦なく斬り落とす。
さらに地上を走るかのように飛行するシルエットは次々に残る中型アンノウンたちを消し去っていく。
瞬く間にすべての中型アンノウンを倒し終えれば、シルエットは重力を感じさせない動きでわずかに高度を上げた。
ここに来てようやくシルエットが機動鎧に近い大きさであること。そして最初の印象通り中世の騎士を思わせる白い甲冑のような姿をしていることがはっきりとわかった。
翼を持つ騎士は高く剣を掲げ、その切っ先に光が集まる。
神々しい輝きは天高く飛び上がり、弾けて無数の光へと変わると導かれるように地上へと落ちた。
同時にセンサーに表示されていた小型アンノウンたちの反応が消え失せ、それらが決して無作為に落ちたわけではなく、地上に残っていた小型アンノウンたちを正確に狙い撃ちしたのだと気づいた。
「助けてくれた、のか……?」
この都市の窮地に突如として天から現れ、瞬く間にアンノウンたちを倒したまさに人々を救う天からの使いかのようなその存在は、何をこちらに伝えるわけでもなく白い翼をはためかせて再び空へと消えていく。
怒涛の展開に取り残されるばかりの人類軍は、ただ黙ってそれを見送ることしかできなかった。




