1章-ギル・グレイスという少年②-
シオン・イースタルは嘘をついていた。
ただの人間のフリをして三年に渡って軍士官学校で何食わぬ顔で過ごし、その秘密を誰に語ることもないままハルマたちはもちろん多くの人々を騙し続けていた男だ。
ギルもまたそんなシオンに騙されていた側の人間のはず。
それなのに彼はシオンに対してなんの不満も怒りも抱いてはいないように見える。
「アイツは《異界》や人外どもと関わりがあるんだぞ」
「らしいな」
「今までずっと俺たちのことを騙してたんだ」
「そうだな」
「この先、俺たち人間の敵になるかもしれない」
「かもしれねえな」
ハルマの言葉に対してギルは反論しない。
しかしだからといってシオンを危険だと見なしていないのも明らかだった。
騙されていたはずなのに、裏切られたはずなのに。
同じ立場のはずなのに自身と真逆とも言える態度を示すギルが、ハルマにはどうにも腹立たしい。
「……そんなアイツを、どうしてお前は親友だって言えるんだ?」
正面から問いかけるハルマに対してギルは困ったように頭を掻き、それから少し悩む。
「わかんねえや」
少しの間をあけて返された答えは、到底答えとは呼べないものだった。
「わからない……?」
「どうしてって聞かれるとなんて言えばいいのか……俺がシオンくらい頭よかったらちゃんと言葉にできるのかもしれねえけどな」
「考えるのは苦手だ」とぼやくギル自身、本当に理由を言葉にできないのだろう。
「だったら、なんであんな風に言えるんだ」
シオンを親友だと言うギルの声に迷いはなかった。
どうして理由を言葉にすることもできない中で、あのように断言することができるのか。
「三年間アイツの隣にいたんだぜ? 隠し事ひとつでどうこうなるほど安い関係じゃねえよ」
「そんな軽く見ていいものなのか?」
隠し事ひとつ。
確かに数という考え方をするのならその通りなのだが、隠し事自体はとても軽いものとは言えないはずだ。
何しろ、今現在人類が戦争している相手との関わりを隠していたのだから。
それに、もっと掘り下げればさらに様々な秘密がきっと出てくる。
「いいか悪いかは、正直わかんねえ。でも、少なくとも俺にとってはそんな大それたものじゃない。……もちろんお前にとって違うってことはわかってるけどな」
気まずそうにハルマから目をそらしたギル。
しかし一呼吸おいてから再びこちらを真っ直ぐに見つめ返す。
「確かにシオンは人外とかと関わりがあるんだろうけど、正直そんなことどうでもいい」
その瞬間、ハルマは視界が真っ赤に染まったような感覚と共に拳を強く握りしめる。
ギルの「どうでもいい」という発言にハルマは憤りを隠せない。
それはギル自身にも予想できていたようだが、それでも彼は正面から険しい表情のハルマから目をそらすことはしない。
「人外と関わってたとしても、シオンはシオンだ。危険だなんて思わないし、アイツが俺に何かしてくるなんてあり得ないって信じられる」
「その信頼を裏切られたら?」
「もしそうなったら、勝手に信じた俺が悪いってだけだろ」
シオンを信じると言うギルに最悪の可能性を突き付けても、彼は軽く笑いながら答えるだけだった。
「俺が、俺自身が、これまで見てきたシオン・イースタルを信じてる。誰に言われたわけでもなく、ただ俺が自分の意志でそれを選んだ。……それについて誰かに文句言ったりしない」
「…………」
「もちろん、お前がシオンのこと嫌うのも自由だし……俺もお前みたいに《異界》のせいで家族が死んでたら、今みたいには考えられなかったと思う」
それでも自分はシオンを親友として信じるのだと。ギルははっきりと告げた。
ハルマもまた、シオンに対する考え方において自身とギルの意見はどこまでも平行線であることを理解した。
「話、これで終わりでいいか?」
「ああ、聞きたいことは聞けた」
「そっか」
ギルはそのまま残っていたサンドイッチをあっという間に平らげ、「ごちそうさま」と行儀よく手を合わせる。
「……俺とお前の意見は多分合わねえけど、別にお前のこと嫌いとかじゃねえから。機体の不調とかはちゃんと相談してくれよ」
最後にそれだけ告げてギルは食堂から去って行った。
「(……アイツより、俺のほうがガキみたいだな)」
単純な性格のはずなのに終始迷うことも声を荒げることもなかったギルと、簡単に憤り敵意のこもった視線を向けてしまったハルマ。
どちらが子供かと言えば間違いなくハルマのほうだった。
それが自覚できてしまって、どうにも負けたような気分になってしまう。




