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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
5章 古き都にて
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5章-朱き鬼の企み-


月のない夜空の下、慣れ親しんだミツルギ本邸の庭にハルマは立っていた。


「いや、おかしいだろ」


ハルマは一日を終え、〈ミストルテイン〉の自室で眠りについたはずだ。

このように実家の庭に立っているはずがない。


つまり、結論としては夢ということになるはずなのだが、


「ほー、寝起きのはずなのにずいぶんと頭が回ってやがるなぁ」


感心したような第三者の声に警戒しつつ勢いよく振り向く。するとそこには朱月がのんびりと浮かんでいた。

「シオ坊だともう少しぼーっとしてやがるんだが、話が早くていい」などと言いながら彼はケラケラと笑っている。


「……お前、俺の夢に化けて出たのか?」

「すげえな。ハルマの坊主がそこまで察しがいいとは」


明言こそしていないが返ってきた言葉はハルマの問いを認めたも同然だった。


「どうしてわかった? たまたまお前の夢に俺が出ただけかもしれねえだろ?」

「俺はシオンの寝起きなんて詳しくは知らない。……悪そうだとは思ってるけどな」


目の前にいる朱月がハルマの作り出した幻なのだとしたら、ハルマの知らないことを口にするのは不自然だ。


「あとは、お前が俺の夢に出てくるなんて普通に気分が悪いから自分の無意識って線を否定したかっただけだ」

「ひっでーの。知り合って間もないのにそこまで嫌わなくてもいいじゃねえか」


一瞬だけ拗ねたような顔をしたが、次の瞬間にはけろりと普段のようなわずかににやついた表情に戻っている。

言葉ではああ言いながらハルマに嫌われていることを少しも気にしていないのだろう。


「ま、俺様としては話が早くて助かるからいいさ」

「人の夢にまで出てきていったいなんの用だ」


朱月に問いかけつつ決して警戒は緩めない。

武器が何もないのは少し不安だが、何か妙な動きをすればすぐに拳を叩き込めるように相手に気取られない程度に攻撃態勢を取る。


しかし朱月にはそんなハルマの意図はお見通しのようだった。


「まあまあ、そう警戒しなさんな。俺様はお前を手助けしにきたんだぜ?」

「俺が信じると思うか?」

「いや、全然」


あっさりと首を横に振った朱月に脱力しそうになるのをぐっと堪える。

こういう気の抜けるような振る舞いで相手のペースを崩す、という手を使う性悪(シオン)をよく知っているので比較的耐性はあるのだ。


「だから今回はちゃんと信用を得られる材料を用意しておいた」

「どういう意味だ?」

「お前の尊敬する兄様に話を通してあるってこった」


曰く、朱月がハルマの手助けをすることについてアキトとミスティの両名に話を通してあるのだそうだ。

ハルマが朱月を信用できないことは明らかだったからこそ、ハルマにとって信用に足るアキトを仲介役としようという魂胆だろう。


「今回は説明するだけで何かするつもりはねえからな。夢から覚めたあとにお前の大好きな兄様に確認すりゃいい。それならひとまずお前も納得できるだろ」

「……今こうして話してる裏で、お前が俺に何かしている可能性はあるんじゃないか?」

「目の付け所はいいな。確かにやろうと思えばできるだろうが……んなことしたら俺様は明日シオ坊に殺される」


朱月はあっさりと口にしたが、不思議と冗談には聞こえなかった。


「こうして夢に出るくらいなら痕跡さえ残さなけりゃ大丈夫だろうが、術のひとつでもかけたら確実にバレる。あの神子様はああ見えて気が短いんでな……とくに愛し子(・・・)に手を出したとなりゃ弁解ひとつ聞いちゃくれねえだろうよ」

