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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
5章 古き都にて
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5章-垣間見えたもの-


夢から覚めてすぐにアキトに連絡を取れば、あっさりと朱月の言っていたことが事実であると返事が返ってきた。

合わせて、ハルマにECドライブの制御を指導することに対してシオンが少なからず抵抗を持っていることも確認が取れた。

夢の中で朱月が話したことに嘘はなかったということらしい。


「確実に信用できるというわけではないが、イースタル頼りの現状を脱するためには多少の博打も打っていかなければならない」


アキトに朱月の提案を受け入れた理由を尋ねればそんな言葉が返された。

加えて「実際に提案に乗るかどうかは当事者であるお前が決めていい」「お前を信じて任せる」という言葉を受け取って通信は終わった。


アキトに重大なことを任せてもらえて嬉しい気持ち半分、なかなかに厄介なことを頼まれてしまったことへの不安半分という心地で朝の身支度を整える。


「(とりあえず、朱月が今晩の夢に出たら了承の返事はしよう)」


アキトが許容しているとはいえ朱月が信用ならない相手である事実に変わりはないが、彼の手助けを受けて上手くことが運べば、ハルマはアンノウンや人外との戦いに有用な武器を手にできる可能性が高い。

それは人類軍にとってもハルマ個人にとっても大きな価値があることだ。


警戒は決して緩めない。その上で朱月の提案に乗る。


それがハルマの出した結論だ。


しかしひとつだけ、ハルマの中には引っかかっていることがある。


「(シオンは、どうしてああ(・・)なんだ)」


朱月の言葉にもあったように、シオンはハルマたちを守ることにこだわる。

それはいっそ一方的過ぎるほどに、ハルマたちの意思などまるで気にすることもなく、シオンはハルマたちを危険から遠ざけようとする。


大切なものを傷つけたくないという気持ちはわからなくもないが、シオンのそれは少々度が過ぎている。


その根幹にはいったい何があるのだろう。


今回のことがシオンに気取られてはならないことはわかっている。

それでもこの引っかかりをそのままにしていてはいけないと、ハルマの中で何かが叫ぶのだ。




時間は経過し、ハルマは近頃すっかり来慣れた格納庫にいた。

今日も今日とてリーナとレイスとともにシミュレーターに励む。


ひとりが連続で挑戦することはせず三人で順番に挑戦する、というシオンに最初に受けた指示を守っていることもあって自分の番でなければそれなりに暇を持て余す。


その時間を利用して、ハルマは〈アサルト〉の整備をしているシオンへと目を向けていた。


格納庫内では魔法を出し惜しまなくなった彼はフワフワと浮かびながらなんらかの作業をしている。

そのほうが何か都合がいいのか、まるで逆立ちするように天地逆さに浮かんでいる様はなかなかにシュールだが、そんな光景にすっかり慣れつつある自分にも気づいてしまい少々微妙な気分になった。


「(普段通り、なんて当たり前か)」


朱月やアキトの証言通りであれば裏でこちらの意に反した行動を起こそうとしているかもしれないというシオンだが、一見怪しげな様子はない。

とはいえ、相手はそういったことを隠すのが大得意な男だ。

仮にこちらの予想通り何かを企てていたところで、それを見ただけで察知するのは至難の業だろう。


「(こう考えると、本当に俺は何も知らないな)」


ギルのように親友と呼べるほどの関係ではなかったにしろ、士官学校二年目以降は友人としてそれなりに話をしたり休日をともに過ごしたりするような間柄だったはずなのだが、今となっては付き合いの短いアキトのほうが余程シオンのことを理解しているように思う。


