1章-ギル・グレイスという少年①-
〈ミストルテイン〉格納庫。
出撃を終えて〈セイバー〉から降りたハルマはすぐに〈アサルト〉へと目をやった。
アンノウンと戦っていたハルマたちと違い〈ミストルテイン〉の近くで待機していたシオンの駆る〈アサルト〉は当然先に帰艦できていた。
その周囲にはすでに十三技班の面々が作業をしており、やがてハルマの視線はその内のひとりであるロビンとぶつかった。
距離があるため言葉は交わせないが、ロビンはこちらを見て黙って首を横に振って見せる。
「……今日もダメ、だったんだね」
ハルマの隣に立ったリーナが事情を察したのか少し困ったように口にする。
さらに後ろに控えているレイスも複雑そうな表情をしている。
十三技班の面々も帰艦した機体への対応で慌ただしいなりに、チャンスを狙ってシオンを捕まえようとしているらしいのだが、今回も例に漏れず取り逃がしてしまったようだ。
出撃前も出撃後も捕まえられないのであれば他のチャンスを見つけるしかない。
しかし十三技班は基本的に忙しく、格納庫から離れることがあまりできない。
だからこそ十三技班の人間ではないハルマに協力してほしい。
それが、ロビンとリンリーを筆頭とした十三技班の面々からハルマへの頼み事だった。
そしてハルマはリーナとレイス、ナツミにそのことを話し、操舵手として多忙なナツミを除いて協力してもらうことにしたわけだ。
「(実際、俺たちが協力しないと厳しいだろうな)」
ハルマは、シオンが敵に回すと厄介な相手であるとよく知っている。
普段は興味の有ること以外にやる気を出さないためわかりにくいが、シオンの能力は高い。
士官学校時代、時折彼が起こしてきた事件を比較的近くで目にしてきたハルマたちはそれを身をもって理解している。
そのうえ異能の力というハルマたちにとって未知の領域の代物まで扱うとなれば、いっそ大型アンノウンのほうが楽な相手なのかもしれない。
そしてそんなシオンが本気で十三技班を避けている以上、一筋縄ではいかないだろう。
本気でどうにかするつもりなら、それ相応の策を考えなければならない。
「あれ? お前ら、どうかしたか?」
どうやってシオンを捕まえるかを考えていたハルマの背後から突然声がかけられる。
振り向けば、人懐っこそうな少年がハルマたち三人を見ていた。
「ギル……」
「こんなとこに突っ立ってると危ないぜ? 十三技班のセンパイ方はせっかちだからさ」
冗談めかして軽口を叩く姿はハルマにとっては士官学校時代から見慣れたもので、一見するとあの頃のままのように見える。
ただ、恐らくはそうではないはずなのだ。
目の前の彼はシオンの親友を自負していた男で、恐らく十三技班の誰よりもシオンに避けられていることを気にしているはず。
そうでなければ、無表情で〈アサルト〉を見上げる理由などない。
「ごめんよ。整備の邪魔したかな?」
「それは大丈夫。ただあんまりこのままだと本当に誰かに怒鳴りつけられるぜ?」
レイスの問いにギルはこちらに歩み寄ってくると声を潜めて注意を促してくれる。
確かに、出撃を終えて用もないはずのハルマたちが慌ただしい格納庫のど真ん中でたむろしているのは邪魔になりそうだ。実際、何人かこちらをチラチラ見ている人間もいる。
アンナから帰艦後はそのまま休んでいいと言われているのでこの後はフリーだが、他人の仕事の邪魔をするわけにもいくまい。
ただ、ハルマには少し気になることがあった。
「ギル。少し話す時間あるか?」
急なハルマの申し出にギルは少し驚いているようだった。
しかしちょうど食事休憩を取るよう指示されたところらしく、四人はそのまま食堂に向かうことにした。
〈ミストルテイン〉の食堂は広い。
基本的に長い期間艦にこもることになってしまう船員たちのことを考慮して艦内は可能な限り閉塞感が強くならないように設計されている。
その中でもとりわけこの食堂や精神的なリフレッシュを意識した展望室など、軍事行動と直接関係ない施設は広く綺麗な造りが意識されているのだ。
もちろん、軍事行動の邪魔にならない範囲内での話だが。
余談だが、この食堂は船員たちが少しでも日常生活に近い生活を送れるようにと軍艦とは思えないレベルでメニューが充実しているのも特徴だ。