「そこまで物騒では……」

「なくはねえだろ? “気に食わない”ってだけで数十人殺すんだからな」


ハルマの言葉を遮った朱月の反論にそれ以上何も言えなくなった。


ハルマが普段目にしているシオンは決して簡単に命を奪うような男ではない。しかし中東においてあっさりと数十の命を奪ったのも紛れもない事実だった。


目の前の鬼には、ハルマには見えていないシオンの一面が見えているのかもしれない。


「とにかく、そういうわけだから俺様がお前さんに何かすることはあり得ねえ。こうして夢に出るだけでも割と危険なくらいなんでな」

「……そうまでして俺の手助けをするメリットがお前にあるのか?」


こうして話をしているだけでも下手をすればシオンに殺されると話す朱月は決して冗談を言っているようには見えない。

それでも朱月がこうして行動に出ている以上、彼にとってリスクを冒すだけのメリットがあるということになる。


「それに、お前にとって共犯者のはずのシオンにまで秘密で何をするつもりなんだ?」


共犯者として行動をともにしてきたシオンと、朱月を信用しない上に付き合いも短いハルマ。

その両者を天秤にかけるのであれば、普通に考えてシオンのほうに傾くだろう。

シオンと敵対することで命の危険があるとすればなおさらだ。


ハルマには、どうしても朱月がシオンを欺いてまでハルマを手助けしようなどと言い出す理由がわからない。


そんなハルマの問いかけに、朱月は一瞬遅れて声を出して笑い出した。


「俺、何かおかしなこと言ったか?」

「いや、別におかしかねえよ。アキトの坊主とまるっきり同じこと聞いてくるもんで、兄弟ってのはおもしれえなと」


そう言って笑い続ける朱月を見ていると、少し恥ずかしい気持ちになってくる。

尊敬する兄に似ているという風に言われること自体は決して悪い気分ではないのだが……


「(じいやに小さい頃の話聞かされてるときみたいな気分だな)」


話す側に悪意なんて微塵もなく、むしろ成長を微笑ましく思ってくれているくらいなのだが、当人としてはなんとも恥ずかしいものなのだ。


そうしてひとしきり笑った朱月は、「さて、」と改めてハルマに向き合った。


「お前さんの気にしてる俺様の狙いだが……俺様がお前さんを手助けすりゃ最終的にはシオ坊の助けになるんだよ」

「……だったら隠す必要ないんじゃないか?」

「ところがどっこい、この方法はシオ坊には最高に嫌がられちまうのさ」


シオンのためになるのにシオン本人には嫌がられる。

言葉を聞いただけでは矛盾しているようにしか思えない答えだ。


「お前さんなら気づいちゃいるだろうが、シオ坊は人様に頼るのが壊滅的にヘタクソだ。その上、気に入ったものが危険に晒されるのを死ぬほど嫌いやがる」

「それは、確かにわかる」


〈ミストルテイン〉が動き始めてから何度もそういった動きを見てきたが、ヤマタノオロチの一件は決定的だった。

暗躍してまでハルマたちを戦いから遠ざけ、ひとりであれほどのアンノウンに挑むなど最早狂気じみたものすら感じる。


「そんなアイツはな、実のところハルマの坊主が問題の剣の力を使いこなせるようになるのに反対してやがるのさ」

「……いや待て。シオンは〈セイバー〉の中の剣について調べてくれてるはずだろ?」

「そりゃあアキトの坊主に命令されちまったからだ。詳しくはアキトの坊主に聞きゃあいいが、お前さんの知らねえところでどうにか遠ざけようとしてたんだぜ」


今日もシオンはハルマたちがシミュレーターに四苦八苦している傍らで問題の剣について頭を悩ませていたはずだった。

まさか裏でそんな考えを隠していたなど、予想もしていなかった。


ただ、言われてみれば納得はいくのだ。

アキトが〈光翼の宝珠〉との契約を果たしたとき、シオンはそれを快く思っていなかったしアキトの身に危険がないかをとても警戒していた。

ハルマが謎の剣の力を扱おうとすることは、そのときと状況がよく似ている。


しかも、前回はシオンの知らないところでことが進んでしまったわけが、今回のケースではある程度干渉できる。

であれば、彼が阻止しようとするのは決しておかしな展開ではないだろう。


「シオ坊は守ることしか頭にねえのさ。愛しいものは大事に大事に抱え込んで傷のひとつも負わせねえ。……アレはそういう甘ったるくて押し付けがましい神様だ」


そう語る朱月の目には呆れとわずかな嫌悪が覗いている。

しかしそれも一瞬のことで、気づけばニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。


「でだ、俺様はそのやり方が心底気に入らねえ! 本当に相手を生かしたいってんなら死なねえように鍛えりゃいいんだよ! ……ってなわけで、今回シオ坊を出し抜いてやろうって考えたわけだ」

「……それで、俺の手助けってわけか」


シオンがハルマを大事に守ろうとするのに対抗して、朱月はハルマが多少リスクを負ってでもより強くなるように手助けする。


それがシオンのやり方が気に入らないという朱月の動機ということらしい。


「もちろん気に入らねえってだけで手助けするわけじゃねえぞ? ハルマの坊主が強くなればその分シオ坊が死ぬ可能性が小さくなるからな」

「シオンが生きることは朱月にとって利益になるのか?」

「なるとも。十分に力を取り戻すまではシオ坊から魔力をもらっておきたいんでな」


少々どうかと思う発言ではあるが、その言葉に嘘はないように思う。

朱月の動機もメリットも包み隠さず話してもらえたというわけだ。


「要するに、お前は俺が問題の剣をちゃんと制御できるように手を貸してくれるってことでいいんだな?」

「そうだ。そうしてシオ坊を出し抜いて、ついでにあの甘ったるさを多少なり矯正できれば万々歳だな」


ここまで聞いた限り、ハルマにとってデメリットと呼べるものはなさそうに思える。

あえて言うならば問題の剣を使いこなそうとするにあたって多少命のリスクがあるかもしれないことだろうか。


だとしても、それで今後の戦いに役立つ力が得られるのなら悪い話ではない。


それに――


「あのバカに守られっぱなしなんて、情けないし腹も立つな」

「だろ? アキトの坊主もそうだったが、お前さんもそう言うと思ったんだよ!」


ボソリと口から出た本音に朱月は勢いよく食いついた。


「まあ、今すぐ結論は出さなくていい。まずは現実でアキトの坊主に事実確認してもらって、次にお前さんが眠ったときに答えを聞く」

「そう言われるとあまり時間がない印象なんだけどな」

「ソイツは諦めろ。……ダラダラしてる間にシオ坊が何かやらかさない保証もねえからな」


冗談のように朱月は言うが、決してあり得ない話ではないとハルマは思った。


その矢先、周囲の景色がわずかに歪み始める。


「さて、そろそろ目覚める時間だ。……言うまでもねえだろうが、シオ坊には気取られるなよ。俺様の命がかかってるんだからな」


真剣なトーンの朱月の言葉を最後に、ハルマの視界はゆっくりと暗転した。


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