5章-いつかの理由-
時は過ぎ、朱月との夢の中での手合わせが始まって七回目の夢。
未だハルマは剣を振るう理由を見つけられないでいる。
〈ミストルテイン〉はあと三日もすればひとまずの目的地である欧州に到着してしまう。
一区切りという場面が近づく中、未だECドライブの制御の目処が立っていないのだ。
元々すぐに見つけられるようなものではないと覚悟していたわけではあるが、こうもなんの進展もないとなるとさすがに焦りもする。
「お前さんはよぉ……なんでそうも剣の腕がいいんだ」
少し手合わせをして休憩を入れたところ、ハルマの焦りなど気にする様子もない朱月はどこか不満そうな様子で言った。
「なんでそれで文句言われないとならないんだ?」
「文句じゃねえけど、なんか普通に腹立つ? もっとこう、遊んでやろうって気でいたのに見当が外れたっつーか」
現状、手合わせをしているハルマと朱月の実力はほぼ互角だった。
ハルマがひとつ勝てば次は朱月が勝ち、かと言って朱月の連勝をハルマが許すこともなく取り返し、たまに引き分けのような結果になったりととにかく互角としか言いようがない。
「そうは言ってるけど、お前魔法の類は使ってないし加減してるんだろ?」
「そりゃあ、術の類も使うとなりゃハルマの坊主なんて一捻りだぜ? でも俺様の予定では剣の腕だけでも十分なはずだったんだよ」
そう言ってぶすくれた顔をする朱月だが、今は青年の姿なので決して可愛くなどない。
シオンがこの場にいたなら容赦なく「デカい男がそんな顔してもキモい」くらい冷たく言い放っていただろう。
「なんなのお前? 戦乱の時代ならともかくこのご時世にその剣の腕いるか? 侍
とか武士とか絶滅してるよな? 生まれる時代間違ったんじゃねえの?」
「お前、俺が思ったより強かったってだけでよくそこまで勝手なこと言いまくれるな……」
ずいぶんと好き勝手なことを言ってくる朱月に怒るのを通り越して呆れてしまう。
見た目は青年だというのにまるで駄々をこねる子供のようだ。
「剣の腕は、小さい頃からやってるからそれなりにな。だいたい、多分兄さんや父さんにはまだ及ばないぞ俺」
「うへぇ、御剣家がそもそもこの時代の家じゃねえってことか」
「さすがに怒るぞ?」
ハルマの鋭い視線に「おー怖」と朱月と言っているが、どう見てもそんな風に思っているようには見えない。
「真面目な話、ガキの頃なんて遊び盛りだろうにそんな年頃から剣を取る必要もねえだろうが」
一転して少しばかり真剣な目で尋ねられて、改めて自分がどうしてその選択をしたのかを思い出してみる。
「最初は単純に、父さんと兄さんの真似をしただけなんだ」
小さな頃、大きくて堂々と背筋を伸ばして立つ父も、賢く凛とした雰囲気を持つ兄もハルマにとって憧れの存在だった。
小さすぎてはっきりと覚えているわけではないが、そんなふたりがやっているからやりたい、という安直すぎる理由だったのだと思う。
「そうこうしてたら母さんが死んで、そこからは強くなりたいって思うようになった」
優しくハルマたちを守ってくれていた母が死んでしまって、とても悲しかったし不安でもあった。
そんなとき、すぐそばでナツミが泣いていたのだ。
自分のすぐ隣で泣く大事な片割れを見て、守りたいと思った。
仕事や学業のためハルマたちのそばにいられない父や兄に代わってナツミを安心させてやれるように、逆に父や兄が安心して自分のやるべきことができるように、ハルマが強くならなくてはならないと子供ながらに感じたのだ。
ナツミを守る強さを。父や兄に心配をかけない強さを。
それがハルマが剣を手にした一番初めの理由だったのだろう。
「(……今となっては、そんな純粋なものじゃなくなったけどな)」
ただ大事な人のために求めていたはずの力は、いつしか復讐のためのものへ変わってしまっていた。
広い視野を持てるようになった今となってみると、あまり褒められたものではなかったと思う。
黙り込んでしまったハルマを前に、朱月は気まずそうに頭の後ろを掻いている。
「そういう話ができるあたり多少は前に進んでるんだろうよ」
「だったらいいんだけどな」
こういう場がなければ一番最初の理由を思い出すことなどなかったかもしれない。
あとはそれが新しい理由につながっていってくれるかどうかだ。
「それこそ、原点回帰ってことでもよさそうなもんだがな」
「原点回帰?」
「“妹や身内を守れるように強くなりたい”。……お前さんみたいな人種には一番しっくりくる理由だろ」
言い方は雑にも思えるが、こちらを見る朱月の目は決して冗談で言っているようには見えない。
かなり真剣に提案してくれているのだとハルマにもわかった。
「しばらく太刀筋見てて思ったんだが、お前さんは敵討ちはもちろん悪どいこと全般に壊滅的に向いてない。嘘も得意ってわけじゃねえわ騙し討ちには拒否反応示すわ……むしろよくまあ六年も人外相手の恨み辛み抱えてられたもんだ」
「……馬鹿にしてるのか?」
「悪事が働けないってのは人間相手ならむしろ褒め言葉になるんじゃねえの?」
よくわからないとでも言いたげな様子で首をひねる朱月からは少なくとも悪意は感じない。馬鹿にするような意図はないようだ。
「……確かに最初の理由に立ち戻るのは悪くないかもしれない、けど」
「けど?」
「それは今の俺の理由じゃない」
ハルマが初めて剣を取ったときとは何もかもが違い過ぎている。
もちろんナツミや周囲の人々を守りたいという思いはあるが、決してそれだけではないのだ。
「その願いに逃げても、きっと剣は認めてくれない。運よく認められたとしてもきっとどこかでまた揺らぐ」
「……ホント、とことんこういうことにゃ向いてないな」
「ちょっとばかしズルさせてやろうと思ったのによ」とケラケラ笑う朱月だが、目論見が外れた割には楽しそうにしている。
「お前さんの言う通り、あとで揺らがれても困るしとことんやりゃあいい……が」
「何か問題でもあるのか?」
「そろそろシオ坊が何かやらかしそうでな」
確信にたる何かを掴んでいるというわけではないらしいが、それにしては朱月の言葉には自信が感じられた。
「この船が飛んでる間は動かねえと思うんだが、そろそろどっかに降りる機会もあるだろ」
「そうだな、欧州に着けば補給のためにどこかの基地に停泊することになると思う」
「最悪そこで時間切れだ」
「ま、俺様の勘でしかねえんだが」と朱月は言っているが、決してあり得ない話ではない。
シオンがハルマに剣の力を使わせることをよく思っていないのは確かだとアキトからも聞いている。
そして、基本的には怠け者だがやると決めればすぐにやるのがシオン・イースタルという人間だとハルマは知っている。
裏工作をするのなら十分すぎるくらいに時間があった。彼が何かを起こすまでにそう猶予はないのかもしれない。