ハルマは焼き魚定食、リーナはフランスパンとスープ、レイスはクリームパスタ、ギルは量を重視してサンドイッチを大量に注文した。
それぞれ注文した食事を受け取った四人は、適当な円形のテーブルについて向かい合う。
「で、ハルマの用ってなんなんだ?」
サンドイッチ片手に軽い調子で尋ねてくるギル。
直球すぎる質問だが、彼はもとよりこのように単純で素直なタイプの人種だ。
言葉や態度に裏があることはまずないので、こちらもあまり気負わずに話すことができる。
「俺たちはロビンさんに頼まれて、シオンが十三技班のメンバーから逃げられないようにするつもりなんだが……それは知ってるよな?」
「あー……そういやロビンセンパイがそんな感じのこと言ってたような……」
はっきりしない返答にハルマは違和感を覚えた。
それはリーナやレイスも同じらしく、三人で軽く顔を見合わせる。
「ギルはシオンと話したくないの?」
十三技班のメンバーが今回ハルマたちに声をかけたのは、シオンと話をするため。
その十三技班の中でもシオンに最も近しかった彼は当然話をしたがっているものだと思っていたのだが、今の発言からはその様子が見られない。
ハルマたちに対する頼み事もどこか他人事のようだ。
「話したいか話したくないかなら、そりゃあ話したい」
リーナの問いに答えつつも視線を落としてこちらを見ないギル。
その目は間違いなく悲しげで、今の発言が本音だというのはすぐにわかる。
「でもな。無理やり話すのは、ちょっと微妙かもしれねえなって」
「微妙って……?」
「なんつーか……アイツ、割とひねくれてるだろ」
アイツというのは間違いなくシオンのことだろう。
そして“ひねくれてる”という発言には確かにハルマも同意できる。
「無理に話をしたとしても、素直に話さないかもしれない?」
「そうなんだよな~。それに……」
困ったように頭を掻きながら言葉を濁したギル。
そんな中途半端な態度のギルにハルマたちの視線が集まる。
「無理やり話すってなると、捕まえないとならねえだろ? そうしようとした時点で、多分アイツ意地でも逃げようとするぞ」
多分という言葉をつけてはいるが、そう話すギルは確信を持っているかのようにも見えた。
軍士官学校でのシオンの日常を思い起こしてみると、基本的にマイペースで自分の意志にそぐわないことはとことんやりたがらない。
「話さない」ことが彼の考えなら、無理やりそれをやらせようとすればするほど状況が悪化する可能性もある。
シオンと話をすることに集中する他の十三技班も協力を頼まれたハルマたちもそこまで考えが及んでいなかったが、やはり親友を自負していたギルはシオンという人間のことをよくわかっている。
「でも、話をしない限りは何も変わらないんじゃないかな?」
控えめなレイスの指摘にギルの表情が一気に曇った。どんよりとしたオーラが見えそうなほどに肩を落として落ち込む姿は非常に痛々しい。
地雷を踏み抜いてしまったと気づいたレイスが慌てる中、ギルは勢いよくテーブルに頭を伏せた。
「わかってる。わかってるんだけどさ……どうしてやるのがシオンのためになるのかだけがわかんねえんだよ」
顔は伏せたままくぐもった声で漏らされるギルの弱音。
ハルマはいまいちその言葉の意味を理解しかねていた。
「シオンのため?」
「アイツ、俺なんかよりずっと頭いいし、今こうしてるのだって多分なんか意味があるんだ。……俺が考え無しになんかしてそれを台無しにすんのは、イヤだ」
シオンは意味のないことはしない。
今回のことにもシオンなりに何か理由がある。
それを推測することもできないギルが干渉することによって、状況を混乱させたくない。
それがギルのスタンスということらしい。
そこまで話を聞いて、ハルマはもうひとつ重要なことを理解した。
「ギル。……お前は、シオンのことを今でも親友だって思ってるのか?」
ほとんど答えの出ていることを、改めて確認する。
ここまでの話を思えばする必要のない確認だとわかっているのにこうして言葉を求めてしまうのは、ハルマがそれを理解できないからだ。
それでも、ノロノロとテーブルから顔を上げたギルは答える。
「んなもん、当たり前じゃん。俺はシオンの親友にして相棒様だぜ?」
何を馬鹿なことを聞いてるんだとでも言いたげに答えたギルに、ハルマは言い様のない不満を覚えた。