シオンが意図して隠していたというのはもちろんあるのだが、それでも何も見えていなかった自分が少し情けない。


しばらくハルマたちがシミュレーターを続けていると、作業を終えたシオンがふわふわと浮いたままこちらへとやってきた。


「進捗どーですか?」

「俺はあとステージ10だけ。ふたりは今ステージ8だ」

「マジ? ミツルギ兄じゃ今日か明日には終わっちゃうじゃん」


ハルマの答えにギョッとしたシオンはその場で頭を抱え始めた。


「どうしよ……剣のことまだわかってないし、ミツルギ兄にやらせるネタなくなっちゃうんだけど……」

「そうなのか?」

「正直ステージ10までクリアできると思ってなかったっていうか……少なくとも俺にはクリアできないし」

「おい」


どうもこの男、自分にクリアできないものをクリアしろと指示してきていたらしい。


「別に最初から全クリしてもらう予定なんてなかったんだよ。半分いければ実戦ではなんとかなるかなって」

「そういうことは最初に言ってくれる?」

「リーナ違うぞ。コイツわざと黙ってたんだ」


ハルマの指摘にシオンがさっと顔をそむけた。どうやら予想は当たっていたらしい。


「いやーほら、目標はちょっと高めに見せといたほうがいいっていうじゃん? 命に関わる問題だしさ」

「そう言いながら俺の手が届かない高度に逃げるんじゃない」

「拳骨が落ちないなら降りる」

「……わかったから降りてこい」


殴られないとわかって安心したらしいシオンがふわりと降りてきた。

重力を感じさせない動きでハルマの隣に立ったシオンを見下ろして、あることに気づく。


「シオン、お前縮んでないか?」


元々シオンはハルマより小柄だったが、以前よりもシオンの頭が低い位置にある気がする。そう指摘すればシオンは一瞬ポカンとした顔をしてから、盛大に顔をしかめた。


「俺が縮んだんじゃなくてそっちがデカくなってるんだよ! この成長期が!」

「……成長期は悪口じゃないと思うけど」


レイスの冷静な指摘はシオンには届いていないらしく彼はわかりやすく機嫌を悪くしている。


「ギルといいみんなニョキニョキ伸びやがって……」

「まあまあ、シオンだってまだ伸びるかもしれないし……」


呪詛を吐くようにブツブツと呟くシオンにリーナがフォローを入れたが、シオンは大きくため息をついた。


「無理無理、俺は多分もう伸びないよ」

「……は?」

「だって俺って一世代目の神子だし。俺みたいなのは十代半ばで老化が止まるもんなんだってさ」

「じゃあ、シオンは十年経っても今の状態からあんまり変わらないの……?」

「多分ね。歳も取らないし、寿命も人間の倍くらいの長さなんだとか」


なんでもないことのように告げられた言葉に理解が追いついていかない。

言葉だけではイメージがわかないというのはあるが、そもそもの内容がハルマたちの理解を超えている。


「……シオンは僕たちの誰よりも長生きするってこと?」


アキトやリーナが言葉を見つけられないでいる中、レイスがポツリとそう口にした。

いつだったか、そんなドラマか映画を見たことがある気がする。

人より長く生きる存在が愛した人や友人を全て見送ってなお孤独に生きていかなければならない――そんな悲しい物語を。


「そりゃそうだけど、あんまり言葉にしないでほしいな」


拗ねた子供のように軽い調子で不満を示したシオン。しかしレイスの言葉を否定したわけではない。

その事実に気づかないハルマたちではもちろんなく、誰もその事実に上手く言葉を返せなかった。

そんなハルマたちの様子を見かねたようにシオンはふわりと宙に浮かび上がって高い位置にあるレイスの頭を撫でる。


「こういう空気苦手なんだよね……それにそこまで深刻な話じゃないよ。玉藻様なんかは余裕で生きてるだろうしね」


そう言って笑ったシオンは「イケメンは髪もさらっさらでイケてるね〜」なんて騒ぎながらレイスの頭を撫で回した。

それから暗くなった空気を振り払うようにシミュレーターの再開を促してくる。


順番の回ってきたリーナがシミュレーターを開始し、同じステージに挑戦中のレイスも自身の攻略のためにその様子をじっと見守り始める中、シオンは安心したように飛び去ろうとしたのだが、ハルマは咄嗟にその手を掴んでしまった。


急に腕を掴んだせいかシオンの体は空中でぐるんと回ってしまう。


「っ、ごめん!」

「別にいいけどビックリした……」


そのまま空中で体勢を立て直してから「どうかした?」と語る視線を投げかけられて、ハルマは自ら引き止めておいて言葉に迷った。


シオンはレイスを撫でながらいつものように笑ったが、ハルマにはその笑顔に少しだけ影があったように見えたのだ。


確かにハルマたち人間の知人がいなくなったところで人外の友人たちはいるのかもしれないが、人間の知人を先に失うことに変わりはない。

自分の命を投げ出すほどにハルマたちを大切にしてくれているシオンにとって、それはとても大きな悲しみなのではないだろうか?


物語ではそれすらも優しい結末になるように描かれていたが、果たして現実でもそんな風な終わり方ができるのだろうか?


「余計なこと、言っちゃったな」


知らせなければよかったとでも言いたげな後悔を滲ませた声がやけに耳についた。

見上げた先に浮かぶシオンの顔は表情こそ微笑んでいるが、その目だけは悲しみを宿しているように見えた。


「シオン、俺は……」

「さっきのこと気にするなら、できるだけ長生きしてよ。……見送る(・・・)ってのは、正直めちゃくちゃしんどいから」


それだけ告げて、ハルマの言葉を待つこともせずシオンは飛び去る。

無意識の内に虚空に伸ばした手をそのままに、ハルマは結局何ひとつ言葉にすることはできなかった。


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