5章-考え続けるという選択-
〈セイバー〉の高度を上げて戦場から少し距離を取る。
〈ブラスト〉の支援もあってここでなら邪魔をされることもないだろう。
わずかに戦場の喧騒から離れた空で、ハルマはそっと目を閉じる。
考えるのは、自分が剣を振るう理由。こうして人類軍に身を置く意味。
ここしばらくずっと自らに問いかけ続けたことに改めて思いをはせる。
始まりはとてもシンプルで、ただの憧れだった。
次に大切なものを守れるようになりたいと願った。
いつしか憎しみを抱えて仇を討つことを目指した。
そして今、ハルマは何を望むのだろう。
シオンと出会い、必ずしもすべての人外が悪ではないのだと知った。
少なくとも人間ではないからという理由だけで排除するなどという考えはもうハルマの中に微塵もない。
しかし父の命を奪った人外たちへの憎しみは確かにハルマの心の底に残っている。
相反する考えに、白にも黒にもなりきれないでハルマは今日まで足掻いていた。
「(でも、そんなにキレイに片付くことじゃないんだよな)」
この世において白か黒かではっきり分けられるものはそう多くはない。
無理やりに白か黒かを定めれば必ずどこかで綻びができる。
だとすれば、ハルマはそんな形だけを取り繕った答えなどほしくはない。
「(なら俺は、答えを出さない)」
今、未熟なハルマに出せる答えなんてたかが知れている。
ハルマがシオンと出会って世界が広がったのと同じように、まだまだハルマの世界は広がる余地を残している。
現在のハルマが信じることすら、もっと視野を広げれば誤りなのかもしれない。
そんな今の状況で出した答えに囚われては、本当に大事なことを見落としてしまうかもしれない。
【異界】のことや人外のことをもっと知ろう。
問題に直面したならその度に最善を考えよう。
自らの過ちに気づいたのなら何度でも考え直そう。
人間もそうでない者たちも幸福に生きられる世界が訪れるように進み続けよう。
決して考えることをやめず、最善を求めて手を伸ばし続けること。
それこそがハルマの掲げる信念。剣はそれを貫くためにある。
ハルマの内に迷いはある。揺らぐこともあるだろう。
そのすべてを認め、抱え、それでもなお進み続けることがハルマの選択だ。
「……お前がそれで満足するかどうかなんて知らない。だとしても“芯がない”なんて言われる筋合いはない!」
確かな思いを胸に、自らの身から魔力を強く解き放つ。
「お前がなんなのかなんて知らない、ただ黙って応えろ!」
叫びに答えるようにつながりを辿って力は流れ――止まることなく、途切れることなく何かに触れた。
その瞬間、思念のようなものが自身に流れ込んでくるのを感じる。
音ではなく、言葉ですらない。それでも流れ込んできたものの意味をハルマは理解できた。
同時にモニターに表示されているECドライブの出力がはね上がる。
さらに〈アロンダイト〉の刀身を淡い魔力の輝きが覆う。
「……行くぞ、〈セイバー〉!」
上空から重力を加えての急加速で一気に戦場へと突入する。
狙いは言うまでもなく、女王バチただ一体のみだ。
その気配を察したのか女王バチは再び逃げへと転じた。
それを〈セイバー〉は最高速度で追いかける。
回転砲台代わりの小型アンノウンたちが放つ閃光を寸前でかわし、時に光を纏った〈アロンダイト〉で斬り払う。
横槍を入れようとする小型アンノウンたちは〈ブラスト〉によって撃ち落とされ、〈セイバー〉は一気に女王バチへと距離を詰めた。
瞬間閃いた刃がまずは女王バチの体にしがみつく三体の小型アンノウンを両断する。
そうしてできた一瞬の空白に女王バチの刃のような足が〈セイバー〉を狙う。
「遅い!」
迫る刃を〈アロンダイト〉が逆に斬り裂き、力を失った二本の足が宙を舞った。
武器である足を失って悲鳴のような不愉快な音を響かせる女王バチを前に〈セイバー〉は〈アロンダイト〉を高く掲げた。
掲げた刃は纏う光を強め、周囲の小型アンノウンたちの動きまでも鈍らせるほどの輝きを発する。
それに対処するように女王バチが魔力防壁を展開するが、ハルマは決して焦らない。
今の〈セイバー〉であればこの魔力防壁を打ち破ることができると確信している。
「力を貸せ、〈アメノムラクモ〉!」
神剣の名を強く叫びながら振り下ろした一閃。
一条の輝きを空に刻んだ一撃は魔力防壁を紙のようにあっさりと斬り裂き、女王バチの頭部を斬り裂く。
次いで刻みつけた傷痕から光が溢れ、刹那眩い閃光と共に女王バチのみならず数多の小型アンノウンを消し去っていく。
清らかな輝きが止む頃には、戦場は優しい静寂に包まれていた。




