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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
1章 魔法使いと人類軍
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1章-疑惑と誘い-


ギルの立ち去ったテーブルで、ハルマたち三人はなんとも言えない沈黙に包まれていた。


「……実際のところ、どうなのかしらね?」


沈黙に耐えかねたように零された疑問の言葉。

主語のないリーナの言葉の意図を計り兼ねて、ハルマとレイスの視線が彼女に向かう。


「シオン君は、敵なのか、味方なのか」


彼女の問いに、ハルマは答えをすぐに返すことはできなかった。それはレイスも同じであるし、疑問を投げかけたリーナも言わずもがなだ。


ハルマ個人の考えで言えば、シオンは人類にとって危険な人物だと思っている。


軍士官学校の三年に限らず、世間に対して自身の正体を隠し続けてきたこと。

今もなお《異界》や人外についての情報をどこか出し惜しんでいるような態度。

戦闘時にこちらの指示や作戦をないがしろに振舞う姿。

そして何より、《異界》を恨むハルマの事情を知りながらも素知らぬ顔で友人のポジションに居続けたという事実。


私情を挟んでいないとは到底言えないが、客観的に見ても人類軍の味方として信頼するには難があることは間違いないだろう。


しかし、人類の敵だと断定できる材料がないことも事実なのだ。


これまでのシオンの行動は少なくとも人類に仇為すものではない。


第七人工島では彼の力があったからこそ守ることができた命が数百は余裕で存在する。

加えて現在も人類軍からの命令を若干の不真面目さはありつつもちゃんとこなしている。


人類軍の不利益となる行動が認められていないのは間違いない。


つまるところ、敵か味方かをはっきりさせるだけの決定力のあるものが存在しないということだ。


リーナという少女はこの場の三人の中で最も思慮深く、必要とあらば感情に流されずに考えることができる人物だ。


そんな彼女ですら出せない答えを、《異界》を憎むハルマや、軍人としては少し甘すぎるところのあるレイスが出せるはずもない。


誰も言葉を発することがないまま再び沈黙が戻ってくる。


それを破ったのは、三人の誰でもない、新たな人物の声だった。


「そこのお三方。少しいいかな?」


割って入ってきた声の主に目を向ければ、軍服姿の見知った顔の青年が立っていた。

彼はつい先日軍士官学校を卒業したばかりのハルマたちと同期になる新人軍人だ。


軍士官学校時代の彼はハルマたちと同じ特別科の生徒であり、特別に仲がよかったというわけでもないが校内で挨拶を交わしたり多少の雑談をする程度には関わりのあった相手だ。


「久しぶりだね。君たちもこの艦に乗ってたんだ」

「ああ、お前たちみたいに機動鎧部隊の精鋭ってわけにはいかなかったけどな」


レイスの言葉に苦笑しつつ答える青年。

元々少し軽い言動をするタイプなので、この言葉についても深い意味はない冗談のようなものだろう。


「いくら特別科の卒業生とはいえいきなり機動鎧で実戦なんてハードル高いし、俺にはそれくらいのほうが性に合ってるさ」

「あはは……確かに、僕らもまさか新型機のテストパイロットになるとまでは思ってなかったしね」


レイスの言う通り、新型艦に乗り機動鎧のパイロットの任に着くということは事前に聞いていたのだが、それがまさか新型の実験機だとは予想もしていなかった。


いくら特別科の成績優秀者とはいえ、所詮ハルマたちは新兵だ。

普通ならせいぜい広く配備されている量産機である〈ナイトメイルⅡ〉か、その上位機に乗るくらいが普通で士官学校の教師たちからもそんな話を聞いていたのに、蓋を開けてみればこの状況。

〈ミストルテイン〉含むECドライブ搭載機の乗員やパイロットの選定に特別な基準があるという噂は聞くが、ハルマたちの抜擢にもそのあたりの事情が絡んでいるのかもしれない。


「まあそんなことはどうでもいいんだ。ちょっと真面目な話をしにきたんだしな」


急に表情を引き締めた彼に、ハルマたちも思わず表情が硬くなる。


「お前ら、シオン・イースタルのことどう思ってる?」


つい先程まで話していた話題を改めて問われ、三人で顔を見合わせる。


「……正直に言えば、判断がつかないわ。敵と見るにしても味方と見るにしても決定的な根拠になるものがないもの」


リーナの冷静な返答にハルマとレイスも頷く。


「なるほど……確かに今のところ判断できる材料はないよな」


リーナの言葉を受けて納得したように頷いた彼だが、すぐに「でもさ、」と続ける。


「そうやって手をこまねいてる内に、取り返しがつかないことになったらどうする?」

「どういう意味?」

「言葉通りだよ。あのバケモノを証拠がないからって放置してて、その間に本当に危険な仕込みを終えられたら、それこそ大惨事だ」


シオンは敵とも味方とも言えない。つまり敵である可能性も十分にある。

仮にシオンが人類の敵であるとするなら、現在の状況は非常に危険だ。


シオンは協力者として人類軍の内部に入り込んでいる。

決して深くまで潜り込んでいるわけではないが、それでも新型艦の中を歩き回れるなど少なからず干渉できることは間違いない。

さらに異能の力などという人類にとって未知の力を扱える彼が一体どんなことができるのか人類軍もまだ把握しきれていないことを思えば、何ができるかハルマたちにほ予想も難しい。


それを目の前の彼は危惧しているというわけだ。


「……でも、シオンは上層部と交渉して協力関係を結んでるんだ。上層部がそのリスクを見落としてるはずはないんじゃないかな」

「確かに、あのゴルド最高司令官やアキト・ミツルギ艦長がそれを考えてないとは思わない。……でも相手はバケモノだぜ? 異能なんていう妙な力が相手じゃどんな人だって分が悪い。それこそマインドコントロールみたいなことをされてるかもしれない」


レイスの意見に反論する彼の言い分は突拍子のないものにも思えるが、必ずしもあり得ないとは断言できない。

何せハルマはシオンがネコに化けていたことや重力を無視して飛び上がる姿を知っている。

マインドコントロールができるのではと言われれば、可能性はあるのではないかと思う。


「相手が人間なら敵か味方かわからなくて様子見してもいい。人間である以上そこまで予想外のことはできないからな。……けど、今回の相手は何ができるかわからないバケモノなんだ。そんな悠長なこと言ってられないと思わないか?」


三人に向けてどこか大袈裟に語りかける青年。

その目は鋭く、疑念に満ちている。


「……それで、結局お前は何が言いたいんだ?」


ここまでの会話で目の前の青年がシオンを強く疑っていることはわかった。

しかし、何故それをハルマたち三人に話そうとしたのか。


人類軍が上層部がシオンを受け入れる姿勢である中で今の話は下手をすれば反逆ともみなされる。

そんなリスクを冒してまで三人にそれを話したということは、相応の理由と目的があるはずだ。


ハルマの問いかけに、彼は少し声を潜めて言った。


「シオン・イースタルを殺すのに協力してくれないか?」


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