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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
5章 古き都にて
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5章-友好の思惑-


「――なんだか、今日は一段と動きのキレがよくなかった?」


なんてことのない中型から小型のアンノウンとの遭遇戦を終えて〈セイバー〉を降りてすぐ。

まだパイロットスーツから着替えてすらもいないハルマにリーナは少し不思議そうな顔をしながら言った。


「そうか?」

「私の気のせい、かもしれないけどなんとなくね」

「僕も少しそんな感じしたかな」


士官学校時代からハルマと共に機動鎧を乗り回してきたふたりが指摘してくるということはおそらくそうなのだろう。

ハルマ自身、心当たりが全くないというわけでもない。


「(あんなに他人と打ち合ったのも久しぶりだったしな……)」


夢の中での朱月との手合わせは実際始まってしまえばかなりヒートアップした。

現実ではないため体力が尽きるということがなかったせいもあって、どれだけの回数をこなしたのかも正直覚えていない。


基地に停泊していた頃は出撃もなく、魔力制御の訓練に時間を使っていたこともあって戦闘訓練はおざなりになっていた。

言ってしまえば少しばかり腕が鈍っていたわけだが、昨晩の長時間かつ集中して行った手合わせでそれが解消――を通り越してキレがよくなるまでいったらしい。


「まあ、今日はちょっと調子がよかったのかもしれない」


とはいえシオンも近くにいる場で朱月とのことを話すわけにもいかないので適当にごまかすしかないのだが。


「はぁ〜本職のパイロットはそんなこともわかるんだね〜」


内心朱月とのことがバレまいかと警戒しているハルマのことなど知ったことではないとばかりにシオンは普段よりもさらに気の抜けた様子で感心したように言う。


「俺には機動鎧の動きのキレとか全っ然わかんないや」

「いや、お前も一応はパイロットだろ」

「そうだけどさ、三年みっちり訓練した三人とは違うじゃん?」


士官学校で特別科に属し、パイロットを目指していたハルマたちはそれこそ休日を除けば一日に最低一回は実機なりシミュレーターなりを使っての操縦訓練があった。

対する技術科所属のシオンは一年目に基本的な操縦を仕込まれたあとは選択科目扱いになってしまうので、本人にその気がなければ一年で終わりということになる。


シオンは選択科目として授業を取ってはいたようだが、それでもハルマたちの訓練量と比べれば三分の一あったかどうかといったところだろう。


「今更だけど、よく操縦技能の授業選択してたわよね? 結構体力も使うからシオンなんて特に嫌がりそうなのに……」

「十三技班の方針。……テメェがまともに動かせねえもんを動かす人間のために整備できるわけねえだろうが馬鹿野郎、って親方が言うから」


要するに「パイロットが使いやすいように整備するにはパイロットの視点を知る必要がある」ということなのはわかるのだが、いちいち言葉が物騒なあたりさすがの十三技班である。


「結果的にそれが役立ってるあたり、人生何があるか本当にわかんないもんだよね」

「あはは……シオンはいつも平穏無事に生きるのが目標って言ってたのにね」

「なのにねー。気づけば最前線でドンパチやってるとかホントもう、ままならないっていうね!」


大袈裟にため息をつきながらもブリッジへの報告のために歩き出したシオンにレイスが慰めの言葉をかけながら続く。

ハルマもそれに続いたところ、リーナがぴたりとハルマの隣に着くように歩調を合わせてきた。


「……少し安心したわ。昨日、なんだか変だったから」


誰が、なんて聞くまでもない。

昨晩、夢の中に入ってすぐに朱月に指摘されるほどだったのだ。

それ以前の段階から、周囲から見ておかしな様子だと思われてしまっていたとしてもなんら不思議ではない。


「レイスやシオンにも気づかれてたかな?」

「レイスは気づいてたと思うわ。シオンは……昨日ははしゃいでたし多分大丈夫よ」

「そっか」

「今日も調子悪そうだったら声をかけようかと思ってたけど、大丈夫みたいね。……誰か相談に乗ってくれる人でもいた?」


相談に乗ってくれる人なんていなかった。

ただ、ハルマが抱えていた悩みや不安を吹っ飛ばした者はいた。


「(手合わせに夢中でそういうこと全部どこかに行ってたな)」


想定していなかった急な展開やら腹の立つ挑発やらで、気づけば朱月を倒してやろうという気持ち以外はハルマの頭から消えていた。

もちろん落ち着いて考えれば悩み自体が完全になくなったわけではないのだが、少なくとも昨日ほどは深刻に悩んではいない。


「(結果的……いや、もしかして狙ってやったのか?)」


朱月本人は認めなかったが、昨日のハルマの様子を心配はしてくれていた。

悩んだままでも進むという選択をしつつも決して不安がないわけではなかったハルマの気持ちを軽くしてくれたのは間違いなくそんな朱月だ。


それだけで絆されるほどハルマは甘くはないが、少し気になることはある。


「(普段からああいう態度だったとして、シオンはあれほど警戒するか……?)」


シオンはハルマたちに、絶対に朱月に気を許してはいけないと言った。

何よりシオン自身が朱月に気を許していないのはふたりの会話していた様子からもわかる。

“鬼”という種族がそうだから、ということも口にはしていたが、シオン自身が朱月から軽い裏切りを受けていたのも理由のうちに入るようだった。


察するにシオンがそういった考えになっているのは、朱月がそう思わせるような振る舞いを日常的にしているからなのだろう。


では、何故ハルマに対してそれをしないのだろうか?


朱月の立場を考えれば、シオンとハルマならシオンに友好的な対応をしたほうがプラスになるに決まっている。

シオンが“鬼”という種を警戒しているのだとしても、敵対するようなことを何もしていなかったならあそこまでギスギスすることもなかったはずだ。


損得勘定ができないわけでもないはずなのに、何故メリットの少ないハルマのほうに友好的な態度を取るのだろうか?


「(何か目的があって猫被ってるっていうのが一番ありそうな話ではあるんだが……)」


朱月に、シオンではなくハルマにすり寄ることで得られるメリットなどあるのだろうか?

少なくともハルマには思いつかない。


「ハルマ?」

「……あ、いや。別に誰かに相談したわけじゃないんだけど、一晩少し考えて落ち着いただけなんだ」

「そう? ならいいけど、困ったときは相談してよね」


リーナの言葉にしっかりと頷いて見せつつ、改めて朱月について少し考えてみる。


「(なんの理由もない、ってことはないんだろうな)」


問題はそれがなんなのかだが、残念ながらそれがハルマにわかるとは考えにくい。


結局はこれまで通り、決して気を許さずに警戒しつつ関わっていくしかないだろう。

現状維持しかやりようがないというのはもどかしいが、それもやむを得ない。


「(手がかりを見落とさないように、しっかり朱月を見る。……俺ができるのはそれくらいだな)」


答え探しに加えての自身のやるべきことを心の中で反芻し、人知れず気合を入れ直したハルマだった。


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